第23話「偽聖女の末路、そして…」

 アルフレッドが絶望と共に王都へ帰還した後、辺境の町には王都からの交易商がひっきりなしに訪れるようになった。

 彼らは国の命運を懸けてエルナが育てた作物やその種を、法外な値段で買い付けていった。辺境の町は莫大な富を築き上げ、その繁栄は揺るぎないものとなった。

 一方、王都ではアルフレッドが持ち帰った「エルナの拒絶」という報告と、彼女が提示した唯一の救済策が、さらなる混乱を招いていた。

「あの女、我々の足元を見おって……!」

「しかし、他に国を救う手立てはないのだぞ!」

 貴族たちは互いを罵り合い、責任をなすりつけ合った。もはや国としての体裁を保つことすら難しくなっていた。

 そんな中、すべての元凶となったソフィア・フォン・ベルクは、王城の一室に幽閉されていた。

 彼女は呪いの力の代償で、すっかり老婆のような姿になっていた。かつての美貌は見る影もなく、ただ虚ろな目で壁を見つめるだけの日々を送っていた。

「聖女様、お食事です」

 侍女が粗末な食事を運んでくる。かつて自分に傅(かしず)いていた侍女たちの態度は、今や冷たい侮蔑に満ちていた。

「……いらないわ」

 ソフィアは力なく呟いた。

 食欲など、とうに失せていた。彼女の心を占めているのは後悔と、エルナへの尽きることのない嫉妬だけだった。

『なぜ、あの子だけが……。私はただ、愛されたかっただけなのに……』

 自分の過ちに気づいても、もう遅い。彼女はすべてを失ったのだ。

 ある夜、ソフィアは見張りの兵士の隙をついて部屋を抜け出した。向かった先は、かつてエルナに濡れ衣を着せるために自分が呪いをかけた王城の庭園だった。

 辺境から取り寄せた苗木が植えられ、少しずつ緑を取り戻しつつある庭園。その片隅で、ソフィアは一本の苗木に触れた。その瞬間、苗木に残っていた僅かな生命力がソフィアの体に吸い込まれ、彼女の指先がほんの少しだけ若返った。

「……あ……」

 彼女はその感覚に歓喜した。まだ自分には力が残っている。生命力を奪えば、若さを取り戻せるのだ。

 その日からソフィアは夜な夜な庭園に忍び込み、貴重な苗木の生命力を吸い取るようになった。しかしそれは焼け石に水でしかなく、彼女の渇望を満たすには至らない。

 そしてついに、彼女は最も愚かな過ちを犯す。

 城を抜け出し、民間の農地へ忍び込んだのだ。国中の希望である、植えられたばかりの苗木の生命力を、片っ端から吸い上げていった。

「もっと……もっと若さを……美しさを……!」

 しかしその凶行は、すぐに見つかった。農民たちに取り押さえられた彼女は、もはや正気を失っていた。

「離しなさい! 私は聖女よ!」

 その言葉は、誰の心にも響かなかった。

 国の希望を台無しにしたソフィアの罪は、万死に値した。しかし国王は彼女に死罪ではなく、より残酷な罰を与えた。

「ソフィア・フォン・ベルクを国外追放とする。二度とこの国の土を踏むことは許さん」

 それはかつてエルナに下されたのと同じ処分だった。しかしエルナが希望の地へと追放されたのに対し、ソフィアが追放された先は南の砂漠地帯――何一つ生命の存在しない、死の大地だった。

 痩せた馬に乗せられ、たった一人で砂漠へと追いやられるソフィア。その背中に、人々は石を投げつけた。

「国賊め!」

「お前のせいで、俺たちの希望が!」

 憎悪と罵声の中、ソフィアはただ虚ろな目で前を見つめていた。

 彼女の末路がどうなったのか、それを知る者はいない。ただ砂漠の砂に埋もれ、誰にも知られずに朽ち果てていったのだろう、と誰もが噂した。

 偽りの聖女が完全に歴史から消え去ったことで、王都を覆っていた長い悪夢も、ようやく一つの終わりを告げた。残されたのは衰退した国と、途方もない代償を払って、これから再生の道を歩まねばならない人々だけだった。

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