第7話 花雪

ところは川本。


豪鬼は振り返っている。


儂は、もっといい方法を見つけられなかったんだろうか。


なぜ、エノが行きたがったのを止めなかったのか?


もしかしたら娘を、エノを見たあの男が正気に戻るのではないかと期待したからだ。


しかし、結果的に儂はあの男を助けられなかった。


その上、佐姫が防戦一方になった時、すぐに手を出せなかった。


「エノの前で父親の姿の矮を斬るわけにはいかない。」と迷ったからだ。


しかし、儂が手をこまねいているうちに佐姫さきに怪我を負わせることになってしまった。


・・・結局、エノも佐姫も深く傷付けてしまった。全て儂の考えが甘かったのだ。


エノは連れて行くべきではなかった。そうすれば佐姫も傷つくことなく、もっとスムーズに矮を退治できたはずだ。


・・・いや、考えても仕方ないことだ。もう、すべて終わってしまった後だ。


儂は矮を真っ二つに斬ったが、これでこの事件は終わるのだろうか?


「終わってほしいものだ・・・。」豪鬼は独り言をつぶやいた。




ところは池田。


佐姫は顔をしかめながら傷だらけの身体を湯船につけている。同じ湯船に浸かっている押ケ峠おしがとが心配そうに見ている。


しばらくすると、佐姫の体は綺麗に跡形もなく傷が塞がっていた。


佐姫が独り言のように言う。「わたし、ちゃんと、ひな子の敵討ちできたのかなぁ。」


押ケ峠が微笑みながらうなづく。


「あ〜。わたし、弱いなぁ。」


押ケ峠が言う。「そんなこと、ないわよ。」


「だって、こてんぱんよ。こてんぱん。」怒ったように佐姫が言う。


「確かに、そうかも知れないんだけどね。」押ケ峠がなだめるように言う。


「でしょ〜?」


「だけど、逃さないように相手の素早さに対応はできてたのよ?ちゃんと役目は果たしているわ。」


「豪鬼さんみたいに、こう、ズバッ!と出来たら、良いのになぁ。」


「贅沢を言わないの。こうやって無事に戻って来れたんだし。大事な友だちの仇も討てたんでしょ?」


「これで、お稽古もいったん終りね・・・。」ふっと佐姫がつぶやく。


その後、ぱっと顔を上げて「押ケ峠、いままでずっとありがとう!」と、言いながら押ケ峠をハグする佐姫。


「ええっ、なんで抱きついてくんのよ?」


「ハグよハグ。感謝のしるし。」


「あっ。ありがとう。でも、もういいわっ。は〜な〜し〜て〜!」




ところは、川の中の淀み。矮はまだ生きていた。


『くそぅ!折角人間の体を手に入れたのに。あの女め。あの大男め。』


『あの女の一撃一撃がどれだけダメージだったか。憎い!憎い!憎いぞおっ!』


『おかげで取り込んだエネルギーも全部使い果たしてしまったわぁ!』


矮は、川に水を飲みに来たウサギに目をつけた。


ウサギの血中酸素をゆっくり抜いて気絶させ身体を乗っ取った。


『人はバレたらあの大男や半分ギツネに攻撃されてしまう。まずは動物からだ。』


乗っ取ったウサギの身体で、辺りを探る。またあの大男が来たらたまったもんではない。


『来ないな・・・』


どうやらあの大男が察知できるのは人間を害したときだけなのか?とりあえず矮はそう思うことにした。


次に、矮はウサギをおとりに猪を手に入れた。ウサギの耳を猪につけて猪に乗り移った。


『これで、遠くの音が拾えて、よく臭いを嗅ぎ取ることが出来る。』


それから猪をおとりに熊を手に入れた。ウサギの耳、イノシシの鼻を熊につけて乗り移った。


『今度はこれで人を襲おう。』


ある夜。


残業で仕事が遅くなった男が家路を急いでいた。


粕渕のバス停でバスを降りて、家まで後少しのところ。


「うわぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!熊だっ!熊が出たぁっ!!」男は叫んだ。


ぬっと現れた体高1.5mはあろうかという熊は男を一撃で倒してしまった。


『しまった!大怪我をさせてしまっては乗り移れないではないかっ。』


矮はあたりの気配を探った。


『来た!』


豪鬼がやってきた。


しかし豪鬼は人を襲ったとはいえ相手が熊と見るや、帰っていった。


『ひっひっひっひっ。これだ!まずはこれでいい!』


川まで戻った矮は考える。


『あの大男は自然の摂理であれば、その様に見えるのであれば人が襲われようと、干渉しないのだな・・・。』


『しかし、俺は人のエネルギーが欲しい。もっと大きくなって、もっと増えて、大男をも倒したい。俺はとにかく人が憎い!』


矮は、夜な夜な街を歩く人を見つけては乗り移ろう、意識を抜こうとした。


しかし殺人熊が出るということは知れ渡っているので、山に入る人も夜暗くなって外出する人もいなくなっていた。


『これでは、足踏み状態だ。俺の計画が狂ってしまった。憎い!憎いぞぉ!』矮は悔しがった。


結局、矮は最初の半透明な円筒形の形に戻って橋の下で人を待つことにした。


年の頃、20歳くらいの女性が橋を渡ろうとしたところで急にバタッと倒れる。しかしすぐ起き上がり、すぐ眼の前に自宅に帰宅した。


周りから見たら、何かにつまづいてころんだようにも見える光景であった。


1分くらい経って豪鬼がやって来る。『おかしい。気配はあったのに何も無いではないか。』橋の下、川の両岸、あちこち当たりを調べていたが、豪鬼は帰っていった。


女は家の中からニヤニヤしながらその様子を見ていた。『うまくいったぞ。』


矮は乗っ取った身体から記憶を引き出して、その女の生活を引き継ぐことにした。『すぐに動けば怪しまれる。ここはしばらく様子を見ることにしよう。』


10日後。女の姿の矮は、昼休みに同僚の意識を抜き、すぐ隠れた。


『また来た。』


豪鬼がやってきて、当たりをくまなく探っていたが何も証拠がないので帰っていった。


矮は豪鬼のその様子をずっと見ていた。『これだ。こうすればあいつにバレないで出し抜ける。』


また10日後。夜に国道を歩いていた女を襲った。しかしそれは罠であった。


《合力!》佐姫は実体化して矮に攻撃を仕掛けた。


女の姿の矮は逃走に全神経を集めていた。


佐姫の攻撃は矮の逃げる方向に間に合わず、逃げる矮の後ろを攻撃している。


『あんた早くなんとかしなさいよ!』押ケ峠が叫ぶ。


「くうっ!」佐姫が立て直そうとしている。


しかし、どうしても矮の逃げる方向の前に攻撃が飛ばない。後ろばかりに攻撃が当たっている。


『ひひっ。ばかめ。ばかめぇ。そんなぬるい攻撃に当たるほど俺は落ちぶれちゃいねぇぜ?』


川そばまで矮が辿り着こうとしていた。佐姫は必死の形相で矮に照準を合わせようとしている。


『あばよぉ。半分ギツネ!』そういって矮は川へと消えていった。


そこに豪鬼が到着した。


「取り逃がしたか・・・。」


佐姫と豪鬼は、力なく川を見つめていた。


ところは宮の佐姫の部屋。


佐姫はものすごく怒っていた。


「くやしい!ほんとうに、くやしい!私のせいだ。私はひな子の仇は取れていなかった。」


場所は変わって、佐毘売のいる千畳敷の間。


花雪、あずと一緒に、ここに。


ふっ。と年の頃が4,50代の壮年の男女が姿を表した。「お呼びでしょうか?佐毘売さま。」


「お前たちに話があるの。」


「はい。なんとなくではありますが状況は理解しております。」花雪が言う。


「佐姫は『蛭子ひるこ』のようね。」花雪とあずがうなずく。


「あなた達にいつまでも次代のかみが現れないわけは、これが原因のようね。真名も見てみたの。やはり、そうよ。」


「佐毘売さまが気づいてくださり、良かったと思っています。」あずが言う。


あずは泉の守り神。くらいとしては「かみ」である。国つ神である花雪というパートナーを得て、次代のかみが出来るはずであった。しかし、言い伝え通りに女の子が産まれてこなかった。男の子が産まれてきたのである。


ということは、生まれるはずの女の子は花雪とあずの元から引き剥がされて流れていった。ということになる。これを蛭子という。そしてどういうわけか粕淵で人の子として産まれ、育ったのである。


佐毘売が真顔で二人を見つめたままいう。「佐姫にはまだ内緒にしておいて欲しいの。」


『分かりました。』二人はうなずく。


「そして、佐姫に修行を付けて欲しいのよ。」


『それはどういうことですか?』花雪が尋ねる。


「あの子、もう少し強くならないと・・・。」


「消されてしまう可能性があるのですね。」花雪が言う。


佐毘売がうなずく。「お願いね。今、親子の名乗りをすると厳しい修行ができなくなるわ。」


「分かりました。」二人はうなずいた。


「佐姫、おいで。」


「はい。何でしょうか?」佐姫が来た。花雪とあずに気付き、深くお辞儀をする。


あずの表情が変わる。


ーこの子、ちゃんと宝珠がある。ああ。会いたかった。本当に会いたかった。


花雪が「ごほん!」とせきをしてあずを制した。


ーだめだよあず。いまはだめだ。


あずがうなづく。


その様子を見ていた佐毘売だったが、落ち着いたのを確認して話を始めた。


「佐姫。これからこの二人もあなたの師匠になります。稽古をつけてもらいなさい。」


「わかりました。どうぞよろしくお願いします。」佐姫は深くお辞儀をした。

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