記録2:安全区域
数時間歩き続けた中で、さまざまなものを目にしました。燃えたぎる石が集まって形作られた、炎に包まれた犬。溶岩の中から生えてくる腕…。天井や壁に張り付いて這い回る、蜘蛛のような謎の生き物。それ以外にも様々。
『楽園』では絶対にありえないような光景が広がっていて、目眩のような感覚に襲われることが沢山ありました。
しかし、『アンダーエデン』と『楽園』の違いを認識するたびに、エイデの異常性が際立ちます。エイデは『楽園』でも上位へ食い込めるであろう戦闘能力をもっていて、明らかに普通の悪魔ではありません。
歩きながら、エイデと様々な会話をしましたが、残念ながら、彼は秘密主義らしく、詳細な情報を手に入れることはできませんでした。
どうにか情報を引き出そうとして顔を覗き込みながら考え込む私とは対照的に、エイデは笑顔を浮かべ、目線を前へ向けています。すると、彼の瞳が私を映しました。
「ほら、もうすぐ安全区域に入るよ」
そう言われ前を見ると、それまで見てきた赤黒い景色がなかったかのような、美しい景色が目に入りました。
溶岩はある部分を境界に、白く透明な液体へと変わり、周囲の景色を反射させています。辺りを漂う光の塵は、見ているとなんだか心が柔らかくなっていくような気がします。足場は少し入り組んでいますが、そんなことは気にもなりません。
「この塵から発せられる光には精神的苦痛や苛立ちを和らげる効果があるのさ」
エイデの説明を聞き納得しました。なぜなら、他の場所では躊躇なく襲いかかって来た怪物がこちらにすり寄ってきたり、すごく友好的なのです。
「すごい…。これが地獄の安全区域…」
「でしょ〜。ほら、沢山歩いて疲れただろ?ここでちょっと休憩しよう」
「はい…!」
そこでふと気づいたのですが、エイデはこの光の影響を受けて居ないようでした。
悪魔には効果がないのか、エイデが特別なのか。もしくは、影響を受けていても効果が見られないほど深刻な心理状況なのか…。最後の説は、相変わらずなエイデの怪しい笑顔を見て、すぐに除外しました。
しばらくして、エイデが立ち上がって言いました。
「さ、そろそろ出発しようか」
「へ?」
正直、私はまだ休んで、この景色を楽しんでいたかったのです。しかし、そんな心境を見抜いてか、エイデは人差し指を立て、私にある忠告をしました。
「いいかい、ここが『アンダーエデン』であることを忘れちゃいけないよ」
そして、あるものを指さし、「あれを見てみな」と言いました。
そこで私が目にしたのは、地面が蠢き、怪物を飲み込んでいく恐ろしい光景でした。怪物は抵抗もせず、徐々に引きずり込まれていきます。周りの怪物たちは、仲間が飲み込まれて行くのを見ても、まるで気にしていないようです。
「なんですか…?あれ…」
「ここ安全区域はね…、この場所そのものが生き物なんだよ」
「……え?」
「この光は地獄の動物たちには効果抜群でね。ああやって死にそうになっていても、暴れたり、抵抗したりしなくなってしまうんだ」
「ここは安全なんじゃ…」
「比較的安全なだけさ。『アンダーエデン』には、絶対的な安全なんてものは存在しない。ここは安全なほうだ。だけど、それに甘えて長く居座れば居座るだけ、捕食の標的にされるリスクは高まる。僕の友達も一人食べられちゃったしね」
笑顔のまま恐ろしいことをいうエイデに、わずかな恐怖感を覚えました。
「ほら、行くよ。早く立ち上がらなきゃ置いていっちゃうよ?」
エデンに背を向けられながらそう言われ、私は急いで立ち上がりました。
-地獄偵察二日目 著者ヘルス-
地獄偵察 白黒天九 @tenku859
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