第2話「砕け散った希望」

 断罪の宣言から、物事が進むのは驚くほど早かった。

 僕は衛兵に両腕を掴まれ、大広間から引きずり出された。最後までアラン殿下は、一度も僕の方を見ようとはしなかった。彼の瞳に映るのは、ただ聖女マリアだけ。

 連れて行かれたのは王宮の一室。そこには、苦虫を噛み潰したような顔をした父、アーリントン公爵が待っていた。

「…父上」

 呼びかける僕の声に、父は苛立たしげに顔をしかめた。

「その口で私を呼ぶな。我がアーリントン家の面汚しめ」

 氷のような言葉に、胸が凍る。

「お前のせいで、どれだけ我が家の名誉が傷つけられたと思っている。王太子殿下のご慈悲で、お前の首が繋がっただけでもありがたいと思え」

「ですが、私は何もしていません!聖女様をいじめたなど、全くの事実無根です!」

 必死の訴えも、父には届かなかった。彼は興味なさそうに鼻を鳴らす。

「どうでもいい。事実がどうかなんて、もはや些末なことだ。問題は、お前が殿下のご不興を買い、聖女様を『虐げた』と認定されたこと。それだけだ」

 父にとって、僕の無実などどうでもいい。家の体面だけが全てなのだ。

「お前はもはやアーリントン家の人間ではない。この場で勘当する。今後、二度とその名を名乗ることは許さん」

「そん…な…」

「追放先へは明日出発だ。荷物をまとめる時間くらいはくれてやる。まあ、お前にとって価値のあるものなど、何一つないだろうがな」

 父はそれだけ言うと、僕に背を向けた。一度も、振り返ることなく。

 最後まで、彼は僕を息子として見てはくれなかった。ただの家のための道具。そして、不要になればあっさりと捨てられる駒。

 それが、僕だった。

 衛兵に連れられ、久しぶりに実家の屋敷に戻った。けれど、そこはもはや僕の家ではなかった。

 使用人たちは遠巻きに僕を見て、ひそひそと何かを囁き合っている。兄や姉とすれ違っても、彼らは僕がいないかのように通り過ぎていった。

 自室に戻る。この部屋だけが、僕の唯一の居場所だった。

 でも、その部屋すら冷え冷えとしていて、僕を拒絶しているように感じられた。

 荷物をまとめるように言われたけれど、父の言う通り、僕には持っていくものなど何もなかった。豪華なドレスも美しい宝石も、全ては公爵家のもの。僕個人のものなど、本当に何一つ。

 ベッドの隅に置かれた、古びたぬいぐるみを手に取る。それは僕が幼い頃、唯一優しくしてくれた母上が亡くなる前にくれたものだった。

『リアム、強くおなりなさい。あなたはとても優しい子だから、きっと幸せになれるわ』

 母上の言葉を思い出す。

 でも、母上。僕は強くなんてなれませんでした。幸せにも、なれませんでした。

 唯一の希望だったアラン殿下との婚約も、こうして砕け散ってしまった。

 僕は、ただの出来損ないのオメガ。誰からも必要とされない、価値のない存在。

 これから追放される辺境は、凶暴な魔物が跋扈する死の土地だと聞く。

 そんな場所で、僕のような非力なオメガが生きていけるはずがない。

 きっと、すぐに死ぬのだろう。

 それでいいのかもしれない。

 こんなふうに蔑まれ、孤独に生き続けるくらいなら、いっそ…。

 窓の外はすでに暗くなっていた。王都の灯りが遠くで瞬いている。あの光の中に、もう僕の居場所はない。

 僕はただ小さなぬいぐるみを胸に抱きしめ、夜が明けるのを静かに待っていた。

 涙は、とっくに枯れ果てていた。

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