自転車に乗った王子様~another story~

藤咲未来(ふじさきみらい)

自転車に乗った王子様~another story~

 三月二十七日、この日が来た。

麻希と「自転車に乗った王子様」との結婚式。


 麻希は「白馬が良かったよぉ」と、言っているが、幸せいっぱいの顔をしている。

そんな麻希を見ていると、色々あったけど、麻希、本当に良かったね。と思う。

麻希と私は、同期入社で、それ以来の友達。気が合い色々と話をしてきた。


 なかでも、幼稚園のときのプロポーズ「麻希ちゃん、大きくなったら僕と結婚してくれる」と、言った「優くん」と、いう友達の話はよく聞いていた。

この優くんと結ばれるのだから、本当に運命なんだなと思った。


 麻希は幼稚園のときの話を、何度もしていないと言うが、そうでもない。

本人も気づかずに、結構話していた。

だから、麻希の想いが強いのは感じていた。

そんな麻希の強い想いが神様に届いたのか、やはり運命か?


 麻希の思い出の優くんは、すぐ近くにいた。

私たちが勤めている会社から、歩いて五分ほどの所にある、焼き鳥屋「あさき」の店長だった。

 

 だが、困ったのは、麻希だった。

麻希が一人で「あさき」に行ったとき、店長が麻希に気がついて「麻希ちゃんだよね」と声をかけたらしい。

そのとき、麻希は店を飛び出してしまった。


 麻希が、同級生の優くんと最後に会ったのは、中学三年生の卒業式だから、十四年ぶりになる。

それだけ時間が経てば、見間違うことがあっても当然のことだ。

なのに麻希は、中学生の頃の優くんとは違う店長を見て、いたたまれなくなった。と言っていた。麻希がいつも話してくれる優くんは、長身で、容姿のいい人らしい。


 「あさき」の店長は、どちらかと言えばガタイのいい人だ。

私には、たくましい頼れる人に見えるが、麻希はそうではないようだ。

麻希の中に残っている優くんは、優しくて、楽しくて、容姿も良くて、みんなの人気者。

時が経てば中身は変わらなくても、外見は、ほとんどの人が変わる。

 

 なのに麻希は、十四年前の優くんを求めていたんだと思う。

だけど、麻希は動揺しただけで、好きな気持ちが変わってないのはわかった。


 麻希の、このことがあってから、二週間ぐらいが過ぎた頃、麻希と「あさき」へ行った。

私たちが店にいる間、店長はずーっと焼き鳥を焼いていた。

店長と話をすることは一度もなかった。

無視されたって、怒っている麻希に、私は言った、「麻希、この前、話の途中で店を飛び出したんでしょ、だったら麻希の方が先に無視してるよ」

「それに、良かったじゃん、麻希は嫌だったんでしょ」

麻希は一瞬言葉に詰まった、そして「私、もうここへは来ない」と、ハッキリ言った。

それを聞いて、やはり麻希はわかりやすい。そう思い、しばらく一人で「あさき」へ、行くことにした。


 数日後、一人で「あさき」に行った。

店長が焼き鳥を焼いている前の、カウンター席が空いてたのでそこに座った。

「いらっしゃいませ!」

「麻希ちゃんと一緒に来てくれてる方ですよね、いつもありがとうございます」と覚えていてくれて愛想も良かった。


 「私、麻希の同僚で、入社以来、親しくしてる三谷佐和子です。よろしく」

すると店長が「佐々木優です。よろしく」

 

 「この前、麻希ちゃんが一人で来てくれたとき、声をかけたら、麻希ちゃん店を飛び出して行ってしまって…いやー、麻希ちゃんに嫌われたみたいです」と、苦笑いしていた。


 私はすぐに言った、「そう思ってしまいますよね、傷つきますよね」そう言ってから、麻希から幼稚園のときのプロポーズの話を、何度も聞かされたことや、いつも「覚えているはずないよ」と言うことを店長に話した。

「覚えているはずないよ。と言うことは、覚えていて欲しいって、裏返しですよ」

私が言うと店長は、「そうかなぁ?」と、少し照れくさそうだった。


 色々話していると、店長が中学校の卒業式の後、麻希を探したけど、麻希が帰った後だったことや、店長のお父さんの実家の仕事を、お父さんが継ぐため引っ越したことなどを話してくれた。


 麻希は卒業式が終わると、優くんは同級生や後輩に囲まれていて、話ができなかったと言っていた。

その話をすると、店長は「いやぁ、ないない」と笑って手を横に振っていた。

でも、話をしていて、この話は麻希の方が信じられた。

麻希のことを探したのは事実だと思うが、麻希が言う「人気者だった」が説得力があった。


 店長は、気さくで言葉の一つ一つにいい人がにじみ出ていた。

他のお客さんへの声がけも、初めての方にも、常連さんにも温かかった。

その日から、私は時々一人で「あさき」へ行った。


 何回目だったか、どうしても聞きたいことがあって店長に聞いた。

幼稚園のときの可愛いプロポーズのことを覚えているか聞いてみた。

店長はニコニコしながら「もちろんですよ!」

「だから麻希ちゃんも、覚えていてくれて、嬉しかったんですけどね」と言った。


 私は少し驚いて聞いた「じゃあ幼稚園のときの気持ちをずーっと想い続けてきた。ってこと…」

店長はカウンターを拭きながら、照れたように、「今になって会えるとはねぇ…」と、何度も同じところを拭いていた。

店長が言うには、幼稚園で言った、可愛い約束はしっかり覚えているらしい。


 麻希とは、小学校も中学校も一緒で、麻希は誰にたいしても同じで、優しくて、いつも笑顔のいい子だったらしい。

それはわかる。麻希は確かに、人の悪口は言わない。

優しいし、愛想もいい。

店長が、麻希とは、とくべつ親しくしていたわけではないが、麻希のことが、気になっていていた。と、照れながら話してくれた。


 店長は中学校の卒業式の後、麻希に告白するつもりだったようだ。

「遠距離になるけど…」と、だが麻希と会えずそのままになっていたらしい。


 店の名前「あさき」のことを聞くと、「気づきましたか?」と、笑っていた。

「いつか会える」、そう想いを込めて付けた名前だそうだ。

そして、麻希に再会したときは、本当に夢かと思った、と言っていた。


 そこにきて、麻希のあの態度だから、店長、傷ついたと思う。

店長に、私と麻希が二人できたとき、気づいていたと思うけど、何も言わなかったのはどうして?

聞こうと思ったけど、聞かなかった。

店長の気持ちを考えると当然だと思う。


 「あさき」に行くたびに、店長の良さが見える。

店長は、何ぜ今も一人なんだろう?

この人なら、今まで何度もチャンスがあったはず。やはり、そこは麻希への想いが強かったのかな?

だとすれば、麻希も同じだ。

二人は十四年間、ずーっとお互いのことを想っていたのだと思うと、麻希の心の絡まった糸をどうにか…と思ってしまう。


 スタッフの子が「ほとんどのお客さまが店長に会いに来ているんです」と、言っていたがわかる気がする。


 あれ以来「あさき」に行くのは、いつも私一人だけど、店長から麻希のことを聞いてくることはない。でも、麻希を無視するわけでもない。

私が麻希の話を出すと、笑って聞いたり「麻希ちゃん元気そうで良かった」と微笑んでいる。

麻希より全然大人だ。


 以前、仕事帰りに後輩から「安くて、美味しい店」を聞かれたことがあり、「あさき」を教えてあげた。


 数日後の昼休み、社食にいたら「あの焼き鳥屋さん、美味しかったです」「店長も楽しくて、お財布にも優しい!もう常連です」と、彼女たちが言って来た。

彼女たちと少し話をして、麻希の傍に行った。


 麻希は相変わらずだけど、さっきの話も聞こえていて気になっているのは、すぐにわかった。

それでも素直になれず、自分からは行動ができない。

「麻希、ぼやぼやしてると優くん誰かに取られるよ」と、言いたいが、そう言えば余計に意固地になる。

かと思えば、涙もろくて…。

ほんの少し店長に素直になればいいのだけど、まだ時間がかかりそうだ。


 それから一か月ぐらいした頃、「あの焼き鳥屋さん、美味しかったです」と言っていた中の一人が、「あさき」で知り合った人と、結婚すると話してくれた。

「きっかけは焼き鳥屋さんで、焼き鳥婚です」と彼女は嬉しそうに言った。


 彼女の話が聞こえた麻希が、動揺してるのはすぐにわかった。

麻希、もしかして、彼女が店長と結婚する、と、思ったのかもしれない。

そしたら、なおさら麻希から「あさき」に行こうと、言ってくるはずもない。

そんな麻希が見ていられなかった。


 「麻希、今日『あさき』へ行こう」と誘った。

思っていた通り、動揺してた。

「あさき」の店の前についたときの、麻希の顔には、笑顔はなかった。


 店に入ると店長が見えたので「店長」と、手を振ったら「ああ、さわちゃん」と振り返してくれた。

店長は最近は、「さわちゃん」と呼ぶようになった。

麻希があっけに取られていた。

誤解のないように、「あれからも時々来ていたの、美味しいからね…」と言って、またいつものようにカウンター席に座った。


 私は麻希に「店長いい人だよ。この店は美味しいのも事実だけど、『ほとんどのお客様が店長に会いに来ているんです』って、スタッフの子が言ってたよ」

「お店の名前の『あさき』はね…」

麻希は落ち着かない様子で、私の話も上の空で聞いていなかった。


 店長の方をチラチラ見ていた。

店長の方を見ると、店長の前のカウンター席に、

「今度、結婚が決まった」と、言っていた彼女がいた。

ここで出会った。って言ってたから待ち合わせだなと思っていた。


 すると、彼らしき人が来て二人で帰っていった。

「あの人が結婚相手みたいだね」私が言うと、麻希が「えっ?優くんと結婚するんじゃないの?」と言った。

昼休みに彼女の話を聞いて、やはり麻希は勘違いしていたようだった。

「彼女、今の彼とここで知り合ったらしいよ。麻希、彼女が店長と結婚すると思って勘違いしたんでしょ?」

麻希は慌てて「違うよ」と言った。

でも、店長が結婚相手じゃない、とわかって安心したのか、麻希は大粒の涙をポロポロ流して泣き出した。


 そんな麻希があまりにも可愛くて「店長」と、呼んだら店長はすぐきてくれた。

いつも、笑顔の店長だが、今まで見たことのない優しい顔で麻希を見ていた。

「麻希ちゃん、どうしたの?」

「さわちゃん、麻希ちゃんをいじめないでよ」と笑っていた。

「麻希、良かったね、店長きてくれたよ」

麻希の肩に手をおくと、何も言わずに、うん、うん、というように、頷いて泣いていた。

そして、店長も少し安心したのか、私の方を見て、小さく「ありがとう」と言った。


 その後、店を出て麻希が「ありがとう…」と言ってきた。

ホッとした。もう大丈夫と思っていた。


 でも、麻希は時々不安そうな顔をする。

「あれから店に行っても、何も特別な話はしないし、何も言ってくれない…」と、寂しそうに話していた。


 そんなとき、忘年会があって、終電に間に合うように、急いでいたら、「あさき」の前で、自転車に乗っている店長にあった。

店長は、私たちを駅まで送るため、車に乗り換えてきてくれた。


 「わー、店長ありがとう」助かった。そんな気持ちで車に乗った。

だが、数分後まさか、プロポーズの立ち会いをするとは思ってもいなかった。

店長は、「若い乙女が終電に遅れて、途方に暮れたら大変だからね」と笑った。

そして「僕の大切な婚約者だからね」と言った。

それでも、ピンときていない麻希。

私は店長に言った、「店長、麻希は、ちゃんと言葉で伝えないと、わかってないみたいよ」


 すると店長はハザードランプをつけて車をとめた。

ハザードランプの点滅するオレンジ色の光が窓ごしに見えた。

そして麻希が乗っている、後部座席のドアを開けて、

片膝をついて「麻希ちゃん、大きくなったら僕と結婚してくれる」と言った。

私も驚いたが、それ以上に麻希は大変だった。


 私にしがみついて号泣していた。

さっきまで、店長の気持ちが見えなくて本当に不安だったんだと思う。

麻希は安心したのと、素直に嬉しいので、子供みたいに泣いていた。

店長に「うん、いいよ」と答えながら泣いていた。

「良かったね、おめでとう、麻希」そう言いながら、私まで涙が出てしまった。


 それからの麻希は、いつも幸せいっぱいの笑顔がキラキラしてる。

麻希は「ありがとう。佐和子がいたからだよ」と、言ってくる。

店長も「本当だよ、さわちゃんありがとう」

と言う。

でも私は、二人のブレない心と、何度も言うが、運命だと思っている。

あの突然のプロポーズから、結婚が決まるまでは早かった。


 そして今日、ついにこの日がきた。

式場に入り受付をしていると、タキシードを着た店長が来て、「さわちゃん、今日はありがとう」と、言った。

店長はこの日のためにダイエットをしたらしくて、少し痩せて、ますます素敵になって本当に王子様になっていた。


 「ご結婚、おめでとうございます…」

店長と、挨拶をしていると、支度を終えた麻希がアテンダーと歩いてきた。

純白の、ウエディングドレス姿の麻希は、綺麗でいて可愛くて、胸が熱くなった。

私も店長も見惚れていた。

麻希は、私を見つけると「さわこぉ…」と泣きそうな声で両手を差し出して寄ってきた。

「麻希、おめでとう」

「泣いちゃダメだよ。そして、こっちだよ」と麻希の差し出した両手を、店長の両手に重ねた。


 向かい合って、少し照れて両手を握る二人から、二十五年前の「麻希ちゃん、大きくなったら僕と結婚してくれる?」「うん、いいよ」が聞こえてきそうだ。

いつの間にか二人の周りには沢山の人が集まり、拍手の雨が降り注いでいた。


 あれから五年、自転車に乗った王子様は、小さなお姫様を自転車のチャイルドシートに乗せて、保育園にお送りするのでした。

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