〈5〉目を覚ますと、となりに何かいました

目を覚ますと、となりに何かいました


“何か”ではなく“誰か”のようです

何処かで見たバティックの端から

肩と膝の先が見えています

腰まで届く黒髪が

印象的


ここはおそらく

ボクの部屋です

カトキチが昨日くっつけた

ベッドがふたつ、そのままにくっついています

そのベッドのこちら側にボクがいて、向こう側にその人がいます


ふたりは眠っていたようです、彼女はバティック、ボクは全裸、声を

掛ける前に何か、身に着けた方が良いかも知れません

しかし、寝返りを打つタイミングでその人とボクの

目が合ってしまいました


『スラマ・パギ』

「おはようございます」

『アパ・カバール?』

「はい、元気です、アナタは?」

『バイク・バイク・サジャ』

「それは、なにより」


低めでしたが、張りのある声でした


「アノ~」

『ヤ』

「朝食は、如何でしょう?」

『ヤァ』


顔を洗い

身支度を整えてから

部屋を出ました


カフェはもう、空いている時間でした

カトキチはボクとその人を、カフェの特等席である

プールに面したカウンターの席に案内しました


「何にします?」

『アナタは』

「ボクはだいたい、お任せです」

『では、ワタシもお任せにします』

「では、マデくん」

(マデくん?)

ああ

「カトキチくん」

(はい)

「お任せを、ふたつ」

(カシコマリマシタ)


カトキチがカトラリーをふたり分、カウンターに並べました


「あの」

『ヤ』

「何処かで、お会いしたことが?」

『ディ・シニ』

「ここで?」

『ヤ』


此処で会ったの?


「お名前をお伺いしても?」

『ナマ・サヤ・ニョマン』

「ニョマンさん」

『ヤ』

「ニョマンさんと言う名前の人にお会いするのは初めてです」

『ブトゥルカ?』

「はい、実在するのですね」

『ヤァ』

「お会いできて光栄です」

『クンバリ』


これで“四つの名前”コンプリートです

カトキチがモーニングプレートを

それぞれの前に置きました


「ありがとう」

(ドウ、イタシマシテ)

おしゃべりなカトキチの会話が、おざなりなのが気味悪いです

(ヨロシュウ、オアガリ)

ヤツは何処までボクとこの人の事を、放っておくつもりでしょうか?

(フフッ)

プレートには、ススのチーズ、プチオムレツとサラダ

ローストしたトースト2枚にマッシュポテト

アンド、グリル・ド・ソーセージが

2本、乗っていました


「サニーサイドアップは?」

(もう、オヒルですので)

「サニーサイドアップが食べたいです」

(オネボウサンは、タベラレません)

なんだよ、黄身を潰したかったのに

(ボナ・ペティ)

なんでそこ、フランス語


ふたりで暫くモグモグしていましたが

耐えきれなくなりボクの方から切り出しました


「ボクはアナタに何かしでかしましたでしょうか?」

『ムンヌングラムカン』

「溺れていた?」

『ヤァ』

「アナタに?」

『ディ・プール』

「プールに?」

『ヤァ』


(アンタはヨル、プールにイタ、カトキチとニョマンでタスケタ)

ようやくカトキチが口を挟んできました

(プールはダメとイッタ、のに)


そうでした、昨夜のマッシュルーム・パーリーの後

ボクはプールに行ったのでした、そして

星の王子サマになったのでした


(ニョマンがミツケタ)

「プールで?」

『底で、笑っていました』

「ボクが?」

(アブナカッタ)

「アラ、まぁ」


(ニョマンがカトキチにシラセタ)

「ニョマンさんが?」

『はい、ふたりで引っ張りました』

「エ~、それは、それは」

(オモカッタ)

「どうも、ありがとうございました」

(トテモ、トテモ、オモカッタ)

「それは、それは、ありがとうございました」


と、言う事は


「アナタはボクの命の恩人ですか」

『アパ?』

“トゥリマ・カッシィ、バニャック・バニャック”

「なんとお礼を申し上げてよいことか」

『気になさらずに』

「そうは行きません」

ニョマンさんはボクがバリで知り会った、初めての奥ゆかしい

バリニーズです、そして、命の恩人でもありました


「お礼をさせて下さい」

『それには及びません』

「是非とも」

『いえ、いえ』


そして、美しくもありました


(カトキチに、おレイは?)

「何で、オマエに」

(一緒に運んだのに)

「お礼よりオマエには、後で話があるから」

(ドンナ?)

「いいから、ちょっと黙っていて」

(ヤ)


「ニョマンさん」

『ヤァ』

「ボクに出来る事はありませんか?」

『ティダッ』

「そう、おっしゃらずに」

『スダ・チュクップ』

「お礼を、させて下さい」

『ティダッ・アパアパ』

「日本では、お礼しなくていいのは家族と友人だけなんです」

『クルアルガ?』

「はい、残念ながらアナタはボクの家族でも友人でもありません」

『ジャディ?』

「なので、ここはお礼を」


彼女が、なかなかお礼を受け取ってくれようとしません、これ以上ボクと

係わるのが嫌なのでしょうか?確かに、お礼を受け取るかどうか

それを決めるのは彼女です、しかし、それではボクが

恩知らずになってしまいます、不覚にも初対面の

人の前で全裸を晒した上に恩知らずだなんて

それでは、ボクがいたたまれないです


「何でもいいですから」

『何でもいいですから?』

「何でも言って下さい」


それで、ボクの全裸の記憶に少しでも

モザイクが掛けられるなら、お安い御用です


『う~ん、ではバイクに乗せてください』

「バイク?」

『はい、ワタシ、バイクに乗ったことがありません』

「そうですか、イヤ、そんな事ならお安い御用です」


と、言いましたが、そんな事でお礼になるわけもなく

けれど、それ以上の事は望まれなくて、結局


「では、明日」

『はい、よろしくお願いします』

と、言う事になりました


明日の朝

ボクとニョマンさんは

カトキチ号でお出かけです


「カトキチさん」

(カトキチね)

「ねぇ、カトキチ、彼女は何者なの?」

(サア)

「さあ、って、知ってるんだろう?」

(ジブンでキケバ)

「そうだね」


その通りだね、イジワルだね


(デートだし)

「デートじゃないし」

(エンジョイ!)


明日はデート

では、ありませんが

朝からニョマンさんと

カトキチ号でドライブです


ボクのバリ島がこんなカタチで

始まろうなんて、思っても

いませんでした

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る