記憶の限り君を愛する、だから、戦える。

初瀬みちる

第1話 彼を語る者

 彼の話をしようと思う。

 これを記述する者が一体だれかなど、些末な問題でしかない。重要なのは、彼を語ることである。だから、私がどこの誰で、その語りに信頼がおけるかなど、どうでもいい。この役目が、私でなくても、彼を語る人がいるのならば、それでいい。

 彼は、この世界でいうところの5年前に突然やってきた。

 25人の少年少女たちは、「二ホン」という国家の学生だった。それが突然、この世界にやってきて、魔王を討伐せし英雄たちという使命を無理やりさづけられた。時の王はこれを喜び、彼らを訓練し、魔王討伐隊として、戦わせた。

 見事に惨敗。魔王にたどり着くことすらできなかった。魔王の気まぐれか、英雄たちの能力か、彼らは奇跡的に生還した。しかし、戦う力をすでに持ち合わせていなかった。その中、唯一、英雄たちの中で、能力に乏しく、無能とさげすまれていた彼だけが、英雄たちの謀略か、はたまた、口減らしか、王権維持のためか、理由は様々であれど、魔王討伐の命令を彼一人に下した。

 彼にそれを断ることはできなかった。仲間を人質に取られ、魔王に首を差し出すか、ギロチンにかけれるかの二択の中で、少しでも生きる道をとるのは必然だった。彼は、たった一人で魔王討伐の旅に出ることとなった。

 違う。そうじゃない。厳密には、魔導師団からユイリ、騎兵師団所属のルイ、教会からの治癒術師つまり、私、3人が同行した。

 ほとんど決死隊だった。誰もかれも彼に期待していなかった。

 厳密には、この3人は彼に何ができるのかを知っていた。それは、彼が無能とさげすまれていた時から、個人的につながっていた。彼の能力を知っていた。だからこそ、彼は無能を装った。

 だから、3人は彼に極力戦わせなかった。彼の能力を生かさせないために。彼の能力を生かすとき、それは誰も予想できない副作用があったからだ。

 彼との冒険は正直楽しい者だった。男二人、女二人、まあ、何か起きるわけではないが、少なくともそれぞれがそれぞれに想いあったし、平和な旅になっていた。でも、彼は常に一歩引いていた。それは、彼の能力故だった。それでも、私たちは、彼の記憶に残るように毎日ふるまった。もちろん、楽しいことだけではなかった。悲しいこともたくさんあった。魔王に蹂躙された村を通った時、それだけならまだ、破滅だけだった。その蹂躙された村を人類軍の敗残兵たちが襲って、生き残りを拉致し、殺し、強姦し、売り飛ばしたということまで起こった。彼はそれに憤り、旅の中で、一度だけ、怒りをそのままにぶつけ、敗残兵をせん滅した。それが彼にできてしまう。一人も、彼の存在に気が付かず、徹底的に殺される。一人も逃げ出すことはできない。すべて頭を射抜いていった。そして、全員殺した。

 私たちは恐怖した。彼のその技量と、執念と、能力に。彼は能力を使うたびに何かが欠けていくのを感じていた。それは着実に間違いなく。そして、それは、私たちも感じていた。彼の優れた知性はどこか、先鋭化していき、挙句には、彼から過去の話が消えていった。だからだろうか、彼は、「今」に固執し始めていた。それでも、彼は、私以外に涙も、苦しい顔も見せなかった。ただ、私にだけ一度、思いのたけを述べてくれた。それは、まだ、ここでは話さないでおこうと思う。いつの日か、それを話すとき、彼がもう一度立ち上がった時、必要だと思うから。

 私たちはいろいろな人の助けを得ながら、そして、いろいろな死に直面しながらも、魔王城を突破して、魔王のもとにたどり着いた。

 最初は確かに優勢だったかもしれない。でも、一筋縄ではいかない。魔王は全身全霊をもって私たちを歓迎した。一番初めに私が戦闘不能になった。そして、ユイリ、ルイと確実に戦闘不能になっていった。魔王の猛攻を防ぎきることができなかった。最後まで、魔王と立ち向かっていたのはただ、彼だけだった。だからか、魔王は彼に最大の敬意と称賛を送った。

「君は真の英雄だ。さあ、最期の時まで私と戦おう、私を楽しませてくれ!!」

「いやだね。英雄なんてろくなもんじゃない。貴様を殺す。ただそれだけだ」

 彼は何か覚悟を決めた顔で、私を見た。

「魔王、もし、お前が慈悲深いのなら、少し時間をくれないか?」

 魔王は何も言わなかったが、それを許したのだろう。彼は、ゆっくりと私のもとにやってきて、そして、私を縛った。

「君を愛している。だから、僕はあいつを全身全霊をもって殺す。だから、後は頼むね。たとえ、僕が僕でなくなっても、最期まで、愛しているから」

 彼は、私の返事を聞くことなく、再び魔王と対峙した。

「さあ、最期だ。僕は僕のすべてをもって、お前を殺す。『我は願う。すべての根源を燃やし、ただ一を望む。我は願う。一を全に。全を一に。そして、差し出す。私が私である』さあ、殺しあおう」

 彼は、これまでの戦いとは一線を画す速度で、パワーで、魔王に接近した。剣の交差する音が続く。しかし、同時に、二人が立っている地面には、おびただしい量の血が流れているのがわかる。そして、そのほとんどが、魔王から流れていることも。だから、わかってしまう。彼は、彼の持つすべてを燃やして、魔王と戦っている。だから、彼を止めなければならない。例え、この戦いが終わったとしても、彼は廃人になってしまう。でも、私は彼を止められない。それは、力がない、といった理由だけではない。それが、彼を愛した私の義務だから。彼が何を成すのか、これを見届けなければならない。彼を止めることが私の役目じゃない。止めるたとき、彼の^機体を裏切ってしまう。それだけじゃない。私が私を許せなくなってしまう。それがたとえ、私のエゴだったとしても。

「お前……、その力、記憶か」

「ああ、そうだよ、お前のために術燃やしているんだよ!! まだ上げるぞ!!」

「なめるなよ、小僧!!」

 魔王はさらに速度を上げ、彼に追いつく。もう、ほとんど目にうつすことができない。ただ、血痕だけが彼らが殺しあっている証拠だった。

 いつの間にか、彼の両手には剣が握られていた。彼が、本気を出した時のみ見ることが出来る、双剣。燃料を燃やして、すべての能力を上げる。代償は「記憶」。強烈な「記憶」であればあるほどその能力は加算される。「記憶」は強烈であればいい。それが、凄惨だろうと幸せだろうと記憶であれば良い。

 だから、彼は記憶を燃やす。燃やされた記憶はそのまま尽き果てていく。

 そして、動きを止める。彼は、ゆっくりと、さらに出力を上げる。拳を構えるように両の手の剣を構える。右手を突き出し、左手を引く。突きの構え。

「我が名は、魔王ユグノラ! これが最期だ。貴様名前は」

「もう、覚えてない。ただ、1人の少女のために命を投げ出す大馬鹿者だよ」

「そうか、愛する者のために振るう剣だからこそ、重たいのだな。いいだろう。覚えておく。最期だ、さぁ、全力でかかってこい!」

 沈黙が場を征服する。

 その場にいる皆が、彼を見る。目が離せない。空気がどんどん冷え込んでいく。殺気だけが彼を包み込む。どんどん着実にそして、ゆっくりと、死が広がっていく。そして全てを掌握する。

「全てを燃やせ。燃やせ。燃やせ。燃やせ。燃やせ。すべての幸福を凄惨を燃やせ」

 そして、一瞬。たった一太刀。

 0から100へ速度が一気に上がる。地が縮むような速度で魔王との距離が近くなり、右の手で魔王の剣を弾き、左を繰り出す。でも、それは、魔王も読んでいる。弾いた剣をそのまま左の剣を、弾く。でも、彼は、さらに上をいく。弾かれた体をその弾性のままに回転、右を逆手に持ち替えて、魔王の首にその剣先を突き立てる。突き立てた剣をそのまま体をもう一度捻り、背後に回って、首を跳ねにかかる。でも、魔王は剣を離さない。

「死なないのだよ、まだ!」

「知らない」

 彼にすでに感情らしい声がない。だから、どんな無情な攻撃もできてしまう。そして左の剣もまた逆手に持ち替え、魔王の心臓に突き立てる。

「そうか、これを狙っていたのか……」

 首筋に突き立てた右の剣、心臓に突き立てた左の剣。この鋒が魔王の体内で触れる。本来そんなことできやしない。でも、全ての能力を底上げした彼は、火事場の馬鹿力を体現してみせる彼は、それをやって見せる。

「爆ぜろ」

 交差した剣先から、火花が飛び散り、そのまま魔王の体を内側から爆ぜさせた。首と体がぎりぎり繋がっているが、致命傷になっている。

 彼は魔王から離れて、そのまま警戒する。魔王はその場に倒れ込んで、傷の修復に努めるが、治ることはない。

「はは、これは、詰みだなぁ、なぁ、お前は全てをなくして、俺に勝って意味があるのか?」

 そういって、魔王は一つの魔法を彼に向けて放った。それが、殺意のある魔法とは思えなった。だから、彼は避けなかった。

 それは、優しくぱたっという音共に弾けて、彼の意識を奪い去った。

「これは……、俺が……、貴様にやって……られる最後の……手解きだ。俺は貴様と……戦えたことを……ほ、誇りに思う。さあ……、行け。この魔法は……貴様をいつか救う」

 ルイとユイリは最後の力を振り絞って、立ち上がって、彼を背負い、私を抱えて外へと逃げ出した。

 特段ここで何か起こったわけではない。魔王倒したという実感すら湧かず、近くの村で彼の目覚めを待った。時はすぐに流れた。彼が目覚めるのに1ヶ月の期間を要した。そのほかも傷が癒えるのにそれ以上の時間がかかった。

 彼が目を覚ました時、彼から感じたのは、ある種の他人へと向ける恐怖だった。彼の瞳は私達の存在を認識できてもそれが誰なのかを理解してなかった。

 だからすぐにわかった。彼は宣言通り全ての「記憶」を燃料に魔王を討ち取った。誰も幸せにならない。彼は、これまでのすべての記憶を燃料に燃やし尽くした。覚悟はしていた。だから、私が彼に何をすべきなのか、どうしていくべきなのか、わかっている。彼は私を愛してくれるのだから。


 戦いの前、旅の最中、焚き火を前に彼は、私に伝えてくれたことがある。

「記憶は人を形作る要素だと思ってる。脳の中の記憶を司る機関に記憶を溜めていく。だから厳密な意味での忘却は本来できないんだよ。でも、僕の能力はこの記憶を燃料に魔力やさまざまな力へ変換する。つまり、思い出を力に変えてるんだよ」

「それじゃあ、燃やされた記憶は思い出せないの?」

 彼は、静かに頷く。

「実は、もう故郷のここにくる前、一年位前の記憶はほとんどないんだ。だから、すごく不安になる」

「不安?」

「うん。僕は僕であるために記憶に縋ってしまう。過去の僕が、今の僕と同一であることは本来記憶が担保してくれる。でも、それが、消えていくんだ。そうだね、まるで僕の存在が消えていくような気分だよ」

 彼はずっと遠い目をしている。

「なら、私が覚えていてあげる。私が君の存在を書き留める。これなら、どう?」 

 彼は珍しく笑ってくれた。

「それは嬉しいね。でも、僕は多分そのことを覚えていられない。君を縛ることになるのに、当の僕はその気持ちすらわからない事になる。そんなふうに君を傷つけたくない」

 私はそっと彼の手を握って、向かい合って、しっかり伝えた。

「君になら傷つけられても良いよ。私が君を記録する。だって、私は君を愛しているのだもの。こうなった責任をとってもらう。例え、全てを忘れても、刻みつけてあげる。だから、私は君から離れない」

 彼も私も顔は真っ赤になっていたと思う。でも、伝えなくちゃいけない。そうでもしないと彼を繋ぎ止められない。私は彼に全てを捧げると決めたのだから。


 目覚めた彼は、混乱から始まった。自分が何者であるかすらわからない。言語に関する記憶や、日常生活に関する記憶は問題がなかった。知識の全てが失われたわけではない。おそらく本能的に消してはいけない記憶を理解して、最低限人として生きていくだけの記憶を彼は残したのだろう。それ以外の思い出に関わる部分全てを燃やしてでも彼は生きる事に執着してくれた。そう感じざる得ない。

 そこからの話し合いは平和的に終わった。2人は早々と王都へ帰還していった。彼らならありのままを報告してくれるだろう。

 私たちはというと、彼の体が安定するのと、このままだと、政争の道具にされかねないと危惧して別の都市で療養してから帰る事にした。彼自身、前の話では、急ぐ必要はないと伝えてくれていたから、それに甘えようと思う。 

 まあ、私も彼との生活を楽しみたいという欲もある、というのは、あるにはある。

 教会の治癒術師としての役職もあるから、仕事には困らない。

 私は彼の傍で、これを書き続けようと思う。私が彼を記録すると決めたのだから。

 だから、私は彼の話をしようと思う。彼を繋ぎ止めるための話をしようと思う。

 私が愛している彼の話をする。

 ここまでが、私が彼を語るに至った経緯。

 

 このページの最後は、私のことを一つだけ書いて、〆ようと思う。

 私の名前はリサ・マルティネス。教会最高位の治癒術師であり、聖女の位を持つ。でも、そんなことよりも、たった1人、彼を愛する16歳の可愛らしい少女。

 

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