〈12〉デンパサールで、買い物をしました
デンパサールで、買い物をしました
“デンパサール”を日本語に訳すと
“デン”は“大きな”“パサール”は“市場”
そのまま“大きな市場”と言う意味になります
海流の交差点としてのバリ島に、人とモノが集まり
自ずと出来上がった市場、それが“デンパサール”と言う
マーケットです、なので必要なものは大抵、手に入れる事が
出来ます、例えばムスリムの人の被るコピアだったり
ハロウィーンの時のコスチュームだったり
なんなら“卓上型流しそうめん機”
なんてのも買うことが出来ます
買いませんでしたけど
そして、その中でもひと際
多種多様なラインナップを誇っていたのが
インスタント・カップ麵の類でした、お湯を入れれば食べられる
あのラーメンが多国籍的に、たくさんの棚を埋め尽くしていたのでした
濃そうなの、辛そうなの、酸っぱそうなのから、ハラル、ハラム、ビーガン、そして
肉肉しいのまで、もちろん日本の見慣れたのもありましが、カップ麵は、もはや
グローバル・フーズと呼んで差し支えないのではないかと思いました
百福さんがご覧になられたら、さぞかし喜ばれた事でしょう
その中からボクはベトナム風“トムヤムクン味”を
ニョマンは明らかに辛そうな“真っ赤赤”なのを
それぞれに選んで、カーゴに入れました
あとは、タープを2枚、支柱を2セット
ガスとバーナーとコッヘルと、いろいろ
「キャンプみたいですね」
『今夜はキャンプです』
「そうなの?」
『ワタシ、キャンプ、初めてです』
「それにしては手際が良いこと」
『カトキチに教えてもらいました』
「エッ、あのカトキチに」
『はい』
「そうですか、それで、キャンプ地はどこですか?」
『フフッ』
それから、ミネラルウォーターのペットボトルとランタン、取手にチェーンの
付いたクッキーの缶、等々を買い求め、それらを、彼女のお尻の下で
左右に振り分けて運ぶことの出来る、バイク用サドルバッグへ
ギュウギュウと詰め込んだら、一泊二日ニョマンとボクの
チンタ・マーニへの、旅が始まるのでした
ドゥルルルルーン
軽やかなエキゾーストとともに
カトキチ号が“チンタ・マーニ”への緩やかな
坂道を駆け上がります、街並みが山並みに移行すると
カラダが標高差を感じ始めました、カトキチが教えてくれた“欠伸”をして
耳の“ツン”を抜きます、さっきから“モヤ”のようなモノがカトキチ号のライトの先を
走っていましたが、それが“雲”だと気づくのには少々、時間がかかりました
日光、樹種、寒暖差、島の季節は時の流れにではなく
標高差により移り代わるのだという事を知りました
落ち葉はカケッコしていませんでしたが
間違いなくボクとニョマンは、今
この島の“夏”から“秋”を
駆け抜けているのでした
“秋”と言えばフルーツですね
フルーツなら、マンゴスチンでしょう、と
言う事でボクは早速に見つけた、果物を
売っているお店でマンゴスチンを買い求めました
『ここでもマンゴスチンですか』
「見て、見て、ニョマン、新鮮なマンゴスチンだよ」
『ワタシはドリアンにしておきます』
「ドリ、アン、それは、もしかして?」
『ニガテですか?』
ここで、噂に聞いていたドリアンの登場です
舌触りはクリームチーズ、味はアイスクリーム
そして、臭いが生ゴミと言われている
“フルーツの王様”です
星の付くホテルや公共の
建物への持ち込みが全面的に禁止されている果実
一度は食べてみたいと思っていたその“王様”に今ここで出会えるなんて
『でも、ふたりで食べるにはちょっと大きいので、またにしましょう』
あら、残念、今回はその機会ではなかったようです
そして、そのドリアンを棚に戻したニョマンが
自分を抱き締めるような仕草をしました
「寒いですか?」
『サムイ?』
「だいぶ、登って来ましたからね」
標高を得たのと、雲の中を走って
来たのとで、カラダが冷えてしまったようです
『これが“サムイ”ですか』
「はい“寒い”です」
ですがボクは、こんな事も有ろうかと
デンパサールで服を買い求めておいたのでした
「偉いでしょう」
『エライですね』
「それでは、着替えましょう、手伝います?」
『スダァ、チュクップ』
売店のトイレを借りたついでに
二人は“秋服”に着替えました、ボクは
グレーのジァージにグレーのパーカー、ニョマンは
ボーダーTに白いスキニーとパーカーというスタイルです
どうしましょう、二本足で立つニョマンから目が離れません
全裸とバティックの彼女しか見たことないボクにとって
目の前のニョマンのファッションには
違和感しか無いのでした
『どうしました?』
「いえ、別に」
『おかしいですか?』
「とてもよくお似合いですこと」
『それは、どうも、ありがとうございます』
何だか、ニョマンが、普通の女の子に見えてきました
『アト、半分くらいだそうです』
ニョマンがお店の人に、残りの行程を聞いてくれました
⦅スラマ・ジャラン⦆
「行って来ます」
お店の人に見送られながら、ボクとニョマンとカトキチ号は
再び“チンタ・マーニ”への坂道を駆け上り始めたのでした
これからは坂の勾配もきつくなると、お店の人も言っていましたが
幸いなことに、このターマックは目的地まで続いているようで
思っていたより、早く着けるかもしれません
「ニョマン」
『はい』
「まだ、寒い?」
『ヘイキです、あたたかいですね、コレ』
「長袖だから」
『ワタシ、ナガソデ初めてです』
「それは良かった」
それで
「どうしてニョマンはチンタ・マーニに行こうと思ったの?」
ちょっと、聞いてみました
『う~ん、ソレは…』
「それは?」
『ソレは、行ってからのお楽しみと言うことで』
どんな、お楽しみ?
それから、しばらく進むと
ところどころ、雲の切れ間から
陽が差してきて、森が明るくなりました
ライトを消すのと勾配が終わるのは、ほぼ同じで
なんだか鳥の鳴く声も、聞こえてくるのでした
「ここが峠かな?」
『トウゲって、なんです?』
「坂の分水嶺です」
『アッ』
“それ”は突然
雨上がりの虹のように
ふたりの前に現われました
曇りを拭った後のガラス窓みたいに
瑞々しい姿をふたりの眼下に晒したのでした
ボクらが見ている“それ”が“チンタ・マーニ”なら
あのカトキチの表現でもまだ、控えめだった事になります
「見て、見て、ニョマン!」
『アディウ・ブルシラッ!』
後部座席も興奮気味です
今、ボクらに見えているのは、雲海から突き出たカルデラのギザギザです
蒼く染まった外輪山がエメラルドグリーンの水面を三日月に
切り取っています、そして、その三日月に映っているのが
“チンタ・マーニ”の秋の空と、白い雲です
『インダッ・スカリ!』
“アグン山”が愛した“チンタ・マーニ”は
クレヨンで塗り潰したみたいに、カラフルでした
そして、その絶景を横目に、しばらく進むと駐車場がありました
そこにカトキチ号を停めたボクとニョマンは、取り急ぎ
展望台のデッキへと、駆け上がったのでした
デッキには、土産物売り場とレストラン
“ようこそチンタ・マーニへ”の看板、おまけに
顔出しパネルと記念写真のコーナー、なんだかさっきの
感動が台無しになってしまいそうな展望台でしたが、ニョマンは
そんな事など気にもならないのか、展望デッキのフェンスから身を乗り
出さんばかりにその眺望と“バトゥカルデラ”に夢中なのでした
「気に入りました?」
『ほらっ、アレですよ』
「アレ?」
ニョマンが大きな声を発しました
『あそこにありますよ』
「ナニが?」
ニョマンの指さした対岸にあったのは、桟橋でした
「桟橋?」
『その先です』
「そのサキ?」
『その先に、ワタシの家族のオハカがあります』
「お墓が?」
『はい』
「えっ、ニョマンの家族のお墓が、あの桟橋を渡った先にあるというの?」
『はい、行っていいですか』
「イッテ、良いです」
落ち着いて彼女の話を聞くと、この前に会ったクタのオジサンが
ニョマンの家族のお墓が“チンタ・マーニ”にある事を、教えて
くれたのだそうです、でも、ひとりで行くには遠過ぎたので
シアンチュウ、だったそうです
それにもし、仮にその場所に
行けたとしてもその先に辿り着くには
もうひとつの条件を、クリアしなければならないのでした
「もうひとつの条件?」
『はい、この湖はキケンです』
「キケン?」
『はい、このバトゥ湖は』
「バトゥ湖は?」
『キケンです』
再び、ニョマンの話を要約すると
この“バトゥ湖”と言うカルデラ湖は全体が
高温水になっていて、対岸まで泳ぐとか小舟で渡るとかは
無理なのでした、外輪山も急峻で、とても歩いては行けません、水温も
岸辺に近づくほど高くなったり、酸性度が増したりするらしいのでした
人はどうして、このような場所に住もうとするのでしょうか
しかし、人はそのような場所に住もうとするのです
『今は、コウオンキのようですね』
「コウオンキ?」
『サンセイドも高いようです』
「どうして、そんな事が分かるの?」
『カンバンに書いてありました』
「カンバン?」
“ようこそチンタ・マーニへ”の看板の下に
表示されている数字が、それを示しているようでした
『あそこ、見えます?』
「アソコ?」
ニョマンが指差した水面が、揺らいでいるように見えます
『あれは、ユゲです』
「ユゲ?」
『オジサンが言うには“湯気がある時は更に危険”なのだそうです』
「更にキケン?」
『はい、ヤケドしそうなくらいの“高温強酸性”なのだそうです』
「それは困りましたね」
『コマリました』
湯気でよく見えませんでしたが、その先にあるお墓に彼女の家族が
眠っていました、しかし単純な疑問がボクの頭に浮かんでしまいました
「ニョマンは、ここで生まれたの?」
『いえ、クタです』
「では、どうして家族のお墓があそこにあるの?」
思った事を聞いてしまいました
『それは、オジサンとオバサンがハコンデくれたからです』
「運んでくれた?」
『はい』
「その…」
『その?』
「その、内乱の時に運んでくれたと言う事?」
『はい』
そうですか
『やっとです』
「やっと?」
『やっと、家族のオハカをミツケルことがデキました』
そう、それは、よかったですね
『キイテきても?』
「聞いて来ても?」
『アソコへ行くホウホウをミヤゲモノヤさんにキイテきてもいいですか?』
「どうぞ」
ニョマンは土産物屋さんに向かって歩いて行きました、しかし、スグに戻ってくると
『しばらくは、行けないそうです』と、言いました
「どうして」
『行けるか行けないかは、カミのみぞシルと、言われました』
以外にアッサリしたニョマンでした
『あのオハカは“チョウソウ”のオハカとキイテいます』
「チョウソウ?」
『トリが食べてくれるオハカです』
「鳥が食べてくれる?」
『はい』
“鳥葬”と言う言葉で思い出しましたが
あの“村”の話も日本にいる時にも聞いていました
あの“村”はカルデラ火山の内輪に位置していて、地震が起こる
度に、寺院の石塔が倒れてしまうのだそうです、その都度、村人たちの手により
建て直されてきたのですが、村の財力では三世代よりもっと時間が掛かってしまうのだ
そうです、そこで、一計を案じた村人の一人が自分達の村を“鳥葬の村”として
世に知らしめ、参拝者にもその費用の一部を協力してもらえないだろうかと
考えたのでした、それを聞いた時ボクは、スマートなアイデアだと
思いましたが、その結果がこの展望デッキと
対岸の桟橋だったとしたら?
そして、その墓所に“鳥葬”されているのがニョマンの家族だったとしたら?
それは、どの様な経緯でそうなったのか?
その事実を知った上でニョマンは此処に来ているのか?
そして、それを知ったボクはこの先どのようにニョマンと接すれば良いのか?
謎が謎を、疑念が疑念を生む結果となってしまっているのでした
昼ご飯の間もニョマンは窓越しにバトゥ湖を眺めていました
澄み渡った湖面に映る青い空と白い雲、そして
“チンタ・マーニ”に阻まれて近づけない家族の
お墓、全てが儚くも美しいのでした
そこに突然『問題です』と
ニョマンがクイズを始めました
「問題?」
『ワタシが家族からもらったモノがあります』
「貰ったもの?」
『それは何でしょう?』
「ナイス・バディーとか」
『それイガイに』
「低めで張りのある声とか」
『ブッブー、名前です』
「名前?」
『はい、家族がいなければワタシは“ニョマン”になれませんでした』
「なるほど!」
レストランの人の話では、向こう岸に渡る便が出るのは
“しばらく、無いでしょう”との事でした
「また、明日にでも来てみましょう」
と、ボクは言いましたが
『それは、もういいです』
と、ニョマンは言いました
「それは、もういい?」
『はい、みんなもう、トリになりました』
「鳥になった?」
『エエ、アナタはどんなトリがいいですか』
「ニョマン」
『はい』
「鳥に食べられたからと言って、鳥にはならないよ」
『そうですか』
「そうですよ」
『なりましょうよ』
エ~
『どんなトリがいいですか?』
「どんな鳥って」
『どうぞ』
「ん~」
『さあ』
「エ、エトピリカ、とか」
『エトピリカ?』
「ドードーでもいいかな」
『それはトリですか?』
「トリだと思います」
『そうですか』
たぶんですけど
『どちらにします?』
「エ~、二択?」
『ニタクで』
「う~ん、じゃあ、ドードーで」
『はい、ドードーですね』
ボクは死後、ドードーに生まれ変わります
「それで、ニョマンは?」
『ワタシ?』
「ニョマンはどんな鳥に生まれ変わりたいの?」
『ワタシは、ゴクラクチョウがいいと思います』
「極楽鳥?」
『はい、ゴクラクチョウになって、毎朝アナタを起こします』
「それはどうもありがとうございます」
『どういたしまして』
クイズに続いて
『プランBになりました』
と、ニョマンが発表しました
「プランに“B”がありましたか」
『はい、ヨビのプランをヨウイしておきました』
「コンシェルジュみたいですね」
『フフッ、プランBは楽しいですよ』
「それは楽しみです、因みにプランAはなんだったのですか?」
『プランAはワタシの家族のオハカに行くプランでした』
「なるほど、因みにそれはやはりお墓にキャンプするプランでしたか?」
『はい、ムコウギシにホテルはありませんので』
「そうですよね」
『プランBはですね』
「はい」
『いや、それも行ってからのお楽しみにしましょう』
「エ~、また」
ニョマンが気丈に振る舞っていましたので
ボクもそんな感じにしていました
ドゥルルルルーン
展望台の駐車場でボクらを待っていた
カトキチ号が再び、咆哮を上げました、帰りは
見上げる感じに“チンタ・マーニ”を抜けましたので
なんだかカレイドスコープの中を走っているみたいでした
そして、ボクは思ったのでした、もしかして今日の“チンタ・マーニ”が
“如意宝珠”だったなら、ニョマンは家族に会う事が出来たの
ではないか?しかし、今日の“チンタ・マーニ”は
“アグン山の恋人”だったので、ニョマンは
家族に会う事が出来なかった
のではないのか?
“チンタ・マーニ”の気持ち、それは
“チンタ・マーニ”にしか分からないように
ニョマンの気持はニョマンにしか分からないのです
さようなら“チンタ・マーニ”
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