バカってなんだよー






ご褒美(?)のおかげで、私は悩みから解放された。

梨竹さんが怒ってたかもしれない理由は、わからないままだが、嫌われてないとわかっただけでも、私の荒んだ心は潤った。









次の日。


私は、昨日のハグを思い出してはニヤけて、思い出してはニヤけて…を繰り返しながら出勤した。気のせいかもしれないが、すれ違う人みんな私を見てた気がする…。




「おはようございます!」


元気な挨拶が聞こえた。

今日もかわいい。


「おはよ〜、元気だね〜」


「えへへ、昨日美穂さんとハグしたからかな」


「ブフォッ…!」


直前に飲んでいた水を盛大に吹いてしまった私は、呆然と立ち尽くす。


「わ、何してるんですか美穂さーん、ふふ」


微笑みながら、私が吹き出した水を拭いている。

申し訳ない気持ちはあるが、衝撃をもろに受けた私はいまだに動けなかった。


そんな私に梨竹さんが近づく。

蛇が身体に巻きつきながら、徐々に顔の方へ登ってくるような感覚になる。

上目遣いで、私の口を拭ってくれた。



致死量の可愛さを浴びている。

苦しい。嬉しい。幸せ…



「美穂さーん、白目剥きそうですよー」


ほっぺたをぺちぺちと叩かれる。


「…はっ!!」


現実に戻っても、可愛い子が目の前に居たままでは意味がない。


「じゅ、準備してくる!ありがとう!」


その場から逃げる言い訳と、拭いてくれたことなどへの感謝を伝え、逃げた。

心が可愛さで潰される前に、逃げた。





――梨竹さんも、ハグ嬉しかったってことだよね。

私をからかうためだったりするのかな…。

でも、ハグしたいって言ってくれたし…口拭いてくれたときの絡みつくような上目遣い…近かったなぁ…、これ来たか?私の時代。期待してもいいかな?







診療が始まる。

いつも通り自分の仕事をやっていく。

致死量のかわいさを浴びたにしては、集中できている。


(偉いぞ、私。すごいぞ、私。)


自分を褒めながら仕事を進める。

いい気分だ。




「午前診、お疲れ様でした〜」

「「お疲れ様でした〜」」



集中できなかったら危なかったくらい、忙しかった。



「つかれたぁ〜」


そう言いながら、スタッフルームの椅子に、どすんっと腰掛ける。身体が重い。



「美穂おつかれー、おっさんみたいだぞ」


「奈緒おつかれ〜、おっさん言うな」



このやりとりで、少し疲れが和らぐ。

緊張の糸が解けるような感覚だ。



「美穂ー、癒してくれー」


両手を広げて、ふにゃっとした表情で、奈緒が近づいてくる。

気を許してくれてるのが伝わってくる。



「おいでーー」



私は奈緒を受け入れるような形で、ハグをする。

同じようなハグなのに、梨竹さんの時とはまるで違う。

奈緒とのハグは、落ち着く。



2人のハグは、他のスタッフも見慣れているようで、「充電中か」くらいの感じで、特にからかわれたり注意されることもない。


1人を除いては…。




「バカだなー、美穂は。」


「ん?バカって言った?」


「うん、言った。」


「なんで?」


「自分で考えろばーか」



おでこをぺちっと叩かれる。

なんのことだかさっぱりな私は、バカって言ってきた奈緒に「なんで?なんで?」って聞くしかできなかった。



奈緒の考えてることは、見抜けない。

でも、奈緒のことだから、何か意味があるんだろうけど、今の私には、感じ取ることはできない。








気付くこともできなかった。













私たちを見つめる、鋭い眼差しに…






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