第10話「癒やしの片鱗」

 城での生活にも、少しずつ慣れてきた。

 相変わらずカイル様は僕を客人として扱ってくれ、何不自由ない毎日を送らせてくれる。

 その優しさに甘えてばかりではいけない。僕も何か、この城の役に立ちたい。

 そう思って侍女の仕事を手伝わせてほしいと申し出たのだが、「伯爵様から、リアム様には何もさせぬよう、きつく言われております」と、やんわり断られてしまった。

 どうやら僕は徹底的に甘やかされているらしい。その事実が、少しむずがゆい。

 そんなある日、僕は城の中庭を散歩していた。

 カイル様から借りた本を読みながらベンチに座って、穏やかな日差しを浴びる。こんなにのんびりとした時間を過ごすのは、生まれて初めてのことだった。

 ふと、近くの茂みから、くぅん、というか細い鳴き声が聞こえた。

 声のする方へ近づいてみると、そこにいたのは一羽の小鳥だった。翼を怪我しているらしく、地面にうずくまって動けなくなっている。

「どうしたの?大丈夫?」

 僕はそっと小鳥を両手で包み込むようにして持ち上げた。

 翼の付け根から血が滲んでいる。カラスか何かに襲われたのかもしれない。

 可哀想に、と胸が痛む。

 公爵家では、僕が動物に触れることなど許されなかった。「汚らわしい」と、すぐに取り上げられてしまっただろう。

 でも、今は違う。

『何か、手当てできるものはないかな』

 そう思いながら、僕はただその小さな体を優しく撫でた。

 早く元気になってほしい。また、大空を自由に飛べるようになってほしい。

 心から、そう願った。

 その時だった。

 僕の手のひらが、ふわりと淡い光を放った。

「え…?」

 驚いて手を見ると、光はすぐに消えてしまう。気のせいだったのだろうか。

 けれど、腕の中の小鳥が、ちゅん、と元気な声で鳴いた。そして僕の手から飛び立つと、力強く羽ばたいて空へと舞い上がっていく。

「あ…」

 僕は、あっけにとられてその姿を見送った。

 小鳥の翼からは、血の跡が綺麗に消えていた。まるで、最初から何もなかったかのように。

『今のは、いったい…?』

 自分の手のひらを見つめる。

 先ほどの淡い光。あれは、何だったのだろう。僕の、力?

 そんなはずはない。僕はただの、出来損ないのオメガだ。何の特別な力も持っていない。

 きっと、見間違いだ。小鳥はもともとたいした怪我ではなかったのだろう。

 そう自分に言い聞かせた。

 でも、胸のざわめきは収まらなかった。

 その日の夕方、カイル様がいつものように僕の部屋を訪れた。

 僕は昼間の出来事を彼に話すべきか迷った。けれど、自分の勘違いかもしれないことを話して、彼を困らせたくはなかった。

「顔色が悪いな。どこか具合でも悪いのか」

 僕の心中を見透かすように、カイル様が言った。

 彼の赤い瞳は、いつも僕のことを注意深く見ている。

「いえ、大丈夫です。少し、考え事をしていただけなので…」

「そうか」

 彼はそれ以上は追及せず、僕の向かいのソファに腰を下ろした。

 しばらく、二人で暖炉の火を見つめる。

 この何も話さない時間が、僕は好きだった。カイル様がそばにいてくれるだけで、不思議と心が落ち着くのだ。

「…リアム」

 不意に、彼が僕の名前を呼んだ。

 彼が僕の名前を呼ぶのは、これが初めてだった。

「はい」

 どきり、と心臓が跳ねる。

「何か困ったことがあれば、必ず俺に言え」

 まっすぐな、赤い瞳。

 その瞳に見つめられると、僕は何もかも見透かされてしまうような気がした。

「お前は、一人で抱え込みすぎる」

 その言葉に、はっとする。

 彼は、僕が何かを隠していることに気づいているのかもしれない。

「…はい」

 僕は、小さくうなずくことしかできなかった。

 カイル様の優しさが、今は少しだけ胸に痛かった。

 僕のこの手にある、不思議な光。

 あれがもし、本当に僕の力なのだとしたら。

 それは、僕の運命を、そしてカイル様との関係を、大きく変えてしまうものになるのかもしれない。

 そんな予感が、胸の奥で静かに芽生え始めていた。

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