第14話「王都の凋落、偽りの聖女の焦り」
エルナたちが辺境の地で幸福な日々を築いている頃、王都クライスでは静かなる崩壊が始まっていた。
その兆候は、まず大地に現れた。
国の穀倉地帯の作物が、次々と原因不明の立ち枯れを起こし始めたのだ。最初は一部の地域だけだったがその範囲は日に日に広がり、深刻な食糧不足の懸念が国全体を覆い始めていた。
それだけではない。人々もまた、謎の倦怠感や病に苦しむようになっていた。まるで生きる気力そのものを吸い取られているかのように、誰もが活気を失っていた。
「真の聖女」として王都に迎えられたソフィア・フォン・ベルクは日夜、その「治癒」の力を使って人々を癒し続けた。彼女が魔法をかければ病人は一時的に回復し、人々は彼女を称賛した。
しかし、その効果は長続きしなかった。数日もすれば、人々は以前よりもさらに衰弱した状態に戻ってしまうのだ。まるで生命力を前借りしているかのように。
ソフィア自身も、焦りを感じていた。
『なぜなの……どうして私の力が効かなくなっていくの……?』
豪華なドレスに身を包み王城の自室で鏡を見つめながら、ソフィアは苛立ちに唇を噛んだ。最近、魔法を使うたびにひどい疲労感に襲われる。肌の艶も失われ、目の下にはうっすらと隈ができていた。
彼女の「治癒」魔法の正体は、大地や周囲の人々から生命力を吸い上げ、それを対象に注ぎ込むだけの呪われた偽りの力だった。力を使えば使うほど国全体の大地と人々は生命力を奪われ枯渇していく。そしてその反動は、術者であるソフィア自身にも跳ね返り始めていたのだ。
「ソフィア、まだ準備はできないのか!」
部屋に婚約者である王太子アルフレッドが、不機嫌な顔で入ってきた。
「また貴族たちが陳情に来ている。早く彼らの病を治してやれ」
「お待ちください、アルフレッド様。わたくし、少し疲れて……」
「言い訳は聞きたくない! 君は聖女だろう? 民を癒すのが君の役目だ。さあ、行くぞ!」
アルフレッドはソフィアの腕を乱暴に掴むと、無理やり部屋から引きずり出した。彼にとってソフィアはもはや、国の危機を救うための道具でしかなかった。かつてエルナに向けたような侮蔑の目が、今はソフィアに向けられている。
『こんなはずじゃなかった……!』
ソフィアは心の中で叫んだ。
聖女になれば、王太子妃になれば、誰もが自分を敬い愛してくれるはずだった。エルナからすべてを奪い、最高の栄華を手に入れたはずだったのに。現実は日に日に悪化していく国を背負わされ、人々の期待という重圧に押しつぶされそうになる毎日だった。
アルフレッドに引きずられていく廊下の窓から、城の庭園が見えた。かつては色とりどりの花が咲き誇っていた庭園は、今や茶色く枯れた植物が広がるばかりの無残な姿を晒していた。
その光景が、エルナが追放された日のことをソフィアの脳裏に蘇らせた。
『国の作物を枯らした』
それは自分がエルナに被せた濡れ衣だった。しかし今、国を枯らしているのは紛れもなく自分自身の力なのだ。
皮肉な運命に、ソフィアは背筋が凍るような恐怖を感じた。
「そういえば、あの偽聖女はどうしているだろうな」
アルフレッドが吐き捨てるように言った。
「北の辺境で、今頃は魔獣に食われて死んでいるか、飢えと寒さで凍え死んでいるか……。まあ、自業自得だがな」
彼はエルナのことなど、もう思い出す価値もないといった様子だった。
しかしその頃、辺境の地ではエルナが育てた作物が王都では考えられないほどの高値で取引され始めているという噂が、一部の商人の間で囁かれ始めていた。枯れゆく王都とは対照的に、北の果てで緑豊かな楽園が生まれつつあることなど、アルフレッドたちは知る由もなかった。
歯車は、確実に狂い始めている。
王都が自らの過ちに気づき、捨てたはずの「偽聖女」に救いを求めなければならなくなる日が、刻一刻と近づいていた。
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