AAA さようなら SSS さようなら

エリー.ファー

AAA さようなら SSS さようなら

「もしも、僕がここでシャンプーを盗んだら、君は困るよね」

「まぁ、そうだね」

 私はビニール袋の中にいるシャンプーを視界に入れた。

 まだ、入っている。

 盗まれてはいない。

「で、盗むんですか」

「盗まないよ」

「いや、盗みますよね」

「いやいや、盗まないよ。本当だよ。信じて欲しいな」

「じゃあ、なんで、さっき聞いて来たんですか」

「いや、なんとなくだって、なんとなく」

「絶対におかしい」

「おかしいことはないでしょ。そういうものなんだから」

「正直に言って下さい。盗みますよね」

「もはや、盗んでほしいのかなって、思っちゃうんだけど」

「そう思うなら、そうすればいいじゃないですか」

「でも、盗んだら警察に通報するよね」

「もちろんですよ」

「じゃあ、盗まないよね」

「警察に通報しないなら、盗むってことですか」

「まぁ、犯罪にならないなら盗むよ、そりゃあ」

「犯罪になるとかならないとか関係なくないですか。こういうのって、モラルの問題だと思うんですけど」

「そのモラルの問題に、警察に捕まるかどうかっていう考え方が含まれるのって、そこまで変なことではないと思うんだけど」

「変ですよ」

「君の中では、そうってことだよね」

「一般常識的に、そうってことです」

「主語が大きすぎるんだよね」

「別に主語は大きくないです」

「一般とか、常識みたいな大きな括りの中に、みんなっていう抽象的かつ大きな主語を取り込んでいる所が一番問題なんだよ。君が、嫌なんだろう。だったら自分が嫌だって言えばいいじゃないか」

「こういう話をしても埒が明かないのでやめましょう。時間の無駄です」

 鳩時計の声が聞こえた。

 十二回、鳴いた。

 もうお昼だ。

 お腹が空いた。

 もう、帰りたい。

 でも、この会話があるせいで家にも帰れない。

 この思いは、この思考は、どちらのものなのかもはや何一つ分からないけれど、それもまたいいと考えてしまう自分がいる。味わい深いじゃないか。それもまた成功だと思えるじゃないか。

 成功。

 成功とは、なんだ。

 自分の人生を面白くすることを挑戦だと思っているのであれば、これは成功という意味か。

 自分の言葉を、自分の中でかみ砕いて考えることによって血肉になっていく実感がある。

 ありふれた感動の中に、私という一滴が染み込んでいくことで、黒点の中に自分の人生を見つけることができた。

 こんな会話でも、私は私を実感できている。

 不思議な気持ちだ。

 と、思ってみたが、納得できなかった。

 こんなものは、ただの会話だ。

 盗む、盗まない、盗むことについて、どう思うのか。

 その質問が繰り返されているのみである。

 誰かが入って来た。

 警察官の服を着ていた。

 ただ、間違いなく警察官ではなかった。

 銃口をこちらに向けて笑っていた。

 私は、覚悟を決めた。

 もしも、幸運が私の中に少しでもあるというのであれば、私は自分のことを信じて突撃しようと思う。

 盗む予定だった商品を警察に向かって投げつける。

 走り出す。

 拳銃が鳴る。

 銃口が叫ぶ。

 ポテトチップス、洗剤、線香、靴下が飛び散る。

 火花はない。

 風が聞こえる。

 空間が歪むことはない。

 痛みも特にない。

 人類は滅亡した。

 私の中には、宇宙人の卵がある。

 このまま死んで、宇宙人を一体殺すのも悪くはないと思った。

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