第10話

「なぜ嘘を?」

「・・弾斗くんだって、サバゲ―の大会って嘘ついたじゃん」

「自分は公務上言えなかったので致し方ないです」

「ずる。・・・私だって、みんなの夢こわさない為に、致し方なかった」

「・・みんなの、夢??」

「・・バーチャルの世界って、そのキャラクター自身に魅力を感じてファンがつくから、演者を知ったことで幻滅してほしくないの。〝クロモジ〟のイメージを壊したくなかった」

「・・黒木さん・・」

「もともと、趣味で始めたアニソンカバー限定のブイチューバーだったんだけど、咲間くんが見つけてくれたのがきっかけで爆発的に人気出ちゃったんだよね」

「・・・え?」

「ん?」

「そうなんですか?・・もしかして、黒木さんが兄を推す前に、兄が黒木・・〝クロモジ〟を推したってことですか??」

「うん、そうなの。〝クロモジ〟を推してくれてから咲間くんのことを知った。それまでは全然、存在すら知らなかった。もともと二次元にしか興味なかったし」

「・・そんな・・。じゃあ、両想いじゃないですか・・」

「あはは。咲間くんが推しているのは〝クロモジ〟であって、私じゃないから。・・それに、推しているのは確かだけど、私、咲間くんのこと好きなんて言ったっけ?」

「え・・?」

『好きと推しってのはイコールなのか?』

 弾斗は以前、力に聞かれたことを思い出した。


「そろそろ出るか」

 謎の生物と対峙して、最もへばってしまったのはマナであった。犬の体の為、聴覚が人より利くのだろうと皆察していた。マナが生気を取り戻したので、鍛冶が電車を発車させた。

 彷徨っているゾンビを数体轢きながら電車は走行し、無事に目的駅に着いた。

「乗せてくれてありがとう。鍛冶はこれからどうするの?」

「どうって、クロモジさんについていくっすよ」

「・・そう。それは心強いけど・・」

 黒木は小鳥遊の反応が気になり見てみると、鍛冶の今後を気にしそわそわしていた。

「・・私は、推しの咲間くんに会いたいからTBSビルに行くの。みんなもついてきてくれているのだけど、鍛冶もいいの?」

「えっ、咲間ってあの、古参の咲間っすか?」

「古参・・。うんって言いづらいけど、そうだね、アイドルの咲間くんだよ」

「行くっす。クロモジ担として語り合いたいっす」

「・・そう」

 正式に鍛冶も加わることになり、一番喜んだのは紛れもなく小鳥遊であった。


 皆は地上を目指し歩いた。

(推しの咲間くんと推しにそっくりな鍛冶がクロモジについて語っているところを想像してしまった。・・なんだろう、複雑。素直に喜べない。二人が推しているのは私ではなく〝クロモジ〟だから。熱語りを聞きたい反面、そこに居たくない自分もいる。・・あぁ、もう。こんな自分嫌、ウザい・・)

「黒木さん?大丈夫ですか?」

「・・あ、ごめん。大丈夫だよ」

 黒木が少し微笑んだのを見た弾斗は、鼻でため息をついた。

「黒木さんの言う“大丈夫”は大丈夫じゃありません」

 黒木は目を真ん丸にして、弾斗にすぐ返答出来なかった。

「・・もう少しでやっと、咲間くんに会えるかもしれないのに、自分が嫌になっちゃってナイーブになっちゃった。・・ごめん、切り替えます!!!」

「・・自分の前では無理して笑わなくていいですよ」

「あっ、・・・ありがとう」

 前を見ながら真剣に言った弾斗に、不意打ちされた黒木は戸惑ったのであった。

 黒木と弾斗のやり取りを後方で見ていた小鳥遊は、触発されて鍛冶に話しかけた。

「傷は!!・・大丈夫?・・なの?」

「ん?心配いらねぇ、大丈夫だ」

「そ、そう!・・よかった」

 もっと話していたい小鳥遊と、そっけない鍛冶であった。


 地上へ出ると、事故に遭った車がありゾンビが群がっていた。目の前のビルで火災があったのか黒煙が上がっており、黒木は激しく動揺した。

「っ!!!私見てくる!!!」

「空未さん!TBSのビルはもっと先だよ!!」

 小鳥遊が叫ぶも、黒木は既に飛び立っていた。今までで一番の加速で飛んで行った黒木を、弾斗はただ見守り、戻ってきてくれると信じることしか出来なかった。

「クロモジさん飛べるのかよ、マジでかっけー。・・注目浴びちまうな」

「・・注目を浴びる?」

「そりゃそうだろ?見たことあるか?翼生やした空飛ぶ人間」

 弾斗はハッとした。鍛冶に言われるまで気付かなかったのだ。黒木と行動を共にしていて弾斗にとっては普通になっていたことだが、万物上、人間が空を飛ぶことは普通ではない。

 弾斗は慌てて周囲に目をやった。ゾンビではなく、生きている人間、悪意を持った者が黒木を狙っていないか。

「よかった・・、TBSじゃない」

 黒木は燃えているビルの近くまで飛んで行き、TBSではないことに気づき安堵していた。

「ここら辺のはずだけど・・、どこなの・・」

 周囲には高層ビルが建ち並んでおり、初めて来た黒木はなかなか見つけられずにいた。

 

 弾斗が黒木の帰還を待っている所から200m程離れた辺りに黒いワゴン車が停まっていた。車内には、全身黒で武装している男と、上下白スーツの男が乗っていた。

「おー、でっけぇ鳥いた。・・・あ?人間?鳥人間だ」

「見せて。・・・うん。確かに。鳥人間だね」

「おもしれぇ世の中になったもんだな。鳥人間とか、ゾンビとか」

「これ、あの子に当てられる?」

「おう。一発でな」

 後部座席に座っていた武装男はドアを開け、ライフル銃を構えた。

『バンッッッ!!!!!』

 銃声が響き渡った。周囲を気にしていた弾斗は咄嗟に黒木を見た。

「痛っ!!!・・なにこれ、注射器??」

 黒木は左腕に刺さった注射器のような物を抜こうとした。

「・・あ、やば・・ねむ・・」

 黒木は突然フラフラし始め、降下してきた。

「っ!!!黒木さんっ!!!」

 弾斗は黒木を目指し一直線に走った。

「撃たれたのか?!!」

「空未ちゃん!!!」

 安樂とマナも弾斗に続き走った。

「お前はここにいろよ」

 心配そうにしている小鳥遊に、鍛冶が言い残し黒木のもとへ走った。

「マナを頼む!!俺はあっこと医者を守る!!」

 力は叫び、そこにとどまった。

「遅い!乗って!!!」

「?!犬が喋った!!」

 安樂はマナの背中に乗った。

 弾斗は黒木をなんとしても受け止める為死に物狂いで走った。しかし弾斗の到着よりも先に黒のワゴン車が黒木の落下地点に着いた。黒木は眠りにつく前、自分が落下することを咄嗟に想定し、翼で身を包んでいた。それが幸いし、アスファルトに落下したが翼がクッションとなった。ワゴン車から武装男が出てきて黒木に触れようとした。

「触れるな!!!!!」

 弾斗の怒涛が響いた。弾斗は武装男に銃を向けた。武装男は標的である黒木のことしか見ていなかったが、声の主である弾斗に視線をうつした。

「おいおい、弾斗じゃん!お久~」

「・・?!!なんでお前が・・」

「この鳥人間、仲間?リーダーの指示に従っただけだから、恨むなよ?」

 武装男はそう言うと黒木を持ち上げた。

「っ!!黒木さんを離せ!!!」

 弾斗の銃を握りしめる手に力が入った。

「撃てないだろ?俺ら、ダチだもんな」

「俺は躊躇なく殺れるぜ」

 安樂はサバイバルナイフを持ち武装男に跳びかかった。武装男は即座に黒木を車内に放り投げ、安樂の攻撃に受け身をとった。

「へぇ~、いいじゃん」

 武装男は安樂の首に手刀をし気絶させた。

「こっちは戦闘要員じゃないんだな」

 鍛冶は日本刀を右手に持ち、白スーツの男を車から降ろした。

「クロモジさんを解放しろ」

『バンッ!!!』

「悪いな、俺は躊躇なく撃てる」

 鍛冶は左胸を撃たれた。すかさず弾斗が武装男に警棒で殴り掛かった。しかし反応が早い武装男は左腕で警棒を受け、弾斗の額に銃口を当てた。

「お前は俺に勝てないって」

「くっ・・!!」

「天草、行こう」

 白スーツの男は鍛冶を抱えていた。

「ん?そいつも連れていくのか?心臓撃ったからゾンビになるぞ」

「傷が治ったんだよ。興味深いから連れていく。麻酔で眠らせた」

「・・だそうだ。またな、弾斗」

 武装男はそう言うと素早い動きで銃口を弾斗の額から離し、左腕に撃った。

「・・なっ、麻酔・・銃・・?」

 弾斗はその場に倒れ込んだ。薄れていく意識の中で走り去る黒いワゴン車をずっと見つめることしか出来なかった。

「黒木・・・さん・・」

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ゾンビと推しと好きな人 @kisaragi-no-tuki

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