面倒事を避けるために死のうと思った。

エリー.ファー

面倒事を避けるために死のうと思った。

 明日、宿題を提出しなければならないが、どうしても終わらない。

 僕としては、それならそれで先生に怒られればいいと思っている。

 でも、そんな簡単なことでもないだろう。


 僕は、死ぬことにした。

 そっちの方が簡単なのだから致し方ない。


 僕は闇の中を歩いていた。

 それは夢のようであり、僕が僕であることしか認識できていなかった。

 どこまでも続く道。

 いや。

 空間。

 いやいや。

 なんだっていいか。

 とにかく、僕はここにいて、僕以外のものに囲まれている。

 それは、空気であり、空間であり、雰囲気である。

 面倒事そのものだ。

 僕は、自殺をしたのかもしれない。

 そのせいで、闇の中を歩かされているような気がする。

 でも。

 それがいい。

 心地いいのだ。

 これが、死、というものならば、世界中の人間はこの死を手に入れようと躍起になるだろう。

 地球から人は一気に減って、環境問題は間違いなく解決するはずだ。

 僕は、何も間違えていない。

 僕の思考に曇りはない。

 向こうから、誰かが歩いて来た。

 父だった。

 正確には父のシルエットをした何かだった。

 僕は父と仲が良かった。

 しかし、その父らしき何かは、僕の方を見なかった。

 だから、僕も会釈することしかできなかった。

 そのうち、父は白く光ると沼のようなものを作り出して、その中に飛び込んだ。

 二度目はない。

 そう、聞こえた。

 僕は歩き続けた。

 そのうち。

 体が、浮遊した。

 どこかに連れて行かれそうな恐怖が、僕を支配する。

 けれど、僕にできることはない。

 ただ、寂しさの中で自分という人間を形作る何かにアプローチをし続けることしかできない。

 私は、口から吐き出した。

 朝食だったのか、昼食だったのか、夕食だったのか。

 分からない。

 何も分からない。

 黄色しかない信号機が僕を見つめている。

「あなたは、人間ですね」

 その質問に僕は頷くことしかできなかった。

「どうして、私を見ているのですか」

 僕は黄色しかない信号機を、より強く見つめた。

「見たいからです」

「黄色い信号機、を名乗る存在として、あなたからその返事を聞くことができたことを心から嬉しく思います」

「どうして、青や赤がないんですか」

「すべてがそうだからです」

「すべて、とは」

「すべて、ですよ。青は進むことを強制し、赤は止まることを強制する。進むことも、止まることも、自分で決めるべきことです。私は黄色しか示せません。あなたが確認して、あなたが決断をして下さい」

 黄色い信号機は泣いているようであった。 

 けれど、特別なことは分からない。

 というか、そういうものなのだ。

 黄色とは。

 信号機とは。

 黄色しかない信号機とは。

「僕は自殺をしたのですか」

「分かりません」

「僕は死体になったのですか」

「知りません」

「僕は死に近づいているのですか」

「それも分かりません」

「僕は、進めばいいのですか」

「さぁ」

「僕は、止まればいいのですか」

「さぁ」

「お願いします。これは、何なんですか。一体、何が起きていて、何が始まっていて、何が終わったのですか」

「新しさ」

「は」

「新しさだけが、今日のあなたを自由にしてくれる」

「何か、自己啓発本とかに書いてありそうな薄っぺらい言葉で気分が悪くなってきました」

 その瞬間。

 僕は病院のベッドの上にいた。

「気付きましたか」

 僕は軽く頷いた。

「気付きましたが、眠りたいです」

「分かりました。では、あともう少しだけ」

「はい、あともう少しだけ、おやすみなさい」

 そして。

 僕はとうとう自殺するタイミングを永遠に失った。

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