第27話「衰退する王国、残された者たち」

 辺境が「ヴァイス領」として独立し繁栄を謳歌する一方、クライス王国は緩やかな、しかし確実な衰退の道を歩んでいた。

 エルナの力が宿った作物の種は、確かに国の枯渇病を食い止める一助とはなった。しかし一度失われた大地の生命力は、そう簡単には元に戻らない。作物の収穫量は以前の半分にも満たない状況が続いていた。

 食糧不足は民衆の不満を煽り、各地で反乱が頻発した。国の財政は破綻寸前となり、かつての栄華は見る影もなくなっていた。

 王城の中も、淀んだ空気に満ちていた。

 国王は心労がたたってすっかり年老い、もはや国を治める気力も失っていた。そして王太子アルフレッドは、辺境から帰還して以来、酒に溺れるだけの抜け殻のような日々を送っていた。

「なぜだ……なぜ私がこんな目に……」

 彼は毎晩のようにそう呟きながら、高価な酒を呷った。

 エルナに拒絶されたこと。ガイオンという男にあらゆる面で完敗したこと。その屈辱が、彼の心を完全に打ち砕いていた。

 彼は自分の過ちを認めることができなかった。すべての責任をエルナやソフィア、そして周囲のせいにして、現実から目を背け続けていたのだ。

 そんなアルフレッドを見かねて、声をかける者がいた。彼の数少ない側近の一人であり、幼馴染でもあった若い騎士だ。

「殿下、いつまでそのようなことを! 国は危機に瀕しているのですよ!」

「うるさい! お前に何が分かる!」

 アルフレッドは酒瓶を騎士に投げつけた。

「何もかもうまくいかないのは、あいつのせいだ! エルナが初めから素直に言うことを聞いていれば……!」

 見苦しい言い訳を繰り返す王太子の姿に、騎士は深い失望を覚えた。

 この国は、もう終わりだ。

 指導者たるべき人間が、この様では。

 騎士はその日のうちに、国を出る決意を固めた。彼だけではない。未来に見切りをつけた有能な役人や学者、技術者たちが次々と国を捨てて国外へと流出していった。

 彼らが目指す先は、一様に決まっていた。北のヴァイス領だ。

 そこでは能力さえあれば身分に関係なく活躍の場が与えられるという。腐敗した王国とは違い、そこには希望と未来があると誰もが噂していた。

 クライス王国に残されたのは、変化を恐れる老いた貴族たちと、日々の生活に喘ぐ貧しい民、そして責任を誰も取ろうとしない無能な為政者たちだけだった。

 そんな中、エルナの父親であるアルトハイム伯爵もまた、苦しい立場に置かれていた。

 彼は娘を見捨て、王家に取り入ることで地位を保とうとした。しかしその王家が力を失った今、彼の立場も危うくなっていた。他の貴族たちからは、「国を傾けた偽聖女の父親」として陰で指をさされる日々。

 彼は毎晩のように、辺境で幸せに暮らしているという娘の噂を耳にしては、後悔の念に苛まれていた。

 なぜあの時、娘を信じてやれなかったのか。なぜ守ってやれなかったのか。

 今さら謝っても、もう遅い。彼は自分の保身のために、何よりも大切な宝物を手放してしまったのだ。

 ある日、アルトハイム伯爵は屋敷の自室で、古びた手紙を見つけた。それはエルナが追放される直前に、彼に宛てて書いたものだった。

『お父様、わたくしは無実です。信じてください』

 その短い一文を読んだ瞬間、伯爵は声を上げて泣き崩れた。

 衰退していく王国の中で、かつてエルナを裏切った者たちは、それぞれが犯した過ちの代償を静かに、しかし確実に払い続けていた。彼らが再び立ち上がる日は来るのだろうか。それは、誰にも分からないことだった。

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