白銀の孤独と菫の輝き

瀬戸川清華

第一章 絡み合う運命

第1話 永き日常

「はぁ」


 俺は思わずため息を漏らした。

 俺は、カイン・ヴァルゼリア。侯爵当主だ。

 ヴァルゼリア侯爵領にあるヴァルゼリア城は何年もの時代を超えて建て続けられている。

 要するに古い城で、昔から続く貴族の家だと言うことだ。


 だが、彼にとって『時代』や『時間』は単なる概念でしかなかった。

 季節の移ろいや自身の誕生日にさえ意味を持たない。

 窓の外では、春の柔らかな日差しが新緑を照らし、鳥の囀りが響いている。

 しかし、彼にとってその光景は遠い幻のように感じられた。


 自身の誕生日も何年も何年も数を数え続けたが、キリがなく数えることどころか祝うことや誕生日自体の存在さえ気にしなくなった。


 何度繰り返しても繰り返しても終わらぬ循環。

 『時間』の流れは、彼を置き去りにしてただ過ぎ去って行く。


「何年も見れたり繰り返したりすれば当然飽きるだろう」


 昔は、趣味を見つけるために色々なものに手をつけてみたり、色々な人と関わったりしたがどれもすぐに飽きた。


 趣味なぞ、長くやっていればいつかは飽きるもの。と今では、書物を読み耽り、古の美術品の手入れをするなど静かな日々。


『カイン、またな……』

『あなたといられて、幸せでした……』


 いきなり彼の頭に激痛が走った。


「チッ……」


 俺と違い、年を経るごとに皺が増え、腰が曲がり、歳をとる彼ら。

 そして、美しく散っていった彼ら。


 過去数百年の間に愛した人々や友人が老い、病み、そして彼の腕の中で息を引き取っていく光景が時折フラッシュバックのように彼の脳裏をよぎる。


 侯爵という立場上、出ることを余儀なくされたというのに社交会の誘いは常に断り、己の存在を隠し続ける。


「どうせ俺より早くいなくなるのだから」


  彼の記憶は心の中を深く抉り新たな絆を結ぶことを恐れさせていた。


◆◇◆◇◆◇


 遠く離れたエルメス伯爵家の別邸ではリリアーナ・エルメスが窓の外を眺めていた。

 彼女の体は病に蝕まれ、日ごとに自由を失いつつあった。

 しかし、その瞳にはまだ生きることを諦めようとしない強い光が宿っていた。


 リリアーナは医師から余命宣言を受け、残された時間はわずかだと告げられた。

 それでも、彼女は限られた時間の中で、自分自身のために何か意味のあることをしたいとそう強く思っていた。


 リリアーナは父であるエルメス伯爵の勧めで、空気が澄んだヴァルゼリア侯爵領にある別邸へ療養に行くことにした。それは数週間前のことで、ヴァルゼリア城には現ヴァルゼリア侯爵が建てたという膨大な蔵書を誇る図書館があるという。


 リリアーナは別邸で静かに人生を終えるつもりでいた。

 しかし、彼女の心にはまだ世界に未練を残していた。

 

 もっと、多くのことを知りたい。

 もっと多くのものを見たい。


 その願いは病に侵された体とは裏腹に日ごとに強くなっていった。


 彼女は、ベッドからゆっくりと体を起こし窓辺に立つ。

 窓を開けると庭には、色とりどりの花が咲き乱れ、生命の輝きを放っていた。

 その光景は彼女の心にささやかな希望の光を灯した。


「まだ、終わりにできない。終わってなんかいないわ」


 そう、彼女は自分にいい聞かせた。

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