ゾンビと推しと好きな人

@kisaragi-no-tuki

第1話

黒木 空未(くろき あみ)、32歳。推し活が生きがいとなっており、推しが発信している情報を全て把握することに命をかけている。推し続けて5年、ファンクラブに加入しているが一度もライブチケットに当選したことがない。しかし、当選確率がライブよりも低い番組協力に当選し、初めて推しに会えることとなり、東京に来たのであった。


「髪型バッチリ。マスカラもさりげない感じでオッケー。アシメピアスも可愛い!・・よし!行くか!・・っと、その前にニュースチェックしてから出るか。東京は何かと物騒だし」

 黒木はこの日の為に、髪を真っ黒に染め、長さは顎下辺りのウルフカットにしていた。整った知的な顔をしており、目は大きく切れ長で、口は小さい。DIESELのデニムミニワンピを着て、膝が隠れるブーツを履き、推しに会う為おめかししている。

 テレビを点けると、どのチャンネルも臨時ニュースか、カラーバーが流れていた。

「昨夜未明から、人が人を襲い嚙み殺す事件が勃発しております!中継している今も都内は大混乱に見舞われています!不要不急の外出は避け、事態が落ち着くまで自宅に―――」

「ちょっと待ってよ」

 楽しみに満ちていた黒木の顔が一転して焦燥でいっぱいとなった。

「なにこれ・・・どうするの」

 黒木の心拍数が上がり、変な汗が出てきた。

「今日の番協どうなるのよっ!!!」

黒木は番組協力の行く末を心配した。

『ポワン』

「咲間くん!!」

スマホの通知が鳴った。推しの投稿をいち早くチェックする為、咲間からの通知しか鳴らないようにしているのであった。黒木はスマホに駆け寄り、投稿内容を確認した。

『みなさん、どうか無事でいてください。生きてください。』

「咲間くん、こんな時まで。ありがとう」

 番組協力の行く末を心配し、暗雲立ち込めていた黒木の心情は一転して照らされた。焦燥感でいっぱいであったのが嘘かのように、覚悟を決めた表情となり、慣れた手つきで咲間へコメントを送った。

『咲間くんありがとう。咲間くんも気をつけてね。私が咲間くんのこと助けに行きます』

 黒木はゾンビの映画やドラマを見るのが好きで〝ゾンビの世界になったらどう生き抜くか〟自分なりの知識を習得していた。浴室からタオルを全て持ってきてベッドの上に放り投げた。トイレからはトイレットペーパーを全て取ってきた。冷蔵庫の中を確認し、ミネラルウォーター1本あったのを取り出した。リュックの中身を全て出し、タオルとトイレットペーパーとミネラルウォーターを詰めた。全身鏡の前に行き容姿を確認した後、フェイスタオルを一枚ずつ両腕に巻いて固定した。そして机の上に置いてあった朝食券を確認した。

「ゾンビと攻防することになったら腕噛まれちゃうからタオル巻きました、と。・・・食堂は一階か、厨房も隣接してるよね・・たぶん。よし、行くか」

 黒木はリュックを背負い胸元でしっかり留め具をしてドアの前で立ち留まった。廊下がすでにゾンビで溢れていたらと考えると、足がすくんだ。待ち受け画面にしている咲間の写真を見つめ、意を決しドアを開けた。すると向かいの部屋のドアも開き、銃を構えた青年が出てきた。

「待って撃たないで!!!噛まれていません!」

 黒木は反射的に両手を上に挙げた。

「・・・あなたは?」

「私は、黒木空未」

「自分は、弾斗です」

 二人は周りの様子を気にしながら話した。黒木は両手を上に挙げたまま慎重に弾斗の部屋に歩み寄った。

「弾斗くん・・・、それって本物の銃?」

「はい・・・。サバゲ―の大会があって、東京に来たらこんなことに・・・」

「めっちゃ心強い。私と一緒にここから脱出してくれませんか?私、今なにも武器持っていないけどゾンビの知識は豊富なのできっと役に立つはず」

「・・・自分も1人では心細いので、よろしくお願いします」

「よかったぁ。ありがとう。まずは厨房に行きたいんだけど、いいかな?」

「厨房ですか?」

「食糧の確保と、包丁あるはずだから武器にしようと思って」

「わかりました、行きましょう」

「あ!あと、サイレント銃は持ってる?ゾンビは音に寄って来る習性があるから」

「そうなんですね。サプレッサー付けます」

 二人は慎重に廊下を見渡した。ゾンビが居ないことを確認し、音をたてないように小走りで前へと進んで行く。

「エレベーター動いてますかね?」

「エレベーターはやめたほうがいいね。出る時にゾンビがなだれ込んできたらお終いだから」

「なるほど。じゃあ階段か・・」

「階段もなるべくなら避けたいね。上からも下からもゾンビに挟まれたら逃げ場ないから」

「えっ、じゃあどうやって――」

『あああ・・』

 前方からゾンビが一体、ドアが開いている部屋から出てきた。

「このホテルが吹き抜けの造りでよかった!」

 黒木はそう言い放つと走り出し、ゾンビの横をすり抜け下の階へと飛び降りた。

「黒木さんっ!!?」

 弾斗は黒木の行動に不意を突かれ出遅れた。ゾンビは弾斗を見つめ歩み寄る。弾斗は咄嗟に銃を構えた。

「弾斗くんも早く降りてきて!戦闘は出来るだけ避けて弾温存しよう!」

 黒木の声が聞こえ、弾斗は迷いながらも銃を降ろし下の階を覗き込んだ。

「私に出来たんだから大丈夫だよ、おいで?」

 黒木は弾斗の不安を払拭する為、微笑みながら弾斗を受け止めるがごとく両手を広げた。

「っ!??」

 弾斗は赤面しながらも意を決し飛び降りた。着地と同時に前転し受け身をとった。

「頑張ったね!大丈夫?」

「くっ、なんとか・・。無茶しますね」

「あはは・・三階でよかったよね。ゾンビも落ちてきそうだし、先を急ごう」

「・・はい」

 二人は足早に厨房へと向かった。

「なんだか・・・思っていたよりも静かで、気味が悪いね」

「そうですね。全然、誰もいない」

「あ!食堂あった!」

 慎重に食堂を覗き込むと、沢山の人だかりが見えた。三十人程が輪になって皆、輪の中心を向いて跪いていた。そこには一人の亡骸が横たわっていて、ゾンビが集まり輪となって血肉を食べている光景であった。

「・・・んなっ!?」

「だ、弾斗くん、逃げよう!」

 二人は恐怖で震える体をなんとか動かし、食堂に隣接していた厨房へと入った。厨房の中は誰もいない様子であった。怯える弾斗を見て、黒木は三度程深呼吸をしてから口を開いた。

「ドラマとか映画で見慣れた光景のはずなのに、やっぱり実際に見るとキツイね」

「黒木さん・・。自分のために無理しなくていいですよ、黒木さんもまだ震えているじゃないですか」

「私は、大丈夫だよ」

 微笑んで話しているものの、黒木の体は震えていた。

「黒木さんの、一体何がそこまでさせるんですか?飛び降りた時といい。今だって、立っているのがやっとですよね?」

「会いたい人がいるの。その人に会うまで、死ぬわけにはいかない」

「恋人・・とかですか?」

「ううん、推し」

「推し・・?」

「うん。我が最強の推し、アイドルの咲間ダンスくん」

 弾斗は一瞬目を見開き驚いた様子であったが、すぐに目を伏せ、どことなく悲しそうな表情で言い放った。

「そうですか・・。すごいですね、推しの為に命を張れるなんて」

「咲間くんは私の太陽だから」

 黒木は満面の笑みでそう言った。体の震えはいつの間にか治まっていた。弾斗は黒木の笑顔に驚き、一瞬悔しそうな表情をした。

「私、包丁探してみる。弾斗くんは見張りをお願いしていい?」

「・・わかりました」

 黒木は音を立てないように、調理台の引き出しの中を見て歩いた。三台目の引き出しを開けた時、色んな形をした包丁が六本出てきた。

「あ!あった!よかった・・。持つのこわぁ」

 黒木は小声でそう呟くと、刃渡り三十センチ程の包丁を手に取り構えてみせた。包丁を握る手は、通常の持ち方ではなく槍投げする時のような格好であった。

「・・そう持つんですね」

「うん。戦闘シーン何度も見てるからイメージはバッチリなんだけど、実際持つと怖いね・・。先端恐怖症だし」

「じゃあ無理して使わなくても」

「大丈夫。モップ見つけた!」

「モップ?」

 黒木はモップの先を外すとタコ糸で包丁を柄の先端に取り付けようとした。弾斗が黒木から目をそらしゾンビの群れを確認した。群れの一体と弾斗の目が合った。ゾンビはゆっくりと立ち上がり厨房へと向かってきた。

「ゾンビがこっちに来ます!!」

「弾斗くん!調理台をバリケードにしてドアを塞いで!」

 先に厨房に向かったゾンビに続いて他のゾンビも皆、厨房へと歩み始めた。弾斗は焦りながらも調理台を移動し、ドアを塞いだ。

「ゾンビ全員来ます!!」

「ドア開かないように調理台押さえててね!私が一体ずつ倒すから!」

 黒木は取り付けが間に合わなかったモップの柄を捨て、大きな鍋蓋を手に取りドアへ走った。両開きドアのため、調理台で完全に押さえることは叶わなかった。黒木は鍋蓋の取っ手を左手に持ち盾のように構えドアの中央に当てた。利き手である右手に包丁を構えゾンビの到着に備えた。先頭を歩いてきたゾンビがドアに着き両手でこじ開けようと押してきた。弾斗は調理台を使って押し返すがドアが少し開いた。黒木はすかさず包丁を振りかざし、開いたドアの隙間からゾンビの脳天へと突き刺した。ゾンビは動かなくなりその場に膝から崩れ落ちた。その後ろからゾンビが続々と迫って来る。黒木は刺した包丁を抜き、次のゾンビへ狙いを定めた。ドア中央にゾンビが迫り、黒木は包丁を再び振りかざし突き刺した。休む間もなく包丁を抜き次のゾンビへと突き刺す―――。


「――これで・・最後・・」

 黒木は力が入らない声でそう呟き、ゾンビから包丁を抜いた。

「どうにか、終わりましたね」

 ずっとドアを押さえて疲弊しきった弾斗はその場でへたり込んだ。

「やったね、危機乗り越えた。弾斗くんのおかげだよ、ありがとう」

「自分は、ただ押さえていただけですよ。黒木さん凄いです」

「はは。疲れたぁ」

 およそ三十体ものゾンビを退治し終えた黒木は、安心して一気に力が抜けた様子でその場に座り込んだ。

〝ぐぅ~〟

「あっ・・」弾斗のお腹が鳴った。

「そういえば朝から何も食べてないや、食べ物探すね」

「すみません・・」

「ううん、私もお腹ぺこぺこ。食堂にはたくさんビュッフェ並んでるだろうけど、今行く気にならないしね」

 黒木は微笑んでそう言い、食べ物がないか捜索を始めた。まずは冷蔵庫を開ける。

「お~!あるじゃん!ドリアかグラタンみたいなのあった」

 電子レンジには入りきらない大きなプレートであったため、深めの皿に取り分けて温めた。座って動けずにいる弾斗に、水と一緒に手渡す黒木。

「大丈夫?食べれそう?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 弾斗が食べ始めたのを見て安心した黒木は、弾斗の隣に座り食べ始めた。二人は会話することなく食事を終えた。


 休む間もなく黒木は、創作途中であったモップの柄を手に取り、タコ糸を使って包丁を柄の先端に取り付けた。ゾンビを仕留めるイメージをし、突く素振りを何度か試す。

「よし、いい感じ」

 次に、厨房にあった空き箱を利用し、包丁を納めることが出来る鞘を作った。念のため鞘をフェイスタオルで巻き、上からタコ糸で固定してから包丁を納めた。そして右腰の丁度いい位置に鞘がくるように、履いていたデニムショートパンツにしっかりと固定した。

「・・右なんですね。鞘って利き手と逆の位置のイメージですけど」

「利き手の位置の方が抜刀早いから。誰かがアニメで言ってた・・、あれ?漫画だったかな」

「・・黒木さんも、アニメとか漫画好きなんですか?」

「も?ってことは、弾斗くんも好きなの?」

「自分は別に・・。咲間が好きですよね、アニメとか漫画」

「そうなの!咲間くんも私もアニメや漫画大好きでさー!絶対気が合うと思うんだよね~。話したら仲良くなる自信ある」

「・・・」

弾斗は明らかに不機嫌な顔になり、銃のメンテナンスを始めた。その様子に気づいた黒木は我に返った。

「あ、ごめん・・、興奮しちゃった。脱出の準備進めないとだね」

 黒木は持って行けそうな食料を探し、冷凍庫にあったパンや米をジップロックに入れ、リュックに詰めた。同じように弾斗の分も用意し、手渡した。

「はい、弾斗くんの分。どうぞ」

「・・どうも」

「私は準備終わったから、ホテル出ようと思うんだけど、弾斗くんは?」

「自分も出ます」

「じゃあ行こうか」

 二人はバリケードにしていた調理台を避けた。すると、倒れていたゾンビ達がドアをこじ開け雪崩れ込んできた。ゾンビ達の上を踏み歩き、二人は厨房から出た。周りに注意を払いながら食堂を出て、ホテルの出口へと向かう。

問題なく出口へと着き、二人はホテルを出た。黒木が口を開く。

「ありがとう弾斗くん、おかげで脱出出来たよ。私は咲間くんを助けに――、咲間くんに会いに行くから。ここでお別れだね」

「会うって、どこにいるか知ってるんですか」

「たぶんTBSのビルにいると思う。今日、番組協力で会える予定だったの」

「黒木さんすぐ無茶するから、放っておけません。自分も一緒に行きます」

「いや、私の都合に弾斗くんを巻き込むわけにはいかないから。ここまでで」

「今更なに言って――」

「お母さん!やめてー!!!」

弾斗が話していた時、近くから少女の叫び声が聞こえた。黒木は叫び声がした方を向いた。すると、少女の腕を掴み、噛もうとしている女性のゾンビが目に飛び込んだ。状況から察するに、その女性のゾンビは少女の母親で、ゾンビへと変わってすぐの様子だった。黒木は少女を目指して走り出した。

「黒木さん!無理です!間に合いませんよ!!」

「放っておけない!!!」

 黒木は足を止めることなく、少女を助けるべく走った。

〝本当に空未は、正義感が強くて――〟

突然、黒木の脳裏に、子どもの頃から言われてきた言葉がよぎった。

「きゃああああ!!!」

少女は、ゾンビになった母親に嚙まれてしまった。娘のことをわからなくなってしまったゾンビは、何度も噛み、腕を食いちぎった。少女の悲痛な叫び声が響く。二人のもとに辿り着いた黒木は少女とゾンビを引き離し、少女に見えないように背を向け、ゾンビの頭へ包丁の槍を突き刺した。ゾンビは背中から倒れ、黒木は少女を振り返った。

「お母さん・・」

少女は泣きながら、食いちぎられた腕をもう片方の腕で抑え、横たわっていた。黒木は少女にかける言葉を見つけることができず、ただそっと、抱きかかえた。少女のおかれたこの状況に、涙がこぼれた。

 少女を抱きかかえる黒木の背後で、うつ伏せで倒れていた亡骸が動き出した。地を這いつくばり黒木に迫るが、少女に心を痛めている黒木は気づかない。弾斗が黒木と少女のもとへ歩み始めた。地を這うゾンビは黒木に重なって、弾斗からは見えなかった。

(この出血じゃ止血してももう・・。それにこの子はいずれ、ゾンビになってしまう。どうしたらいいの・・。かける言葉が見つからない)

 黒木の太ももに何かが触れてきた。黒木は驚いて見ると、ゾンビであった。地を這ってきたゾンビは声帯を食いちぎられており、一言も発することなく黒木に近づいて来たのだ。

「そんなっ!!」

「はっ!黒木さんっ!!!」

 弾斗はすぐさま銃を構えたが、間に合わなかった。ゾンビは黒木の太ももに嚙みついた。

「あああああ!!!」

黒木の悲鳴が響く。弾斗が撃った弾がゾンビの頭に命中し、太ももに嚙みついたまま息絶えた。黒木は少女を降ろし、太ももに嚙みついたゾンビを引き剝がした。嚙まれた痕から血が流れる。

「黒木さん!!!」

激しく動揺した弾斗が黒木に駆け寄ってきた。

「はっ、・・まさかこんなすぐ嚙まれちゃうなんて、思ってなかったよ」

黒木は自分に呆れたように、そう言った。

「黒木さん・・」

『あぁぁぁ』

静かに横たわっていた少女が唸り声を発し、起き上がろうとした。少女はゾンビに変貌していた。

「・・自分がやります。包丁借りますね」

「私がやる。私が自分で関わったことだから。ちゃんと自分で、終わらせます」

 黒木は少女の表情を見ないようにして、頭に包丁を刺した。

「・・このゾンビ化は、速効性があってほんの数分で変貌するって、ニュースで言ってた。私もすぐに、変わっちゃうんだね」

 これを聞いた弾斗は今にも泣いてしまいそうな表情になった。黒木は戸惑い、微笑んで見せた。

「こんな時までっ!なんで、そんなっ、無理して笑うんですかっ」

「私ね、子どもの頃からよく、『正義感が人一倍強い』って言われてきたの。この子が噛まれそうになったのを見て、体が勝手に動いてた。助けてあげられなかったけど、自分のこと、誇りに思うよ・・」

 そう言うと黒木は倒れそうになり、弾斗がすかさず受け止めた。黒木は悔いのない表情をし目を閉じた。

「黒木さん・・?」

(あぁ、意識が、薄れていくのがわかる・・。私は絶対序盤で死ぬような器じゃないって自信あったのに、甘かったなぁ)

「咲間くん、ごめん。助けに行けない。・・会いたかったよぉ」

 黒木は声を上げて泣き出した。まるで子どものように泣く黒木を見て、弾斗は驚いた。

「うっ!!!」

泣いていた黒木が痛そうに苦しみ始めた。

「黒木さん!!こんな、こんな終わり方ないですよ!!」

弾斗は必至に黒木に呼び掛けた。

「に・・、兄ちゃんに会うんじゃなかったのかよっ!!!」

「うぅ・・」

(・・・ん?今、兄ちゃんって言った?え?弾斗くんの、お兄ちゃんってこと?私は咲間くんに会いたいって言って・・、えぇっ!?ちょっ、待って!?弾斗くんのお兄ちゃんが、咲間くんってことっ!?もしそうだとしたら、胸アツすぎる!!!)

 黒木は目をこじ開けた。空を飛んでいる鳥が見えた。

(鳥・・。私も鳥みたいに翼があったら、こんなゾンビの世界なんてものともせず、咲間くんのもとへ飛んで行けるのに・・)

黒木は痛みに抗うように歯を食いしばり、叫んだ。

「私は!ゾンビになりたくない!!咲間くんのもとへ飛んでいく、翼がほしい!!!」

 そう叫ぶと、黒木は唸り声を発し、もがき苦しみ始めた。

「黒木さん!!!」

弾斗は黒木を抱きかかえていたが、抑えていられなくなり手を離した。二人の声を聞きゾンビが複数集まってきた。苦しんでいる黒木の前に弾斗が立ち、銃を構える。

前方に集まってきたゾンビを銃で仕留めていた時、後方からゾンビの唸り声がし、弾斗は振り返った。すると黒木の姿は消えていた。

「黒木さん!?」

 弾斗は撃つ手を休めることなく仕留め続けた。

『あああああ!!』

背後から迫られ、弾斗は肩を掴まれてしまった。

「くっ!!(噛まれるっ!!)」

 弾斗の肩を掴んだゾンビの頭に何かが鋭く刺さり、膝から崩れ落ちた。

「なんだ?!!・・羽・・?」

「弾斗くんって、咲間くんの弟なの?」

 後ろから黒木の声がし、振り返ると、黒木は宙に浮いていた。

「黒木・・さん??」

 黒木の背中から大きくて黒い両翼が生えていた。

「あ・・はい、弟です――」

『あああああ!!』

黒木の姿に驚いて立ち尽くしている弾斗めがけてゾンビ達が襲い掛かろうとした。黒木の両翼から複数の羽が勢いよく飛び出し、ゾンビの頭に命中し一斉に倒れた。弾斗はゾンビを気にすることなく、黒木から目を離せずにいた。黒木に後光がさして、とても美しかった。

「早く言ってよ。胸アツなんですけど」

 黒木は弾斗に微笑んだ。

 弾斗は、恋に落ちた。

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