第2話 天使が落ちてきた日

「魔王様! 天界との境目に歪みが! 魔王城の付近に聖魔力の反応を感知しました!」


 側近の執事が魔王に慌てて報告した。


「どこだ?」


「北の森のあたりです!」


「なに? シュウゼが遊びに行っているな。様子を見にいけ」


「は! すぐに!」


 悪魔の姿をした執事は魔王に指示をされてすぐに城を飛び出た。



 ――――。


 ――。



 魔王が勇者に討たれる時から十年前。


 十歳の少年シュウゼは、家(魔王城)の庭である広大な森を歩いていた。


「……なんだあれ」


 シュウゼが見たのは、翼を生やした少女が地面に倒れている姿であった。


「…………っ」


「ねぇ、大丈夫!」


 シュウゼは彼女に駆け寄った。

 近くで見ると今まで見たことのないとても美しい姿に目を丸くした。


 いつも一緒に過ごしているのは、人間の見た目をしているが世間では凶悪な魔王と言われる父に、悪魔や死神、ゴースト、怪人といった恐ろしい見た目の身内。


 こんなに綺麗で、可愛い女の子にシュウゼは会ったことがなかった。


「ねぇ! 聞こえる!?」


「あなたは……?」


「ぼくはシュウゼ。近くのお城に住んでいるんだ。君は?」


 翼を持ち上げながら――その少女はゆっくりと上半身を起こした。


「私はフランベールといいます。えっと、何と言っていいのか……事故に遭ってここに落ちてきたのです」


「事故!? 空から?」


「はい……」


「空って……よく無事だね。うちには帰れるの?」


「…………」


 その問いには返答がなかった。

 気まずそうな顔をするフランベールに何と言葉をかけてよいのか、シュウゼにはまったく分からなかった。


「帰るとこがないなら、うちにおいでよ!」


「よいのですか?」


「うん! 話せば、父さんも分かってくれるはずだよ」


「ありがとうございます」


 フランベールがまさに天使のような笑みを見せた時だった。


「シュウゼ坊ちゃん! 大丈夫ですか!」


「ドリアン!」


 頭部が羊で体が人間の悪魔――執事のドリアンがシュウゼの元に駆けつけてきた。


「て、天使ですと!? 坊ちゃん離れてください!」


 ドリアンは血相を変えてシュウゼに訴えかけた。

 その焦り具合は、少年のシュウゼでも異常事態であることが伝わるほどだった。


「どういうこと? 天使? この人は事故で迷子になって怪我もして……」


「坊ちゃん! そいつは天界の守護者――天使です! 私たち闇の存在である魔王軍とは相対するもの! 時に彼女たちは我々を粛清してくる敵なのですよ!」


「難しくて分かんないよ! フランベールは悪い人じゃなさそうだよ! うちに連れて帰ろうよ」


「いけません! 陸の魚は生きられないように、我々の棲家に天使を入れてはならないのです!」


「……シュウゼ様。先ほどは親切にしていただきありがとうございます。魔王軍……だったのですね」


「フランベール……」


「貴様! シュウゼ坊ちゃんに何もしていないだろうな! どの階級の天使かは知らんが、返答次第ではそのまま帰すわけにはいかんぞ!」


「はい。私はこの方に危害は加えておりません。どうかお怒りをお収めください」


 フランベールが涙目でそう言った。

 頭に血を上らせたドリアンが徐々に慎重にシュウゼたちの元に近寄っていく。


「さあ坊ちゃん。こちらに――」


「待て」


 森が静まる。

 シュウゼたちが声の方を向くと、圧倒的な存在感がそこにあった。


「父さん!」「魔王様!」


「あの方が魔王……様」


「父さん、この人はフランベール。事故でここに落ちてきて迷子になってたんだ。うちに連れて帰ってもいいかな」


「とんだ事故があったもんだ。偶然か運命か。――ドリアン、そこの天使を城に案内しろ」


「えっ……」


「ほんと!」


「…………!」


「しかし魔王様……それは!」


「責任は俺がとる。話は後だ」


 魔王城に案内されることになった天使フランベール。

 この歴史上初めての取り扱いが、今後のシュウゼの運命を決めることになるとは、この時――誰も想像していなかった。

 魔王を除いては。

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