炎に抱かれて生を行く
@Booton817
『序章 一つの終わり』
私には、自分で選択したと言えることが、人生において一度もなかった。
両親の機嫌を伺い、妹の世話をし、祖父母の介護を手伝う。
物心ついた頃から、私は誰かの人生の付属品として存在していた。
進学先も、就職先も、給料の使い道さえも、自分で決めることはできなかった。
母は新興宗教にのめり込み、父の通院費で生活は常に逼迫していた。
貯金が底をつき、母が自分の生活費まで宗教に捧げようとしたときも──私は止められなかった。
「家族を大切にするのは当たり前」
「困っている人を助けるのは当たり前」
“当たり前”に従う人生には、選択の余地などなかった。
気づけば仕事も失い、私は“当たり前”の奴隷になっていた。
昼下がりの住宅街。
行くあてもなく歩いていたとき、遠くでサイレンの音が鳴った。
火事だ。
見上げた先、三階のベランダに幼い子どもが取り残されていた。
気づけば走っていた。
考えるよりも先に、足が火の中へと踏み込んでいた。
それが自分の“当たり前”だったから。
灼熱が肌を焼く。
息を吸うたび、肺が火を飲み込む。
命を削る痛みに、私は初めて“助けること”を躊躇した。
時間がゆっくりと止まっていく。
──ああ、もう自分は生きてはいけないのだ、と悟った。
けれど。
何の罪もない子どもの未来が、ここで終わるのは悲しかった。
だから私は、残された命をさらに奥へと投げた。
燃え盛る廊下を抜け、ベランダへ。
子どもを抱きかかえ、そのまま身を投げる。
衝撃。
視界が白く、音が遠ざかる。
腕の中の小さな鼓動だけが、確かに生きていた。
ああ──この子は、生きていける。
そう思った瞬間、
全身を包む炎の温もりの中で、
私は静かに意識を手放した。
⸻
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