この山河は誰に傾くのだろう~
上村将幸
雁ノ月
第1話 萌芽の始まり
伝説中の至高女の武神の名前を取った神聖なアテナ大陸は、数千年の変遷と数億回の地殻衝突を経て、かつて一つだった大陸が広大な海洋に分離し、七つの大陸となった。その後三百年の歳月が流れ、もともと東西両世界を支配していた二大帝国が急激な拡張戦争を始めた。魔人のように世界を破壊する上百年の対峙を経て、最終に七つの完全な国家と、滅亡者の骸に踏み込み新生する小国が生まれた。
遙か西方のアレクサンドリア洲に位置する、美しく狭い東海岸半島にはティロス王国があった。豊富な美しいな海上の港を持ち、王国の管轄海域の広さはそれを強国の列に加えるほどだった。
神の恵みをたっぷり受けたこの国の民衆は、本来が神に浴びる安寧と平和の中で晩年を過ごし、王国が世界に創り出した繁栄を目撃し、史冊に載る偉業を誇るはずだった。
しかし、彼らの傲慢な国王は、民衆のか弱い願いを無情に踏みにじった。マリアーナ王妃が、間もなく帰国する領事団を送別するため、友好な両国を隔てる国境線へ共にやってきた時。同行警備の帝国軍が国境線を踏み出そうとした瞬間、帝都からの皇帝詔が軍の矛先を急に変えさせた。王国の軍民が見守り懇願する泣き声と、国王の無関心な視線の中、彼らは敬愛する王妃殿下を強引に拉致した。
これを機に、ティロス王国と聖ゼアン帝国は十数年続いた曖昧な関係を終わらせた。そして表面の薄紗が引き裂くかれたこの日こそが、マリアーナ王妃が心から懐かしみ続けていた子供――ティロス王国第十三皇子、ズノー・ガリレオ・ティロスの誕生日だった。彼のミドルネームは、母妃を奪った舅の名前から取られた。聖ゼアン帝国皇帝ガリレオ・ジュノ・セゼアン。
王国宮廷内。
人生の十五歳誕生日を淡白に過ごしたズノーは、冷えた檻に縛られた雪狐のように、暗い隅に孤独に丸まっていた。母妃の部屋のなじみの物が一つ一つ目の前から運び去られるのを見ているが、あざだらけの体には反抗する力さえなく、歯を食いしばって涙を堪えるしかなかった。
その時、入口に立ち、通行する兵士に威張り散らす女が、手に握っていた瑠璃の折り扇をゆっくりと広げた。嫌いそうに目を落とし、二人の兵士の後ろにいるズノーを見据える。部屋に入るとき、彼女は扇で顔を隠した。左手を空気中で振り回し、まるでマリアーナが残した匂いを、紅宝石の婚約指輪をはめた薬指の先で根絶させるかのようだった。
扇が微かに震え、槍を持ってズノーの前を塞ぐ二人の兵士が脇に退いたが、眼底の凶暴な視線は依然としてズノーに刺さっていた。
女は身を屈めて近づき、扇を挟んでズノー瞳に絡まる一筋の桀驁な生意気を端詳した。そして口角に嫌そうな薄い笑いを浮かべ、吐いた言葉は冷たく鋭かった。
「あなたが、マリアーナに捨てられた子供?」
「母妃は私を捨てたりしない…!」
ズノーは怒りに燃える子狼のように飛びかかったが、体は空中で止まった。両脇の兵士が構える警戒の長槍――金属の槍錞が空気の壁を切り裂き、雄々しい呼び声と共に背中に激しく叩きつけられた。首にかかる隕鉄の槍身が、重さ万鈞の山のように圧しかかり、喉に溜まった息が二本の骨を蝕む冷たさに絞め付けられた。だが彼の視線は、女の笑みが濃くなる高慢な顔を頑固に睨みつけた。
「母妃は聖ゼアン帝国の皇帝に奪われたの!」
声が空気中で揺らめくうちに、女が閉じた折り扇がズノーの青ざめた頬に激しく叩きつけられた。
「その下品なマリアーナは、宮廷の礼儀を教えてくれなかったの?」
この瞬間、息さえ熱くなり、痙攣する体の隅々を焼き付けた。穹頂からの暖かい黄色の照明が、地面に落ちたガラスのように、ほとんど昏けた目の前で蜘蛛の巣のような亀裂を描き出した。高らかな音が砕けた光の輪に続き、闇に染まった頭の中に散らばった――まるで母妃と過ごした楽しい時が、この女の乱暴な笑い声の中で光を失ったようだった。
「ああ…私はこんなに弱いんだ…母妃の名誉を守ることすらできない…」
顔に当たる折り扇の打撃がますます重くなるのを感じ、ズノーは重く目を落とした。体に伝わる心を抉るような疲れで、自分が沼に投げ込まれたように感じ、空気中の瘴気が露出した皮膚を腐食していくようだった。
「父王が私を嫌っている理由が分かった…皇兄や皇姉たちも、私を弟として見てくれなかった。今日やっと原因が分かった…」
首を締める槍身から伝わる恐ろしい冷たさで、一瞬、部屋の季節が冬に変わったように感じた。肌を突き刺す冷気が血管に沿って心臓に流れ、すでに限界に達した心の壁を荒らし始めた。
ズノーが自分がこんなに卑しく死ぬんだと思った瞬間――かすかに輝く微光が、闇で編まれた壁を引き裂いた。暗闇が訪れて終わった思い出が、その光に導かれて暖かい光を放った。誕生日の前夜、宮廷の庭園で母妃と過ごした最後の夜が、母妃の甘い笑顔と共にゆっくりと目の前に浮かんだ。
「私は誰にも許さない…」
「どう?まだ死んでないの!」
女は腕を組み、身を屈めてズノーの腫れた頬を見つめ、扇の骨についた血しぶきを振り払った。
「小さな声でつぶやいてるの?大きな声で言えばいいのに、そうしないと聞こえないでしょ?」
彼女は指先でスカートの裾を軽く持ち上げ、ハイヒールをはいた足で力を入れて、ズノーの血が滲んだ眉の先を踏みつけた。この瞬間、女はまるで高貴な女神に化身したかのように感じ、ズノーは瀕死の困獣のように、自分の足元で踏みにじられ、破壊されていく――彼を苦しめることで得る快感は、まるで自分が賤物だと見なすマリアーナが、前で卑屈に懇願するような爽快感だった。
しかし、女が自分の作り出した幻想に浸っているうちに、ズノーは地面を支える両手を急に後ろに引っ掛けた。無形の力が体内を駆け巡るように、彼は急に体を起こし、三人の驚きの視線の中、パンチを女の腹部に当てた。口角が上がる弧度で、彼はずっと小さく呟いていた。
「誰にも、母妃を誹謗することは許さない。」
振り返って、いつの間にか門口に現れたロルス七世国王を見ると、彼の目の奥には恐ろしい冷たさが漂っていた。
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