第37話「隣国の変化、再生への道」

 エルナが父親に手紙を送ってから、さらに数年の月日が流れた。

 その間、クライス王国は驚くべき変化を遂げていた。

 エルナの言葉に奮起したのか、アルトハイム伯爵をはじめとする、一部の良識ある貴族たちが国の改革に立ち上がったのだ。

 彼らは私財を投じてヴァイス領から購入した作物の種を国中に配って回った。そして自らクワを持ち、民と共に荒れ果てた畑を耕し始めた。

 最初は冷ややかな目で見ていた民衆も、彼らの真摯な姿に少しずつ心を開いていった。

「貴族様が、俺たちと一緒に泥まみれになってくれるなんて……」

「この国も、まだ捨てたもんじゃないかもしれないな」

 失われかけていた一体感が、国の中に再び芽生え始めていた。

 王位を退いた国王と王太子アルフレッドは修道院に入り、静かに過去の罪を償う日々を送っているという。

 国は王政を廃止し、貴族と民の代表者による共和制へと移行した。初代議長には、改革の中心人物となったアルトハイム伯爵が選ばれた。

 彼はかつての傲慢な姿は消え、民の声に真摯に耳を傾ける賢明な指導者へと生まれ変わっていた。

 もちろん、国の再生への道は平坦ではなかった。

 経済は依然としてヴァイス領に大きく依存しているし、失われた国力を取り戻すにはまだ長い時間がかかるだろう。

 しかし国全体に、以前のような絶望の色はなかった。

 そこには「自分たちの手で国を立て直すのだ」という、力強い意志と希望の光が満ちていた。

 そんなクライス共和国からある日、ヴァイス領へ正式な国交樹立を求める使節団が派遣されてきた。

 代表としてやってきたのは、アルトハイム伯爵、その人だった。

 エルナは数年ぶりに、父親と再会した。

 彼はすっかり白髪が増え、顔には深いしわが刻まれていたが、その瞳にはかつてないほどの力強い光が宿っていた。

「……エルナ」

 父は娘の前に立つと何も言わず、ただ深々と頭を下げた。

 エルナはそんな父に静かに歩み寄ると、その手を取った。

「お久しぶりです、お父様。……お元気そうで何よりです」

 その言葉に、父の目から涙が一筋こぼれ落ちた。

「……大きくなったな」

「はい。母になりましたので」

 エルナが微笑むと、そばにいたアルトがひょこりと顔を出した。

「じいじ?」

 アルトの屈託のない声に、伯爵は顔をくしゃくしゃにして涙を拭った。

「……ああ。そうだよ」

 彼は震える手で、孫の頭を優しく撫でた。

 その日の会談は、終始和やかな雰囲気で進んだ。

 ヴァイス領とクライス共和国は過去のしがらみを乗り越え、対等な友好国として未来へ向かって共に歩んでいくことを誓い合った。

 会談が終わり、父が帰る日。

 エルナは彼に、小さな包みを渡した。

「これは、わたくしの薬草園で採れた特別な薬です。体を大切にしてくださいね」

「……ありがとう」

 父はそれだけ言うと娘を、そして孫を一度だけ強く抱きしめ、馬上の人となった。

 遠ざかっていく父の背中を見送りながら、エルナは、これで本当にすべてが終わったのだと感じていた。

 憎しみも、悲しみも、後悔も、すべては過去のものとなった。

 後に残ったのは、血の繋がった家族としての温かい絆だけだった。

 隣国の再生。それはエルナが望んだ、最高の形の「ざまぁ」だったのかもしれない。

 復讐ではなく、赦しと再生によって過去を乗り越える。

 それこそが、命を育む聖女である彼女らしい決着のつけ方だった。

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