魔王に育てられた暗黒魔法使い、聖なる仲間とともに世界の闇に挑む!

七瀬あおか

第1話 魔王の死、冒険の始まり

 今日、魔王が死んだ。


 家が煌々と燃えている。

 城の隅々まで燃え盛っている。


 丘陵から城を眺める青年シュウゼ。


 父の死は世界の幸せだということを彼は知っていたが、目には涙が、胸には熱い感覚があった。


「……行きましょう。シュウゼ様」


 青年の隣で天使フランベールが優しく言葉をかけた。

 シュウゼは是とも否とも言い難い表情で返事をする。


「ああ。俺たちは進むんだ。世界の闇を打ち払うまで」


 この日。世界は変わった。

 絶大なる魔王を勇者一行が討ち倒したのだ。


 しかし世界の闇はこれで終わりではなかった。


 これは、魔王に育てられた青年がこの世界の闇に立ち向かう冒険の物語である――。



 * * *



 魔王の死から二日後の朝。森の川辺。


「シュウゼ様。お目覚めですか?」


 涼やかで優しい声と、柔らかな感触に包まれながらゆっくりと目を開いた。

 シュウゼは膝枕をされていたことにすぐに気づく。


 透き通った青色のセミロングヘアに綺麗な瞳。

 汚れを知らない清潔な白のドレス。

 肩には特徴的な可愛らしい翼。


 何度見てもうっとりしてしまいそうになるくらいに美しい天使フランベール。年齢がどうなっているのかはわからないが、昔から可愛い顔つきは変わらない。

 シュウゼの感想はいつもそうだった。


「ごめん、起きるの遅かったか?」


「そんなことはありませんよ。私が早く目覚めただけです」


 シュウゼはゆっくりと立ち上がると川の水面に行き、顔を洗った。朝の冷たい水が肌に染み込む感覚が心地よかった。


(いつ見ても普通の顔してんな俺。フランとは大違いだ)


 シュウゼは水面に映る自分の顔を見ながら心で呟いた。

 飾り気のない黒髪に平凡な顔つきと体型。どこにでもいそうな青年だ。


「野営を二日もやるとさすがにきついな。町に出るか?」


「シュウゼ様の行くところにはどこまでもついていきます」


 フランベールがにこりと笑った。可愛らしい笑顔に不意をつかれるシュウゼだった。


「町で情報収集もしよう。これからは長い旅になるからな。仲間が何人か欲しい」


「はい」


「フラン。俺は父さんとの約束を必ず果たす」


 シュウゼの父はこの世界の魔王だった。


 魔王は勇者一行に討ち倒され、世界には平和が訪れた。

 ――はずだが、シュウゼはそう思っていない。


 父、魔王から聞かされていたのだ。

 この世には悪がある。闇がある。

 魔王の俺はいつか殺されるが、それでも世界は平和にはならない。

 お前がその悪を打ち払うんだ、と。


 シュウゼには夢がある。

 この世界の闇を、悪を打ち払うこと。魔王に育てられた己の力を正義の力として振るい、弱い立場の人々を救うこと。

 それが父との約束だからだ。


「私もこの命をかけてシュウゼ様をお支えします」


 その夢を背負いともに歩んでくれる存在――それが天使フランベール。シュウゼとは長い付き合いだ。


「本当に不思議だよな。魔王に育てられた俺と天使のお前がこんな仲になるなんて」


「そうですね」


 フランベールはにこやかに返事をした。一切の曇りもない笑顔。それがシュウゼには嬉しかった。


 そんなシュウゼは町に向かい森を歩きながら、可憐な天使との出会いを思い返していた。


 魔王城の庭の森に、天使が舞い込んだのだ――。

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