【完結】最悪世界の復讐者 〜剣と魔法の異世界に転生した学園劣等生は、恋人を殺されて転移と初級魔道だけを極めた最強クラスの復讐者と化す〜

ぶじん

1節1話 死んでいないだけのサラリーマン人生

「はぁ……」


 あるサラリーマンの男は、電車の吊り革を握りながらため息をつく。時刻は二十三時四十五分あたり。あと十五分もすれば、今日が終わる。今乗っている電車は、自分の住居の最寄り駅まで到達する本日の最終電車だ。


(今日も結局終電か……)


 昨日も同じセリフを呟いた気がする。携わる業務は主に事務が中心で肉体を使った仕事ではないので、露骨に筋肉にダメージがあるわけではないが、脳をはじめわかりづらい疲労感が蓄積していた。正直十八時以降は朝と比べて思考力が半分未満に落ちると思う。

 今から帰って夕飯を食べずに寝ても、始業時間の九時に間に合わせることを考えるとこの疲労回復は難しそうだ。それで結局休日を丸々文字通り休むことで回収するハメになる。だがその休みも高確率で仕事デーになるので、ひたすら休めない。


(定年までこれが続くんだろうか)


 年齢ももう三十半ばだ。恋人が最後にできたのはいつだろう。今や恋人どころか仕事が忙しくて数少ない友人とも疎遠になってしまった。


(これじゃ〝生きている〟のではなく、ただ〝死んでいないだけ〟でしかないな)


 かといって転職する気力も時間もない。この年齢になれば次が見つかる確率も低い。

 そんな彼の数少ない楽しみの一つが、このスキマ時間にスマートフォンで読めるウェブ小説だ。特に異世界転生モノというジャンルが、今の自分にとても刺さってしまっている。


(お、最新話が更新されてる)


 スマートフォンを操作し、小説投稿サイトを開く。そしてお気に入りのアマチュア投稿小説のページを開いて読み始める。こうしたサイトで小説を掲載しているのはアマチュアだが、中にはプロレベルものもあり、思わず惹きつけられることもしばしば。


(やっぱノンストレスで、やりたいことが詰まってるのはいいな……)


 異世界転生モノ。あるいは異世界転移モノ。才能も資産もなければ容姿も良くなく、うだつの上がらない人生を送っていた地球人の主人公が、ある日突然ファンタジーな異世界にワープしてその先で異能に覚醒したり、あるいは事故や事件で死亡したのち恵まれた容姿と才能を持って生まれ変わり、大活躍してヒロイン達にモテモテになるストーリー。

 

 主人公と似た境遇に共感できるし、そんな自分が体験したい理想を疑似体験できる。

 まさに〝最高〟である。

 生まれ変わるか、その身そのまま異世界にワープするかの違いはあるが、概ねどの投稿者の作品も大筋は似ている。それだけ人気――世の潜在的なマジョリティが心の底で求めている需要のパターンなのだ。安定した様式美に、安心感すら覚える。

 ――と、そうこうしているうちに、電車は最寄り駅に到着した。


(集中していると、つまんない電車の時間もあっという間だな)


 続きは後で読むとしよう。そう思い、スマートフォンをポケットにしまって電車を出た。


 駅の改札から出てくると、すぐ目の前に住宅街。快速や急行の止まらない小さな駅なので、駅ビルやロータリーはおろか駅前商店街もない。だからか特にこの時間人通りはほとんどなく、否応なく孤独を味わえる。しかし今歩いているこの道、狭い住宅街だというのに、大通りへの近道なせいか車の通りが比較的多く、中にはスピードを出すものもいる。

 もう少しで我が家――築四十年のボロ賃貸アパートを目指して帰路を歩いていると、背後から怒り狂ったようなうるさいエンジン音。


「ったく、うるさ……――え?」


 振り向くと同時に、男は宙を舞った。


(何が――)


 突然のことで何が何だか状況が把握できなかったが、事実だけ述べると視界の上方に本来地面にあるはずの停止した車が映った。標準より車高の低い黒のミニバンで、いかにもマイルドヤンキーが乗ってそうな印象のものだ。


(ああ、俺が逆さまになってるのか……)


 なんて変に冷静に思考を巡らせていると――。


 グシャリ。


 自分が地面に落ちる音がした。そのとき初めて車に轢かれたのだと理解する。

 痛みは麻痺しているのか皆無だが、いやに寒気が襲う。


(もしかして、俺……死ぬ……?)


 その事実も実感がまだ追いついてないせいか、冷静に受け止められた。もっと恐怖からみっともなく生にしがみつくものだとばかり思っていたが、意外にも自分の場合はそうはならなかった。あるいはこんな死んでないだけの人生に未練がないだけかもしれない。


(もし死ぬなら……転生モノみたいに……)


 生まれ変われたら、いいな。


 そして今度は楽しくて幸せな人生を生きたい。

 ぼんやりとそう思いながら、自分はその取るに足りない生涯を終えるのだった。


 ――しかし、このときの俺はまだ知らない。


 希望なき最悪世界で、過酷な殺戮の運命が待ち受けていることを――。



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