第4話 決意

「なんで──私の名前を……?」


 魔子は震えた声を発した。


「……ここで話すのもなんだ。とりあえず、トンネルの外に出ようじゃないか」


俺の横を通り抜けた足音とともに、薔薇の香りが風に乗って鼻をかすめた。

 

 足音はトンネルの出口の方へ向かい、音はどんどん離れていく。


「どうした? 早くこっちに──」

「──逃げるわよ!」


 の声を遮り、魔子が大声で叫んだ。


「神童、天川!」


 そう言って、魔子は俺たちの手を掴み、入り口の方へ力強く引っ張る。


 魔子の手はひどく冷たかった。

 


◇◆



 全力疾走でトンネルを抜け出し、そこからも数十メートル走った。


「はぁ、はぁ、っ……は……」


 魔子と使大の息の音が荒くなるにつれスピードはゆっくりと落ち、そして止まった。


「逃げ切れた……のかしら……?」


 そう言って、トンネルの方へ振り向く。

 暗闇から人影が出てくる気配はない。


「逃げ切れたっぽいね。よかっ──」

「──ははははっ、そんなわけないだろう?」


 声がした真後ろを勢いよく振り向く。

 気がつけば、そいつはそこにいた。



 ──黒。



それが、俺の熾中に対する第一印象だった。


 タキシード、杖、シルクハット──。

 身につけているもの全てが黒色なのに、白色の肌と髪の毛はどこか浮いていた。


「自己紹介が遅れたね。私は熾中おきなか。この冥境トンネルの奥に住んでいるんだ。よろしく頼むよ」


 そう言って品の良いお辞儀をした。


「悪山 魔子くん」

「……」


 魔子は熾中を睨みつけたまま何も言わない。


 ふと見ると、肩幅に開かれた魔子の足は小刻みに震えていた。


「君はお父さんがおかしくなった原因を探っている。そうだろう?」


 熾中は長い顎髭を撫でながらそう言う。


「なんで、それを……?」


 魔子が少し悔い気味な反応をした途端、熾中は目を細め口角を上げた。


 ──それは“笑顔“のはずなのに、俺に得体のしれない恐怖を与えてきた。


「さあ、ついて来てくれるかな?」


 そのとき、俺の頭の中には断るという選択肢が不思議と存在しなかった。

 何かに操られるかのように、俺の足は自然と熾中の背中を追いかけた。



***



「ここが私の家だ。さあ入って」


 そう言って熾中が扉を開けたその家はとても豪華だった。

 中世のヨーロッパからそのまま持ってきたかのような内装だ。


 玄関には手のひらに乗りそうなくらい小さな、天使と悪魔の置き物が向かい合って飾られている。

 しかし悪魔の方は頭がなく体だけの欠陥品。


 どうしてわざわざ壊れたものを飾っているのか、俺は少し疑問を感じた。



 招待された客室間には、黄金の額縁に入れられた大きな絵が飾られていた。

 天使が、羽とツノの生えた黒いヤギのようなものを踏み潰している絵だった。

 あまりにも残酷な描写で、見てしまったことを後悔した。

 

 熾中は俺らに椅子に座るよう促す。

 その椅子もまた豪華で、座り心地も最高だった。


「飲み物を出そうか。何か希望はあるかい?」

「ジュースってありますかっ?」


 使大が待ってましたと言わんばかりに聞く。


「悪いね。ジュースはないんだ。水か麦茶ならあるよ」


 そのレパートリーで、なぜ何が欲しいかと聞いたんだ?


「じゃあ、お水ください!」

「わかった。他の2人は?」

「俺は、水筒があるのでいりません」

「私もいりません。持参したものがありますので」


 こんな怪しい奴が出した飲み物なんて、飲めるわけないだろ。



 熾中が部屋を出て行ったと思ったら、数秒後に水の入ったグラスと麦茶の入ったグラスをそれぞれ1つずつ持って部屋の入り口に立っていた。


 熾中が水の入ったグラスを使大の前に置くと、使大はそれを奪い取るように口の方へ持っていき、ごくごくと水を勢いよく飲み干す。


「はははは、良い飲みっぷりだね。おかわりはここに置いておくから、好きに次いでおくれ」


 熾中が手で指し示した方には、ユリの絵が描かれた水差しが置かれていた。


「さてと……、何について話すんだったかな」

「私のお父さんについてでしょ! ──早く、教えてよ」


 そう言って魔子はバンッと机を叩く。

 いきなりの強気な態度に、俺も熾中も目を見開いて魔子を見つめた。


 しかし熾中はすぐに冷静さを取り戻し、いつもの優しい顔へ戻った。


「ああ、そうだったね」


 そう言って、熾中は麦茶をごくりと飲み干し、話し始めた。


「──あれは、三週間前のことだったかな」


 熾中は低くつぶやくように語り出した。



 ──魔子くんのお父さんを含めた4人組が、この山へ登って来たんだ。

 心霊スポットとして有名な冥境トンネルを見に、ね。

 私は偶然、散歩中に彼らに会い、この家に招いた。

 彼らはとても楽しそうにしていて、心底嬉しかったよ。

 その時、“せっかくだから思い出に残ることをしたい”と言い出したんだ。

 そこで、私は1つのゲームを提案した──



「その名も、『セラフィック・トライアル』というものだ」

「なんですか、それ?」

 使大が聞いた。


「そうだねぇ……。君たち全員がこのゲームに参加するというなら、教えてあげよう」

「え! やったぁ! ねぇ、2人とも参加するよね?」


 使大はくるりとこちらを向き、キラキラした眼差しを送ってくる。


 ま、眩しい……。単純で純粋すぎる……。


 使大とは対照的に、魔子は参加するか迷っているようだ。


 魔子は少しの沈黙の後口を開いた。


「……ねぇ神童、あなたはリスクとリターン、どっちを大事にする?」


 魔子は正面に向かっている熾中の方を見ながら、俺にそう問う。


「リスクと、リターン……」


 つまり──、自分も壊れるかもしれないというリスクと、魔子の父親が壊れた理由に触れれるリターンを天秤にかけろということだ。


 そのとき、俺の頭の中であの夜のことが思い出された。

 魔子の家から怒鳴り声が聞こえたにも関わらず、通報すらできなかったあの夜。


 そう、あのとき俺は決めたんだ。


「俺は、リターンを取るよ」


 99%のリスクよりも、1%の希望に賭けるんだ。


 俺はもう、後悔したくない。


「──そう、だよね。私もそうだよ」


 魔子は俺の方へ向き、ぎこちない笑顔でそう言った。


「意見はまとまったかな?」


 熾中は笑顔で問いかけた。


 魔子は真剣な面持ち熾中を見つめ、そして宣言するようにこう言った。


「ええ。その『セラフィック・トライアル』とやらに、私たちは参加を表明するわ!」

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悪魔の涙 seiho @T-Seiho

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