第1話から第6話まで、第7話が難しい!

第7話を書いてます。


「第7話 アザはそれだけか?」


です。貴美子の体に現れるアザは、第6話までのものだけではありません。小林助教授と村上瑠偉がすべてを解読すると、それは、黙示録となります。


第一章 天使の降臨

第二章 創造の秘密

第三章 終末の予言

第四章 警告と約束


もう第一~四章までできているんですが、まだまだ推敲中であります。だって、架空の黙示録を作るんですから、そりゃあ、聖書の作者並の想像力が……あ~、困った!


それで、いつだそうか?と思っているのが、


⚫️ 曽根崎アンヌ(そねざき アンヌ)

東京大学医学部附属病院、皮膚精神医学専門で、皮膚科で心身相関疾患を扱い、精神科と連携する医療部門の医師。諸星均医師が恩師に送った貴美子の症例を転送され、「これは聖痕に違いない!」と早朝にも関わらず、小林遼の研究室に押しかける。

現在、皮膚精神医学の研究が進んでいて、聖痕類似症例の治療も行うが、貴美子の体に現れたアザの文字が紀元前のものと小林遼から聞かされて、これはキリスト教由来の聖痕とは違うと思い始める。

※「転生JDと新たな秦王朝」の曽根崎アンヌとは別人物。


小林遼と村上瑠偉は、アザを解読して現代語に直すことはできますが、なぜ貴美子の体にアザが現れたか、その原因は突き止められません。そこで、皮膚精神医学の専門医、曽根崎アンヌが必要となります。


【登場人物のおさらい】


⚫️ 神宮寺貴美子(じんぐうじ きみこ)

都内IT企業「AIインフィニティー社」のAI開発エンジニア。27歳。身長168cm、体重53kg。東京都世田谷区生まれ。真面目で慎重、納期厳守を信条とするが、プロジェクトの過負荷で内心焦燥を抱える。朝のシャワー中に右前腕内側に古代アラム文字風の四列アザ(全135文字)が突如出現し、人生が一変。皮膚科では「心因性紫斑」と診断されるが、文字の規則性と意味深さに動揺。ストレスを自覚せずとも、AI開発のプレッシャーやクライアント対応の苛立ちが蓄積。

性格:冷静沈着だが、未知の現象に直面すると動揺を隠せない。長袖シャツでアザを隠し、仕事優先で病院予約を入れる几帳面さ。末澤部長を信頼し、恵子には姉御肌で接する。


⚫️ 末澤均(すえざわ ひとし)

AIインフィニティー社開発部長。貴美子の直属上司。40代前半。178cmの長身。元大手IT企業(F通)生成AI部門出身で、ヘッドハントにより現職。貴美子を最も優秀な部下と評価し、共に移籍。業界歴20年以上のベテランで、古代文字に造詣が深いわけではないが、観察眼鋭く「表音文字」と即断。

性格:豪快で面倒見が良い。部下の体調不良に「有給使え」と即断。変人・小林遼との23年来の付き合いを「慣れた」と笑う。


⚫️ 高杉恵子(たかすぎ けいこ)

AIインフィニティー社プログラマー。23歳。小柄で黒髪ポニーテール。末澤がヘッドハントで採用。貴美子の後輩で、チームのムードメーカー。大胆でおちゃめ、居酒屋で「労災適用したら?」と冗談。AIアプリでアザ解析を即提案し、羽田同行をねだる。

性格:明るく行動力抜群。貴美子の長袖姿に「休めよぉ~!」と即レス。


⚫️ 諸星均(もろぼし ひとし)

「皮膚科・アレルギー科 諸星クリニック」院長。50代前半。小柄。貴美子より背が低く、穏やかで丁寧。心因性紫斑を疑い、ダーマスコープ・生検・血液検査で徹底検証。貴美子の症例を大学の恩師に相談する。

性格:患者の不安に寄り添う。貴美子と同じビル勤務に驚く。


⚫️ 小林遼(こばやし りょう)

東京大学文学部附属「古文書文献史学研究室」助教授。30代後半。身長185cm以上。末澤の同期で、ダン・ブラウンに憧れ暗号解読・古代文字専攻。女癖悪く「女が勝手に身を投げ出す」。中近東調査から帰国直後、貴美子のアザを「古代フェニキア語かアラム語」と即断。

性格:天才肌の変人。酒と女を愛し、村上に抱きつく。


⚫️ 村上瑠偉(むらかみ るい)

小林助教授の助手。20代後半。研究室のブレーン。小林の女癖に慣れつつ「バカ助教」と叱る。3Dスキャナー操作とAIプロンプトを即実行。

性格:小林に振り回されつつ、研究に真剣。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

1


 都内のIT企業に勤務する神宮寺貴美子は、朝、ベッドから起き上がり、シャワーを浴びていて、右腕の前腕部の内側に奇妙なアザが浮き出ているのに気付いた。ポリエステルの垢擦りで擦っても消えなかった。それはアルファベットのような彼女が見たこともない文字が前腕部に平行に10センチほどの長さで四列に浮き上がっていた。文字はテレビで見るアラビア文字のようでもあった。触ってみても皮膚に入れ墨をしたようで、スベスベしていた。


 バスルームから出て、彼女は部屋を点検した。ドアはしっかりとロックされてチェーンがかかっている。ベランダへの窓も大丈夫だった。大きくもない部屋のクローゼットとかトイレも調べたが誰もいない。彼女一人だった。


(まさか昨夜誰かに睡眠薬を飲まされて眠っている内に入れ墨を入れられたってわけじゃなかったな)


 彼女はいろいろ考えたがこんな皮膚の異常が現れる原因に思い至らなかった。アレルギーがあるわけじゃない。でも、アレルギーは急に体質が変わって現れることもあると聞いたことがあった。昨日食べたものを思い出したが、別段、普段食べているものと同じものだ。おかしな食材を摂取したわけでもない。


(落ち着こう。まず、写真を撮っておこう)


 タオル姿でダイニングの椅子に腰掛け、スマホで十数枚、いろいろな角度から写真を撮った。スマホの画面を拡大してみる。どう見ても無秩序な入れ墨?アザ?ではない。これは文字だ。しかし、なぜ私の腕に文字が浮き出るの?なぜ?


 貴美子はスマホで会社の近くの皮膚科を検索した。会社のある同じビルの三階に『皮膚科・アレルギー科 諸星クリニック』があった。ネットでの予約ができたので、9時半に予約を入れた。


 社のグループチャットで上司の末澤均に病院に行ってから出社します、とメールを打った。同じAI開発プロジェクトを担当している同僚に遅れて出社する旨メールを回覧した。末澤から『具合が悪いなら休めばいいよ、有給も溜まってるだろう?』とレスが来る。同僚の高杉恵子からも『休めよぉ~!休め!無理すんな!』とレスが来た。


 手早く朝食を済ませた。『女子プロの岩谷麻優みたいに入れ墨のある左腕だけプロテクターをするわけにもいかないわ』と思い、初夏だったが、ブルーの長袖のボタンダウンシャツを着た。


 午前中の出社時間だったので、クリニックの待合室は閑散としていて、貴美子が名前を言うと看護師がすぐ診察室に案内してくれた。担当は貴美子よりも小柄な中年の医師だった。


「待っている患者さんがいなかったので、問診票を書いてもらってなかったですね」と問診票を渡された。「氏名、年齢、性別、出生地、身長、体重、職業だけでいいですよ」と言われたので、それだけ書き込む。神宮寺貴美子、27才、女性……出生地?東京都世田谷区、身長168cm、体重53kg、職業、ITエンジニア……

「ありがとうございます」と諸星医師が問診票を受け取って「本日は、どうされましたか?」と彼女に尋ねた。


「今朝、シャワーを浴びていて、これが」と前腕部に平行に10センチほどの長さで四列に浮き上がっているアザを見せた。「浮き出ていました。昨日の夜、11時半に就寝しましたが、それまではこのようなアザ?でしょうか、アザはありませんでした」貴美子はバッグからスマホと同期しているタブレットを取り出して、今朝撮影した右上腕部の写真をモニターに出した。シャツの右手をまくって、上腕部内側を医師に見せる。


 諸星医師は問診票を見ながら「神宮寺さん、27歳、ITエンジニアですね。本日は右前腕部のアザが気になって来院されたということですが、詳しくお聞かせいただけますか? 今朝、シャワー中に気づいたとのことですが、昨日まで全く異常はなかったですか?」と貴美子に尋ねた。


「はい、昨夜寝る前までは何もなかったです。いつも通り11時半頃に寝て、今朝7時に起きてシャワーを浴びていたら、急に右腕にこのアザが……。最初は汚れかと思って垢擦りで擦ってみたんですけど、落ちなくて。触っても痛みはないし、入れ墨みたいにスベスベしてるんですけど、こんなの初めてで」

「なるほど、突然現れたんですね。写真も撮ってきてくれてありがとう」と諸星は彼女のタブレットで写真を確認し、貴美子の右前腕部を観察した。「確かに、文字のような模様が並んでいますね。長さは10センチほどで四列………」


「アラビア文字のようにも見えますけど……テレビで見たアラビア語っぽいなと思ったんですけど偶然ですよね。私、アラビア語なんて知らないし、意味は全然わからないです。ただ、無秩序な模様じゃなくて、ちゃんと文字っぽい形してるんですよね。それが気持ち悪くて……」

「ふむ、わかりました。では、ちょっと詳しくお聞きしますね。このアザが出る前に、腕に何かぶつけたとか、圧迫したとか、ケガをした記憶はありますか? 例えば、寝ている間に強く押したとか、何かで擦れたとか」

「ないです。昨日は普通に会社で仕事して、夜は家でご飯を食べ、ドラマを見て寝ただけなので。腕をぶつけたりとか、全然覚えがないです。まさか、睡眠薬でも飲まされてなんて思いまして、部屋を確認したんですけど、誰も入った形跡もないし、ドアも窓もちゃんと閉まってました」


 諸星は軽く微笑んで「部屋の点検もされたんですね、用心深いですね。では、最近の生活で何か変わったことはありましたか? 例えば、新しい食べ物、化粧品、洗剤、薬、サプリメントとか。あるいは、仕事でストレスが多かったとか、睡眠が不規則だったとか」と彼女に聞いた。

「うーん、食べ物はいつもと同じで、昨日もコンビニのお弁当とサラダくらい。化粧品も洗剤もここ数年同じものを使ってます。薬も飲んでないです。ストレスは……まあ、ITの仕事なんで、納期とか忙しい時期はありますけど、最近はまあ普通かな。いつも通りって感じです」

「なるほど、普段と大きく変わったことはなさそうですね。では、アレルギーの既往はありますか? 花粉症とか、金属アレルギー、食物アレルギーとか。あるいは、ご家族に似たような皮膚のトラブルがあった方がいるとか」

「アレルギーは特にないです。花粉症もないし、金属も大丈夫。家族も、母も父も兄も、こんなアザとか皮膚の病気は聞いたことないです。急に体質が変わることってあるって聞いたことあるけど……それかなって思ったり」


「はい、確かに体質が急に変わることはまれにあります。接触性皮膚炎やアレルギー反応の可能性も考えておきましょう。(アザを再度観察)触っても痛みやかゆみはなく、表面は平滑ですね。熱感や腫れもないようですが、腕全体の感覚はどうですか? しびれとか、違和感は?」

「感覚は普通です。しびれとかもないし、動かすのも問題ない。ただ、このアザが目立つから、なんか落ち着かなくて……」

「それは気になりますよね。見た目が独特ですし、急に現れると不安になります」と彼はメモを取りながら「もう少し全身の状態を伺いますね。発熱、だるさ、関節痛、頭痛とか、最近体調の変化はありましたか? あと、月経周期やホルモンバランスの変化も、皮膚に影響することがあるので、最近何か気づいたことがあれば教えてください」と聞いた。


「体調は特に変わらないです。熱もないし、元気です。月経も普通で、先週終わったばかりだから、いつも通りかな。ホルモンとかは……特に気にしたことないですけど、問題ないと思います」

「了解しました。では、ストレスや精神的な負担についてもう少し。ITのお仕事だと、長時間パソコンに向かったり、プレッシャーがある場面も多いですよね。最近、仕事やプライベートで何か大きな出来事、例えば人間関係やプロジェクトのトラブル、感情が強く揺さぶられるようなことはありましたか?」


 貴美子は少し考えて、「うーん、仕事は忙しいけれど、いつもそんな感じなので慣れてます。人間関係も、会社の人たちとは普通にやってますし、プライベートも……特に大きなことはないかな。強いて言えば、プロジェクトの納期が近づいてて、ちょっと焦ってるくらい? でも、それがこのアザと関係あるんですか?」

「直接かどうかはまだわかりませんが、ストレスは皮膚に影響することがあります。例えば、ストレスで蕁麻疹が出たり、湿疹が悪化したり。文字のような模様は珍しいですが、ストレスや疲労が関与するケースもあるので、可能性として考えておきます。とりあえず、見た目からアレルギーや物理的な刺激によるものか、心因性のものかを調べるために、いくつか検査をしましょう」

「検査? どんなことをするんですか?」


「まず、皮膚の状態を詳しく見るために、ダーマスコープで拡大して観察します。必要と判断したなら、血液検査でアレルギーや炎症のマーカーをチェック。あと、このアザが他の病気と関係ないか、全身の状態を確認するために、簡単な問診や視診を続けます。もし心理的な要因が疑われる場合、当院のアレルギー科や、必要なら精神科の先生とも連携できますよ。今日はまず、皮膚の検査から始めましょう。どうですか?」

「はい、お願いします。とにかく、なんでこんなのが出たのか知りたいです。……これ、消えますよね?」

「原因を突き止めて、適切な治療をすれば、多くは改善しますよ。まずは検査でデータを集めて、原因を絞り込みましょう。神宮寺さん、不安だと思いますが、一緒に解決していきましょうね。何か他に気になることがあれば、遠慮なく教えてください」と諸星が微笑みながら彼女の気を休めるように優しく言った。

「ありがとうございます。とりあえず、これが何か知りたいです。よろしくお願いします」


2


 午後の診療が一息ついて諸星医師は店屋物のカツ丼を一口頬張りながら、モニターに映る高解像度デジタル顕微鏡の画像を拡大した。10cmにわたる四列の模様は、まるで精密に刻まれた文字のようだった。アラビア文字や古代文字に似ていて、無秩序ではなく、規則的なパターンを示していた。


 拡大画像では、模様の輪郭が滑らかで、表皮に明らかな損傷や炎症は見られない。色調は赤みを帯びた紫で、均一に分布しているが、部分的に濃淡があった。「これは確かに単なる紫斑あざや湿疹じゃないな」と独り言をつぶやき、箸を置いてマウスを手に取った。


 次に、マルチスペクトルイメージングのデータを確認した。可視光と近赤外線で撮影した画像では、模様が真皮層に起因していることが示唆された。表皮はほぼ無傷で、色素沈着やメラニンの異常は見られないが、真皮の毛細血管周辺に微細な赤血球の漏出が確認できた。


「血管からの滲出か……しかし、血管炎や凝固異常の兆候はない」とメモに書き込み、貴美子の問診内容を思い返した。彼女は外傷やアレルギーの既往を否定し、ストレスも「普段通り」と述べていたが、IT業界の納期のプレッシャーを軽く触れていた。


 コンフォーカル顕微鏡の画像に切り替えると、真皮の深さ方向の構造がより明確になった。模様の中心部では、毛細血管の軽度な拡張と赤血球の血管外漏出が観察されたが、炎症細胞(リンパ球や好中球)の浸潤はほとんどない。


「心因性紫斑の可能性はあるな……Gardner-Diamond症候群(心理的ストレスや感情的要因が引き金となって皮膚に自発的な紫斑あざや出血斑が繰り返し現れる稀な疾患)のような」と考え、文献で読んだ症例を思い出した。ストレスが引き起こす自己感作反応で、特定の部位に紫斑や出血が現れるケースだ。しかし、文字のような規則的な模様は異例で、文献に類例はなかった。


 貴美子のスマホ写真と比較すると、彼女の朝7時の撮影から診察時の画像まで、模様の形状や色に変化はない。経時的な進行がないことから、急性炎症や感染症の可能性は低いと判断した。


「もし自己誘発性なら、もっと不規則な傷跡や擦過痕があるはずだが……」と首をかしげた。彼女が「部屋に誰もいなかった」と確認した点も、Factitious Disorder(意図的な自己傷害)の可能性を下げる要因だった。


 その日の午後、諸星は診察の合間にラボから届いた検査結果を確認した。貴美子から採取した皮膚の生検サンプルの組織学的分析レポートがメールで届いており、血液検査とアレルギー検査のデータも添付されていた。諸星はモニターにレポートを表示して読み始めた。「さて、原因が少しずつ絞れてくるかな」と独り言を呟いた。


 まず、血液検査の結果から確認した。CBC(全血球計算)、凝固機能(PT、APTT)、CRP(C反応性蛋白)、ESR(赤沈)などの炎症マーカー、さらには自己免疫関連のANA(抗核抗体)やRF(リウマチ因子)もすべて正常範囲内だった。血小板数やヘモグロビン値に異常はなく、凝固異常や感染症の兆候は見られなかった。


「出血傾向はないな。全身的な疾患の可能性は低い」とメモに記した。


 アレルギー検査も同様で、特異的IgE抗体テスト(食物、環境アレルゲン)と皮膚パッチテストの結果は陰性だった。貴美子が問診で述べたように、アレルギー既往はなく、接触性皮膚炎やアトピー性皮膚炎の証拠はなかった。


「これでアレルギー反応の線はほぼ除外できる。物理的な刺激や感染もなさそうだ」と考え、貴美子の症状が局所的なものに絞られることを確信した。


 次に、皮膚サンプルの分析結果に目を移した。生検は紫斑あざの模様の一部から採取したもので、病理医のレポートには詳細な組織学的所見が記載されていた。真皮層に赤血球の血管外漏出(extravasation of erythrocytes)が観察され、毛細血管の軽度な拡張と充血が見られたが、血管炎や炎症細胞(リンパ球、好中球)の顕著な浸潤はなかった。


 周囲の組織には軽度の浮腫(edema)と非特異的なリンパ組織球の集積が認められたが、表皮はほぼ無傷で、角質層の異常や感染の兆候はなかった。ヘモシデリンの沈着(pigment deposition)は最小限で、慢性出血を示唆するものではなかった。


 模様の輪郭部分では、赤血球が真皮のストローマに散在的に広がっており、汗腺や毛包周辺に血液成分が開口しているように見えた。「これは…心因性紫斑や血汗症の所見に近いな」と諸星は思った。


 文献で見た類似症例を思い浮かべ、ストレスが毛細血管の脆弱性を高め、漏出を引き起こすメカニズムを連想した。しかし、模様が文字様に規則的に並んでいる点は説明がつきにくく、「単なるランダムな出血じゃない。心理的な要因で特定のパターンが形成されるなんて、稀有なケースだ」と首を捻った。


 諸星はレポートの顕微鏡写真を拡大して確認した。真皮の血液充満空間が毛根管に繋がり、表面への排出経路を示唆していたが、自己誘発性の傷跡(擦過や刺傷など)は一切ない。「Factitious Disorder(意図的な自己傷害)の可能性は低い。貴美子さんの性格からしても、意図的に傷つけたとは思えない」と判断した。


 考察として、ストレスや感情的要因が真皮の血管に影響を与え、局所的な出血を起こした可能性が高いと結論づけた。文字様の模様については、「無意識的な心理的暗示がパターンを生むのか? それとも偶然の分布か」と疑問を残したが、皮膚精神医学の観点から精神科医への相談を検討した。


 これらの結果を踏まえ、諸星は貴美子に連絡する準備を始めた。「異常なしの検査結果は安心材料だが、皮膚の所見から心因性の線が濃厚だ。次回の診察で詳しく説明しよう」とメモをまとめ、午後の患者を待つために席を立った。貴美子の紫斑あざが単なる皮膚異常ではなく、心身のつながりを示すものだと感じ始めていた。


 貴美子に話しても構わない内容を素人向けに簡潔に書いたメール文を作成した。貴美子の連絡先を改めてみると、このクリニックの同じビルの17階の会社に勤めていることがわかった。


 メールを送信すると、すぐに貴美子から返信が来た。今日、明日はプロジェクトの追い上げでクリニックに行けないこと、明後日の午前9時半に伺えますと書いてあった。


「明後日までにもっと調べておくか」と諸星は呟いて、フォトや検査結果をPDF文書にして、大学時代の恩師の教授にメールをした。「患者の紫斑あざが単なる皮膚異常ではなく心身のつながりを示すものだと考えるが、先生はどう思われますか?」という自分の所見を付け加えておいた。


3


 貴美子は出社すると、すぐに上司の末澤均のデスクに向かった。「末澤さん、急に医院になど行きまして申し訳ありませんでした」と謝った。


 末澤部長は貴美子の会社の創立以来のメンバーで、IT業界を渡り歩いた人間だ。大手IT企業のF通の生成AI部門に所属していたが、ヘッドハントでこの会社に入社、その際に部下で最も優秀な貴美子も一緒に移籍してきたのだ。


「貴美子、もう診察は済んだのか?早いじゃないか?無理しなくて休んでも良いんだぜ」

「このビルの三階にある皮膚科に行ってまいりました。仕事ができないような病気じゃないんですよ」

「皮膚科?皇后雅子様が罹っている帯状疱疹とかか?過労やストレスが関係するんなら大変だぞ」

「そういう病気でもないです。自覚症状もないというか……あの、説明しますから会議室に行きません?」


 貴美子は末澤が会議室の席に着席すると早速タブレットのフォトを見せた。「問題はこれなんです。この写真は私の右腕に今朝急に浮き出てきた紫斑あざ……たぶん、紫斑あざです」

「この紫斑あざはまだ腕に残っているのか?」

「ええ、これです」と貴美子はシャツの袖を折り返して上腕部の紫斑あざを末澤に見せた。末澤は貴美子の腕に鼻をくっつけそうになるくらいに顔を近づけて紫斑あざを観察した。


「医者はなんと言っているのだ?」

「血液検査とかアレルギー検査やいろいろな検査を受けましたが、検査結果がでていないですからね。まだなんともお医者さんの所見はありません。可能性としては、『ストレスは皮膚に影響することがあって、ストレスで蕁麻疹が出たり、湿疹が悪化したりするようなことはある。だけど、文字のような模様は珍しい』と言われてました」

「確かにそうだ。これは英語やギリシャ語のアルファベットと違うが、何らかの表音文字か表意文字のように見える。俺には表音文字のように見える」

「これが?表音文字ですか?ひらがなとかカタカナみたいな?」

「ああ、そう思う」

「どっちが上なんでしょうね?左から右に読むんでしょうか?」


 末澤はもう一度貴美子の腕の紫斑あざ、あるいは文字を観察した。貴美子の腕を触ってひねって逆にしたりして見ていたが、「あ!すまん!乙女の腕を捻り上げる感じになった。タブレットの写真を見れば良いんだ」と頭をガリガリとかいた。

「これが何か知りたいんですから、構いません。でも、ちょっとくすぐったかったけど……」


 スマン、スマンと言いながら末澤はタブレットの写真を拡大したり180度回転させたりしながら「確かじゃない、感覚的に言うと、貴美子の親指の方がこの文字の上だな。それで、左から右に読むようだ」と貴美子に言った。

「え?どうしてでしょうか?」

「証明するのは難しいが、アラビア文字や古代文字は、尻尾みたいな文字がある場合、それが下になる。英語の『g』とか『f』もそうだろう?ギリシャ文字の『ζゼータ』やηエータもそうじゃないか?」と言う。AI業界の人間は意外とギリシャ文字などがプログラムに出てくることが多いので貴美子は末澤の話だけでなるほどと納得した。


 𐡇𐡠𐡆𐡠𐡅𐡠 𐡋𐡉 𐡓𐡡𐡔 𐡔𐡠𐡋𐡠𐡌𐡠 𐡅𐡌𐡠𐡋𐡠𐡀𐡊𐡠 𐡇𐡠𐡆𐡠𐡅𐡕𐡠 𐡃𐡠𐡇𐡠𐡓𐡠𐡕𐡠 𐡌𐡠𐡇𐡠

 𐡍𐡤𐡅𐡠𐡓𐡠 𐡃𐡠𐡉𐡢𐡃𐡠𐡏𐡠 𐡔𐡠𐡋𐡠𐡈𐡠 𐡅𐡉𐡠𐡒𐡠𐡃𐡠 𐡅𐡏𐡠𐡋𐡠𐡌𐡠 𐡔𐡠𐡁𐡠𐡏𐡠 𐡔𐡠𐡐𐡠𐡓𐡠 𐡌𐡠𐡆𐡠𐡏𐡠𐡆𐡠𐡏𐡠

 𐡂𐡠𐡁𐡠𐡓𐡢𐡉𐡠 𐡃𐡠𐡁𐡠𐡇𐡠𐡓𐡠 𐡔𐡠𐡇𐡠𐡋𐡢𐡉𐡠𐡍𐡠 𐡒𐡠𐡋𐡢𐡉𐡠𐡐𐡠 𐡃𐡠𐡂𐡤𐡔𐡠𐡌𐡠 𐡅𐡂𐡠𐡐𐡢𐡉𐡠 𐡓𐡤𐡅𐡠𐡇𐡠𐡍𐡢𐡉𐡠 𐡒𐡠𐡍𐡢𐡉𐡠𐡍𐡠

 𐡀𐡠𐡋𐡠𐡄𐡠 𐡃𐡠𐡂𐡠𐡋𐡠 𐡍𐡠𐡇𐡠𐡌𐡠 𐡅𐡀𐡠𐡓𐡠𐡏𐡠 𐡁𐡠𐡒𐡠𐡏𐡠 𐡉𐡠𐡌𐡠 𐡓𐡠𐡈𐡠𐡇𐡠 𐡔𐡠𐡌𐡢𐡉𐡠 𐡁𐡠𐡃𐡠𐡌𐡠 𐡎𐡠𐡁𐡠𐡏𐡠


「それで、これが文字とすると活字じゃない。この最初の行の左から5番目と8番目の文字を見てご覧。これは同じ文字のように見える。だけど、手書きみたいに微妙に書体が違う。それと同じ文字が頻繁に出てくる。母音なのか?……え~っと」と彼は文字数を数え始めた。「一行目が43文字……二行目が54文字……三行目が61文字……四行目が60文字……合計218文字……シェイクスピアが書いたヨーロッパの14行で構成される定型詩のソネットがある。四・四・三・三、または四・四・四・二といった行構成だが、ソネットの最初の四行の文節みたいにも見えるぞ」


「末澤さん、脅かさないでくださいよ。そのソネットみたいにまだ文節が三つ、体に浮き出すとでも言われるんですか?」

「スマン、スマン、偶然、四行なんでソネットが頭に浮かんだだけだ。それにしても、医者の言うように『ストレスで蕁麻疹が出たり、湿疹が悪化したりするようなこと』はあるが、こんな文字みたいなものが、偶然皮膚に浮き出るとか、俺は思えない。医者が原因を究明しないといけないが、それは生理的なこの現象の究明であって、では、なぜ、これが文字のように見えるのか、ということを医者は究明できないぜ」

「末澤さん、またまた、脅かさないでくださいよ。末澤さんはこれが何かの超常現象とでもお考えなんですか?」


「それは俺にもわからん。ただ、医者の診断だけでは不十分だろう。この文字みたいなものが、本当に偶然の産物なのか、それとも過去に存在した文字なのか、そうだとするとどの時代の文字なのか、そして、意味がある文だとすると、この135文字の意味はなんなのかを解明する必要もあると思う」

「末澤部長がそれをできると?」

「バカ言え。俺はIT業界の人間だぞ。これは言語学とか古文書学、暗号解読の分野だ。だが……」

「だが?」

「俺の中学高校大学の同期の人間で、小林遼というのがいる。大学では最初は数学科専攻だったのが、途中から、ダン・ブラウンのダ・ヴィンチ・コードを読んで、俺もロバート・ラングドンみたいになりたいと、暗号解読や古文書学、文献史学、言語学、宗教象徴学の研究を始めちまったんだ。ま、暗号解読は数学とまったく無縁ではないからな。それで、最近は、まだ解読されていない言語の解明をAIを使って解読する分野なんかにも手を広げている。社長に小林遼の話をしたら、面白いってんで、我が社から彼の研究室に助成金を出しているんだ」

「部長、小林先生にお会いできますか?お会いしてこの紫斑あざをお見せして、文字なのか、何なのか、ご意見をお伺いしたいんですけど」

「あ~、あいつはどこに行っちまうのかわからんからな。ちょっと、待て。彼の研究室に居場所を聞いてみるからな」


 末澤はスマホをスピーカーフォンモードにして、小林の研究室に電話した。


「もしもし、小林助教授の研究室ですか?わたくし、AIインフィニティー社の末澤と申しますが、小林くんはおられますか?」

「あ!末澤部長、お世話になっております。助手の村上でございます」と女性が応対した。「ウチのバカ助教は……失礼いたしました!小林は、現在パキスタンからギリシャに行きまして、ドバイ経由で明日のエミレーツ便で羽田に着くはずです……ちゃんと搭乗していればの話ですが……」

「明日……羽田第三ですか?」

「ええっと、少々お待ち下さい……EK312便、羽田第三、22:30分の到着です」

「羽田で捕まえないと、銀座とか行っちまって、行方知れずになるかもしれないなあ……あ、村上さん、私が羽田に迎えに行きますよ」


「ありがたいことです。南インドから中近東、中東の旅の途上で、ウチのバカ助教はお姐ちゃんとの写真しか送ってきませんので。日本ではまともに仕事して欲しいです……って、助成金、ありがとうございます。遊んでいるように見えて、ちゃんと御社への報告書にもありますように『Journal of Cryptology』など世界的権威の雑誌に論文を出してます。量子コンピューターでのAI利用の暗号解析などの御社へのレポートも書いてます……助成金の継続をお願いします……」

「村上さんも苦労されてますね。あいつは人を困らせる名人ですから。中学校以来、まったく変わりませんよ。助成金は心配なされないように。我が社の社長も小林のことは満足してますんで」

「では、羽田で小林をひっ捕まえてください。お願い致します……」


「……部長、大変なご友人のようですね?」

「俺は中学以来23年の付き合いで慣れているが、まあ、変人だ。天才肌の人間は変人だよ」

「明日の羽田のお出迎え、私も同行してよろしいでしょうか?」

「タブの写真を見せれば十分だよ。貴美子が行くことはないんだよ」

「私の問題でもありますし……」

「小林に貴美子を会わせたくないんだよ。女癖が悪いヤツだから……」

「小林助教授が何をしてきても、私、大丈夫ですわ」

「貴美子、そうじゃない。小林は女に何もしない。女が勝手にヤツに身を投げ出すんだ」

「え?」

「まあ、会えばわかるよ。今電話で応対した村上助手だって、小林にイカれてるんだからな」


4 AI


 貴美子は、会社の17階にある自分のデスクで、スマホを手に深いため息をついた。


 ビル3階の諸星クリニックで右前腕部の模様を診察してもらった後、諸星医師から夕方に届いたメールを読み返していた。件名は「本日の診察について」


 メールは簡潔で、専門用語を避け、素人にも分かりやすい内容だった。


件名:本日の診察について

神宮寺貴美子様


本日、右前腕部の模様について診察いたしました。現時点では、心因性紫斑(ストレスや心理的要因による皮膚の変化)の可能性が考えられますが、確定診断には追加検査が必要です。模様の形状は珍しく、文字のような規則性がありますが、医学的な原因は不明です。明後日の午前9時半の来院の際に、血液検査や皮膚生検を提案いたします。

追伸:神宮寺様が当クリニックと同じビル17階の企業にお勤めと知り驚きました。


諸星クリニック 諸星均


 貴美子はメールを閉じ、目を細めて呟いた。「諸星先生も判断に迷っているんだわ。心因性紫斑って……ストレスが原因? でも、文字みたいな模様が原因不明だなんて。すぐに治療を始めるとかの段階じゃないんだわ」


 彼女は右前腕を無意識に擦り、四列の模様が蛍光灯の下で不気味に浮かぶのを見つめた。デスク上のPCモニターには、AIプロジェクトのコードが映り、納期やクライアントの無茶な要求が頭をよぎり、不安が胸を締め付けた。


 だが、メールを読んでの不安もプロジェクトの仕事で吹き飛んでしまった。チーム内のミーティング、末澤部長への進捗報告、クライアントからの追加依頼……作業に一区切りついたのは、10時半過ぎだった。後輩の高杉恵子が「やってらんないわ!先輩、飲みに行きましょう!」と貴美子を誘った。


 会社の近くの居酒屋の個室で、貴美子は恵子と酒を酌み交わしていた。個室は薄暗く、壁に掛けられた魚の絵が揺らめき、煙草の匂いが漂う。貴美子は長袖シャツのまま、ビールジョッキを手に疲れた顔で座った。


 高杉恵子は小柄で、黒髪をポニーテールにまとめ、コケティッシュな笑顔が魅力的な23歳の女性だ。末澤がヘッドハントで採用した優秀なプログラマーで、貴美子とは同じAI開発プロジェクトを担当している。生真面目で慎重な貴美子とは対照的に、恵子は大胆でおちゃめな性格で、チームのムードメーカーだ。


 二人はビールジョッキを早速飲み干し、二杯目に移っていた。貴美子は冷たいジョッキを頬に当てて息をついた。恵子は小柄な体を座椅子に沈め、頰を赤らめながら串焼きを頬張っている。


 恵子はブラウスを緩め、ジョッキを回しながら、「貴美子先輩、最近のプロジェクト、ほんとキツくない? 自社AIの開発だけでも死にそうなのに、クライアントの依頼が雪崩みたいに来るよね! 例えばさ、あの人事評価AIの案件、頭おかしくなりそう!」と愚痴りだした。


 貴美子はジョッキを傾け、ため息をついた。

「ほんと、地獄。自社のAI開発だけでも手一杯なのに、クライアント案件が重なるともう無理。社員人事評価AI。業績データから公平なスコア出すシステムだけど、クライアントの要望が細かすぎるわよね。AIが万能だとでも思っているみたい。クライアントが提供したデータのバイアス排除や法的適合でミーティングばっかり。仕様書の作り直し、データのプライバシー対応、カスタムアルゴリズム……開発部隊は自社プロジェクトほったらかしで、コーディング時間が半分以下よ」


 恵子は枝豆を摘み、くすくす笑う。「わかる~! 自社のAIだってさ、企画でニーズ調査、要件の定義、アーキテクチャ設計、PythonとTensorFlowでモデル訓練……データ前処理だけで吐きそうですよ! GPUサーバーでの学習を数日かけ、テストで精度検証を繰り返してデプロイ、そんでメンテで更新。アジャイルの2週間スプリントなのに、クライアント案件で中断されまくり! 人事評価AIなんて、倫理レビューやテストデータ集めで納期が遅れそうだわ。進捗報告書を書くだけで目眩がしますよね。イノベーション? んなもんないよ!クライアントの『ここ直して!』対応で消耗だもん。先輩、ストレスで倒れる前に飲まなきゃ!」


 貴美子は苦笑し、ビールを一口飲んだ。「ほんと、ストレスしかないわよねえ」とため息をついた。


 恵子が急に顔をあげて「先輩、ところで、今朝、病院に行ったでしょ?具合が悪いんですか?休まないとダメです!いったい何の病気なんですか?」と直球で聞いてきた。


「末澤部長には説明したんだけどね」とシャツの右袖をまくって恵子に見せた。「これなのよ。この紫斑あざなの。それで、今朝、皮膚科に診察に行ってきたのよ」とタブレットを取り出して、今朝撮影したフォトも恵子に見せ、朝、末澤にしたのと同じ説明を繰り返した。諸星医師のメールの内容も話し、明日、末澤部長の友人の言語学・古文書学・暗号解読の分野の専門家の小林遼助教授を羽田まで迎えに行く話もした。


「だから、明後日も朝クリニックに寄ってから出社するわ。忙しいのにごめんね」

「事情が事情だから問題ないですよ。気にせずに診察を受けてきてください。でも、痛みとかないんですか?」恵子がタブレットのフォトを逆さにしたり拡大したりしながら貴美子に聞いた。

「全然ないわ。痛くも痒くもないの」

「心因性紫斑……確かに、我が社はブラックな環境だから……先輩!労災適応したら?」

「なにいってんの。そんな面倒くさいことはしません!」

「まあ、いいや、冗談です。で、末澤部長は、『これは英語やギリシャ語のアルファベットと違うが、何らかの表音文字か表意文字のように見える。俺には表音文字のように見える。感覚的に言うと、貴美子の親指の方がこの文字の上だな。それで、左から右に読むようだ』って言われたんですか?」

「そうよ」


「本当かな?部長のカンですよね?この親指の方がこの文字の上なのか、左から右に読むのかも不確かですよね……ところで、このフォト、ウチのAIに見せました?」

「え?」

「やだなあ。こういう文字みたいなものに意味があるなら、AIが解析できるじゃないですか?ご自分の専門領域でしょう?」

「あら!そんなこと、思いつかなかったわ!」

「このタブ、ウチのAIアプリが入ってます?」

「ええ、インストしてるけど……」

「じゃあ、ウチのAIに聞いてみましょうよ。これは文字なのか?文字だとするとどのような意味なのか?って」

「業務外使用がいいのかどうか……」

「固いこと言いっこなしで!」


 恵子は貴美子のタブのAIアプリを立ち上げると、『添付したフォトは文字なのか?文字だとするとどのような意味なのか?』という単純なプロンプトを書き込んでAIに尋ねた。


 𐡇𐡠𐡆𐡠𐡅𐡠 𐡋𐡉 𐡓𐡡𐡔 𐡔𐡠𐡋𐡠𐡌𐡠 𐡅𐡌𐡠𐡋𐡠𐡀𐡊𐡠 𐡇𐡠𐡆𐡠𐡅𐡕𐡠 𐡃𐡠𐡇𐡠𐡓𐡠𐡕𐡠 𐡌𐡠𐡇𐡠

 𐡍𐡤𐡅𐡠𐡓𐡠 𐡃𐡠𐡉𐡢𐡃𐡠𐡏𐡠 𐡔𐡠𐡋𐡠𐡈𐡠 𐡅𐡉𐡠𐡒𐡠𐡃𐡠 𐡅𐡏𐡠𐡋𐡠𐡌𐡠 𐡔𐡠𐡁𐡠𐡏𐡠 𐡔𐡠𐡐𐡠𐡓𐡠 𐡌𐡠𐡆𐡠𐡏𐡠𐡆𐡠𐡏𐡠

 𐡂𐡠𐡁𐡠𐡓𐡢𐡉𐡠 𐡃𐡠𐡁𐡠𐡇𐡠𐡓𐡠 𐡔𐡠𐡇𐡠𐡋𐡢𐡉𐡠𐡍𐡠 𐡒𐡠𐡋𐡢𐡉𐡠𐡐𐡠 𐡃𐡠𐡂𐡤𐡔𐡠𐡌𐡠 𐡅𐡂𐡠𐡐𐡢𐡉𐡠 𐡓𐡤𐡅𐡠𐡇𐡠𐡍𐡢𐡉𐡠 𐡒𐡠𐡍𐡢𐡉𐡠𐡍𐡠

 𐡀𐡠𐡋𐡠𐡄𐡠 𐡃𐡠𐡂𐡠𐡋𐡠 𐡍𐡠𐡇𐡠𐡌𐡠 𐡅𐡀𐡠𐡓𐡠𐡏𐡠 𐡁𐡠𐡒𐡠𐡏𐡠 𐡉𐡠𐡌𐡠 𐡓𐡠𐡈𐡠𐡇𐡠 𐡔𐡠𐡌𐡢𐡉𐡠 𐡁𐡠𐡃𐡠𐡌𐡠 𐡎𐡠𐡁𐡠𐡏𐡠


48秒後、AIは、


『これはアラム文字(おそらく古代アラム文字、パルミラ文字、または古代フェニキア文字かそれに近い)の碑文のような文字であると推測されます。この文字は現代アラビア語と同じく右から左に読まれます。現代の言語とは異なるため、正確な翻訳は非常に困難です。また、文脈がないと解釈が複数になる可能性があります』とAIの回答があった。


「ええ!も、文字なの?既知の文字なの?右から左に読むの?意味があるの?」と貴美子は驚いた。

「先輩、続きを見ましょう。タブレットだから回答の出が遅いわね」と恵子。


『通常のパルミラ碑文の文字とは異なり、すべての文字の間に 𐡠 (aleph, アラム語の母音補助記号) が規則的に挟まれています。つまり、視覚的には疑似的にアラム語のように見せた人工文(いわゆる装飾的あるいは儀式的文字列)であり、既知の古代アラム語・パルミラ語・シリア語・フェニキア語の語彙や文法とは一致しません』


「どういうこと?」

「先輩、落ち着いて」


『古代アラム語・パルミラ語・シリア語・フェニキア語は、子音だけで構成された22文字ですが、画像の文字は、5つの母音(A-E-I-O-U)を含めた27文字で構成されています。語彙対応の試み(例えば 𐡓𐡔𐡋𐡌 など)も、既存のパルミラ碑文に該当語がありません。従って、翻訳可能なアラム語文ではないことが確定します。

・推定される可能性:

 人工的な祈祷文/装飾的パルミラ文字の模造

 → 見た目の神秘性のために人工的に作られた例。

 暗号文(アレフ挿入式置換暗号)

 → すべての文字の間に𐡠を入れることで、元文を秘匿している可能性。

 生成AI/自動翻訳エラーにより生じた無意味列

 → Unicodeブロックの「Palmyrene」文字を機械的に並べたもの。

であると思われます』


「人工的な祈祷文?詩とかじゃなくて祈祷文?暗号文?生成AIにより生じた無意味列?わけがわからないわ!そんなものがなぜ私の右手に現れるの?なんで!」

「あ、先輩、まだ続きがありますよ」


『尚、さらに詳細にお知りになりたい場合、AIインフィニティー社の古代文字解読の協賛をされている東京大学古文書文献史学研究室の小林遼助教授までご連絡してください』


「えええ?小林遼助教授って、末澤部長が言われていて、明日、羽田に迎えに行く人じゃないの!」

「先輩、これは面白くなってきましたね。私も羽田に行っちゃおうかなあ……」

「それは……明日、部長に聞いてみるわね」

「K312便、羽田第三、22:30分の到着でしょう?明日は早めに仕事を切り上げて、羽田エアポートガーデンの新しいお店を散策しましょうよ!部長の奢りで、『うなぎ四代目菊川』で『蒲焼き一本重』なんてどうでしょう?」

「あ~あ、恵子にはかなわないなぁ。でも、そうよね!ウジウジしていてもしょうがない!羽田で鰻を食べて、小林助教授を迎えに行きましょう!」

「大賛成です!」


5


 恵子は、末澤部長にねだって、羽田エアポートガーデン1Fの『うなぎ四代目菊川』で『蒲焼き一本重』を予告通り注文してパクついた。ちゃっかりしてるなあ、と貴美子は思ったが、自分もお相伴に預かって『ひつまぶし』を食べたのだから恵子のことをあれこれ言えない。


 羽田エアポートガーデン1Fから連絡通路のある2Fに行った。第3ターミナル(国際線ターミナル)の中央部の到着出口(アライバルホール)に。4分ぐらいだった。


 Arrival Boardを見ると、K312便は22:30定刻通りにランディングする。アライバルの出口で貴美子、末澤部長、恵子は待ち受けた。入国審査、手荷物受け取り、税関申告・税関検査で1時間弱はかかる。小林が姿を現したのは23:15だった。


 小林は、テレビの撮影隊が海外ロケで使うような大型ジュラルミンケース二個とスーツケース二個をカートに積み上げて、出口をでてきた。末澤から小林は中近東に考古学調査を行っていたんだと聞いていた恵子は「あのジュラルミンケースの中身はミイラとかだったりして?」と呟いた。「ミイラなんか持ち込んだら、検疫で引っかかってこんなに早く出てこれないでしょ」と貴美子。


 小林は、友人の末澤が待ち受けているのに驚いた。ヤツだけじゃなく、美人を二人も連れてやがる、何事だ?助手の村上くんが何か仕組んだのか?と彼は思った。小林は、空港からラゲッジを自宅と研究室に託送小荷物で送って、すぐさま居酒屋に繰り出そうと思っていたのだ。数週間の中近東での調査旅行で、酒が飲めなかった不自由を発散するつもりだった。


「末澤、こんなところで待ち構えていて、なんの用だ?助手の村上くんの差し金か?俺は今から酒を飲みに行く予定なんだぞ。酒を付き合うってんなら構わんがね。それに美人が二人も一緒にいるしな」

「そんな要件じゃないんだ。お前の専門の古代文字の解読の話だ。この二人は俺の部下で神宮寺貴美子、高杉恵子だ」と二人を紹介した。貴美子と恵子がペコリと小林にお辞儀をする。


「お前の会社が古代文字の分野に手を出したなんて知らなかったな」

「いや、会社の用事じゃないんだ。極めて個人的な用事だ」

「個人的な古代文字の解読の用事とはなんだ?俺が酒を飲むのを邪魔するほどの用事なんだろうな?え?末澤?」と部長を上から見下ろすようにして小林は言った。末澤は178センチの身長だが、小林はさらに高かった。


 末澤は「神宮寺くん、例の写真を小林にみせてやってくれ」と貴美子の方を振り向いて言った。貴美子がバックからタブレットを取り出して、アザの写真をモニターに出して末澤に渡した。

「この写真はなんだと思う?」と小林の顔面にタブを突きつけた。

「……腕の写真じゃないか……刺青してるのか?……おい!末澤、これは古代文字だ!今すぐは読めないが、たぶん古代フェニキア語かアラム語に近い……なんでこんなものを腕に刺青するヤツがいるんだ?え?」

「それはこの神宮寺くんの右腕の写真だ。昨日の朝、自然に腕に浮き上がってきたんだ。皮膚科の医者は心因性の皮膚疾患を疑っている」

「なんだと?心因性の皮膚疾患で、古代フェニキア語かアラム語が皮膚に浮き上がるわけがない!!!……わかった。俺の研究室に行こう。だが、この大荷物をどうするかな?」と小林はジュラルミンケースとスーツケースの山を睨んだ。


「高杉くん、こりゃあ、バンを借りてこないといけないようだ。申し訳ないが、バンをレンタルしてきてくれないか?」と恵子が運転がうまいことを知っている末澤が言った。

「了解です。え~っと、大型ジュラルミンケースが二個とスーツケース二個で私たちは四名かぁ。ハイエースワゴンの四列目シートを倒して荷物スペースとして利用すれば何とかなるかな?」とテキパキと判断して、レンタカーのブースに駆けていった。



 小林、末澤部長、貴美子、恵子は、空港で借りたバンで零時過ぎに東京大学本郷キャンパス正門に到着した。貴美子と末澤は車内で昨日の朝から起こった貴美子の体の異変、皮膚科の診察でわかったことなどを諸星医師のPDF書類も見せながら小林に説明した。小林は村上助手に研究室まで来てくれと連絡した。


 夜の本郷キャンパスは静まり返り、正門は閉鎖されている。門の脇に設置されたセキュリティブースの明かりだけが、薄暗い本郷通りを照らしだしている。


 恵子が運転するバンから降りた小林は、正門脇のインターホンを押す。警備員がブースから顔を出した。「夜間入構の目的は?」と小林に尋ねた。


 小林が「文学部附属古文書文献史学研究室の小林助教授です。緊急の研究資料確認のため入構します」と説明し、東京大学の身分証と版の中で申請した入構許可証(QRコード付き)のスマホ画面を提示した。


 末澤と貴美子、恵子はマイナカード、社員証を提示した。メールで提出済みの訪問者申請書を示した。警備員は書類のQRコードをスキャンし、大学データベースで照合後、4人の身元を確認した。「小林助教授、3名同伴、許可確認しました」と頷いた。


 警備員は正門横の歩行者用ゲートを開錠し、運転している恵子にバンの入構許可ステッカーを手渡した。「史料編纂所棟までは直進、右折で駐車場へ。23時以降は建物入口でICカード認証が必要です」と指示された。


 恵子が「ありがとうございます」と礼を言い、小林が「夜遅くすみません」と軽く頭を下げる。バンはゲートを通過し、キャンパス内の薄暗い道を進む。恵子が「やっぱ東大のセキュリティ、厳しいね~。でも、夜中でも仕事している研究者が多いんだね。ネットの入構許可は24時間体制なんだな。ウチよりブラックじゃん!」と囁き、史料編纂所棟へ向かった。


 史料編纂所棟のエントランスにはすでに村上助手が台車を持ってきて待っていた。小林が「瑠偉ちゃぁ~ん、夜遅くゴメンねぇ」と貴美子たちの前で平気で村上に抱きついた。


「先生!抱きついて誤魔化そうとしてもダメです!末澤部長が出迎えにいっていただいて良かったです。羽田からどこかに消えようとなさってたんでしょう?」

「あのね、瑠偉ちゃん、俺は数週間、酒も女もいない中近東の砂漠にいたんだぜ?羽田から家に荷物を放り出して、酒場に行ってもバチは当たらないよ」

「何を言われます!エミレーツの機内で、ビジネスクラスを良いことに、CAにおべんちゃらを言ってしこたまドバイからお酒を飲んだんじゃありませんか?お酒臭いです。CAの連絡先とか聞いたんでしょう?白状なさい!」

「なぜそんな見てきたようなことを言うんだ?」

「前回の私が同行した南米での考古学調査でもそうだったじゃありませんか?あの時は、成田で荷物を私に押し付けて、さっさとネオン街に消えましたよね?ね?」


6


 末澤部長、貴美子、恵子が小林助教授と村上助手ののイチャイチャを横で見ていて呆れていた。恵子は、こいつらできてるんと違う?と思った。


 急に真顔に戻った小林が「ジュラルミンケースの荷物の開梱は後にしよう。さて、村上くん、3Dスキャナーを準備してくれないか?」と村上に指示した。

「3Dスキャナーですか?スキャンする対象は?」

「神宮寺さんの右腕だ」

「は、はぁ?考古学じゃないですね。了解です。中型オブジェクト向けの卓上型3Dスキャナーでいいですね」


 村上がキャスターに乗せた3Dスキャナーを押してきた。「神宮寺さん、どこをスキャンするんですか?」と貴美子に聞いた。貴美子は長袖のシャツをまくって、右上腕部をスキャナーの撮影面に置いた。


 村上が目を見開いた。皮膚に刺青のように、村上には馴染み深い古代文字が浮き出ていたからだ。村上はマジマジと貴美子の顔を見た。「神宮寺さん、これって、刺青……じゃないですよね?」

「昨日の朝、起きたら、これがあったんです。なぜなのかわかりません。医師は心因性と言いますが、小林先生は、これは紀元前千年以上前の古代フェニキア文字だと言われました」

「……確かにフェニキア文字ですが……見慣れているのと違う……」と村上はブツブツ言いながらスキャンを終えた。データをLANケーブルでスキャナーと結ばれたPCにコピーした。


 小林がスキャンされた貴美子の腕の画像を大画面の曲面モニターに映しだした。次々とAIにプロンプトで指示を出していく。

「皮膚の背景を削除して文字だけを抽出……GIFで透明画像にしてみよう……瑠偉、これをどう思う?」

「先生、これは手書きですね。黒いインクで書いたような手書き文字です。同じ文字の筆致が少し違う……刺青じゃないわけですから……なんなんだろう?ここなんか……」と小林の前に身を乗り出してモニターに顔を近づけて言う。


「瑠偉、モニターがキミの胸で見えないぞ。その体に似合わない大きな胸、どうにかならんか」

「あら、揉めば小さくなるかもしれませんよ。先生、今度揉んでみてください」

「揉んだらさらにでかくなるだろう?」

「じゃあ、もう一台、モニターを買ってください!」

「それは……助成金を出していただいている末澤に言え!」


「……その話はおいておいて……文字数が古代語と違いますね」

「たぶん、27文字ある」

「ということは母音の五文字が付け加えてあるということ?」

「そうだと思う……OCRで各文字の特定をして……」と続けてAIに指示を出した。「よし、フォントを変えてと……」とUnicodeのアラム文字をサポートするNoto Sans Imperial Aramaicに変えた。母音文字(𐡠, 𐡡, 𐡢, 𐡣, 𐡤)は未定義なので、AIが想定した代替文字に変換された。「読みにくくってかなわんな。母音文字を削除してみようか……」と母音文字をAIに削除させた。「よし、これで良い」


 貴美子のオリジナルの紫斑の


 𐡇𐡠𐡆𐡠𐡅𐡠 𐡋𐡉 𐡓𐡡𐡔 𐡔𐡠𐡋𐡠𐡌𐡠 𐡅𐡌𐡠𐡋𐡠𐡀𐡊𐡠 𐡇𐡠𐡆𐡠𐡅𐡕𐡠 𐡃𐡠𐡇𐡠𐡓𐡠𐡕𐡠 𐡌𐡠𐡇𐡠

 𐡍𐡤𐡅𐡠𐡓𐡠 𐡃𐡠𐡉𐡢𐡃𐡠𐡏𐡠 𐡔𐡠𐡋𐡠𐡈𐡠 𐡅𐡉𐡠𐡒𐡠𐡃𐡠 𐡅𐡏𐡠𐡋𐡠𐡌𐡠 𐡔𐡠𐡁𐡠𐡏𐡠 𐡔𐡠𐡐𐡠𐡓𐡠 𐡌𐡠𐡆𐡠𐡏𐡠𐡆𐡠𐡏𐡠

 𐡂𐡠𐡁𐡠𐡓𐡢𐡉𐡠 𐡃𐡠𐡁𐡠𐡇𐡠𐡓𐡠 𐡔𐡠𐡇𐡠𐡋𐡢𐡉𐡠𐡍𐡠 𐡒𐡠𐡋𐡢𐡉𐡠𐡐𐡠 𐡃𐡠𐡂𐡤𐡔𐡠𐡌𐡠 𐡅𐡂𐡠𐡐𐡢𐡉𐡠 𐡓𐡤𐡅𐡠𐡇𐡠𐡍𐡢𐡉𐡠 𐡒𐡠𐡍𐡢𐡉𐡠𐡍𐡠

 𐡀𐡠𐡋𐡠𐡄𐡠 𐡃𐡠𐡂𐡠𐡋𐡠 𐡍𐡠𐡇𐡠𐡌𐡠 𐡅𐡀𐡠𐡓𐡠𐡏𐡠 𐡁𐡠𐡒𐡠𐡏𐡠 𐡉𐡠𐡌𐡠 𐡓𐡠𐡈𐡠𐡇𐡠 𐡔𐡠𐡌𐡢𐡉𐡠 𐡁𐡠𐡃𐡠𐡌𐡠 𐡎𐡠𐡁𐡠𐡏𐡠


の各行の文字数が母音を削除したために減った。


 𐡇𐡆𐡅𐡀 𐡋𐡓𐡉𐡔 𐡔𐡋𐡌𐡀 𐡅𐡌𐡋𐡀𐡊𐡀 𐡇𐡆𐡅𐡕𐡀 𐡃𐡇𐡓𐡕𐡀 𐡌𐡇𐡀

 𐡍𐡅𐡓𐡀 𐡃𐡉𐡃𐡏 𐡔𐡋𐡈 𐡅𐡉𐡒𐡃 𐡅𐡏𐡋𐡌𐡀 𐡔𐡁𐡏𐡀 𐡔𐡐𐡓𐡀 𐡌𐡆𐡏𐡆𐡏

 𐡂𐡁𐡓𐡉𐡀 𐡃𐡁𐡇𐡓 𐡔𐡇𐡋𐡉𐡍 𐡒𐡋𐡉𐡐𐡀 𐡃𐡂𐡅𐡔𐡌𐡀 𐡅𐡂𐡐𐡉 𐡓𐡅𐡇𐡍𐡉𐡀 𐡒𐡍𐡉𐡍

 𐡀𐡋𐡄𐡀 𐡃𐡂𐡋𐡀 𐡍𐡄𐡌 𐡅𐡀𐡓𐡏𐡀 𐡁𐡒𐡏 𐡉𐡌𐡀 𐡓𐡈𐡇 𐡔𐡌𐡉𐡀 𐡁𐡃𐡌𐡀 𐡎𐡁𐡏

※右から左に読む。


「ほほぉ、これはこれは」

「先生、最初の行は、母音が入ると『ḥăzwā lə-rēš šalmā, wə-malʾāk̲ā ḥāzūṯā də-ḥarāṯā māḥā.』ですわね。母音を除くと、え~っと」と村上がコンピュータを操作してAIに翻訳をさせた。


第一行

アラム文字: 𐡇𐡆𐡅𐡀 𐡋𐡓𐡉𐡔 𐡔𐡋𐡌𐡀 𐡅𐡌𐡋𐡀𐡊𐡀 𐡇𐡆𐡅𐡕𐡀 𐡃𐡇𐡓𐡕𐡀 𐡌𐡇𐡀

母音を除いた翻訳文字:ḥzwʾ lrš šlmʾ wmlʾkʾ ḥzwtʾ dḥrtʾ mḥʾ


𐡇𐡆𐡅𐡀: ḥzwʾ(ḥazwā、幻視・見る)

𐡋𐡓𐡉𐡔: lrš(ləraš、頭・指導者)

𐡔𐡋𐡌𐡀: šlmʾ(šalmā、平和・完全)

𐡅𐡌𐡋𐡀𐡊𐡀: wmlʾkʾ(wəmalʾakā、使者・天使)

𐡇𐡆𐡅𐡕𐡀: ḥzwtʾ(ḥazūtā、幻・ヴィジョン)

𐡃𐡇𐡓𐡕𐡀: dḥrtʾ(daḥartā、自由・解放)

𐡌𐡇𐡀: mḥʾ(maḥā、打つ・浄化)


第二行

アラム文字: 𐡍𐡅𐡓𐡀 𐡃𐡉𐡃𐡏 𐡔𐡋𐡈 𐡅𐡉𐡒𐡃 𐡅𐡏𐡋𐡌𐡀 𐡔𐡁𐡏𐡀 𐡔𐡐𐡓𐡀 𐡌𐡆𐡏𐡆𐡏

母音を除いた翻訳文字:nwrʾ dydʿ šlṭ wyqd wʿlmʾ šbʿʾ šprʾ mzʿzʿ


𐡍𐡅𐡓𐡀: nwrʾ(nūrā、火・光)

𐡃𐡉𐡃𐡏: dydʿ(daydaʿ、知る・知識)

𐡔𐡋𐡈: šlṭ(šalaṭ、支配・権力)

𐡅𐡉𐡒𐡃: wyqd(wayqad、燃える・点火)

𐡅𐡏𐡋𐡌𐡀: wʿlmʾ(wəʿālmā、世界・永遠)

𐡔𐡁𐡏𐡀: šbʿʾ(šabʿā、七・完全)

𐡔𐡐𐡓𐡀: šprʾ(šaprā、美しい・輝く)

𐡌𐡆𐡏𐡆𐡏: mzʿzʿ(mizʿazʿ、揺さぶる・動揺)


第三行

アラム文字: 𐡂𐡁𐡓𐡉𐡀 𐡃𐡁𐡇𐡓 𐐐𐡇𐡋𐡉𐡍 𐡒𐡋𐡉𐡐𐡀 𐡃𐡂𐡅𐡔𐡌𐡀 𐡅𐡂𐡐𐡉 𐡓𐡅𐡇𐡍𐡉𐡀 𐡒𐡍𐡉𐡍

母音を除いた翻訳文字:gbryʾ dbḥr šḥlyn qlypʾ dgwšmʾ wgp rwḥnyʾ qnyn


𐡂𐡁𐡓𐡉𐡀: gbryʾ(gabrāyā、人々・勇士)

𐡃𐡁𐡇𐡓: dbḥr(dabḥar、導く・選ばれた)

𐡔𐡇𐡋𐡉𐡍: šḥlyn(šaḥlayn、休息・静寂)

𐡒𐡋𐡉𐡐𐡀: qlypʾ(qalīpā、剥がれた・啓示された)

𐡃𐡂𐡅𐡔𐡌𐡀: dgwšmʾ(dagūšmā、肉体・実体)

𐡅𐡂𐡐𐡉: wgp(wəgap、翼)

𐡓𐡅𐡇𐡍𐡉𐡀: rwḥnyʾ(rūḥānāyā、霊的・魂)

𐡒𐡍𐡉𐡍: qnyn(qanīn、正しい・所有)


第四行

アラム文字: 𐡀𐡋𐡄𐡀 𐡃𐡂𐡋𐡀 𐡍𐡄𐡌 𐡅𐡀𐡓𐡏𐡀 𐡁𐡒𐡏 𐡉𐡌𐡀 𐡓𐡈𐡇 𐡔𐡌𐡉𐡀 𐡁𐡃𐡌𐡀 𐡎𐡁𐡏

母音を除いた翻訳文字:ʾlhʾ dglʾ nhm wʾrʿʾ bqʿ ymʾ rṭḥ šmyʾ bdmʾ sbʿ


𐡀𐡋𐡄𐡀: ʾlhʾ(ʾalāhā、神)

𐡃𐡂𐡋𐡀: dglʾ(daglā、開示・啓示)

𐡍𐡄𐡌: nhm(nəham、慰め・休息)

𐡅𐡀𐡓𐡏𐡀: wʾrʿʾ(wəʾarʿā、土地・大地)

𐡁𐡒𐡏: bqʿ(baqʿā、裂ける・終末)

𐡉𐡌𐡀: ymʾ(yammā、海)

𐡓𐡈𐡇: rṭḥ(raṭaḥ、震える・動揺)

𐡔𐡌𐡉𐡀: šmyʾ(šamayyā、天)

𐡁𐡃𐡌𐡀: bdmʾ(badmā、血)

𐡎𐡁𐡏: sbʿ(səbaʿ、満ちる・満足)


これだけじゃあ、よくわからないですわ」


「アラム語の語彙は限られているから、聖書のアラム語や古代の碑文、詩文から適切な単語を選ばせて、詩の形式で翻訳させてみればいいんじゃないか?」

「なるほど。ええっと、『古文書文献史学研究室のデータベースより、聖書のアラム語や古代の碑文、詩文から適切な単語を選び、四行詩形式で日本語に翻訳せよ』でいいですかね?」

「いいんじゃないか?」


「さって、このプロンプトの結果は……


 幻視は頂点に達し、天使が終末の光景示す

 知識の火は燃え広がり、七層の世界が震え始める

 選ばれし者は物質の殻を脱ぎ、霊翼を得る

 デミウルゴスが咆哮し、地が裂け海は沸騰し、空を血に染める


あれ?唐突に『デミウルゴス』が出現したけど?」


「グノーシス主義の造物主の名前だが、AIが『デミウルゴス』が相当する言葉となぜ判断したのかな?」

「聞いてみましょう『四行目で、デミウルゴスと翻訳した理由は?』……

・dglʾ(daglā、開示・啓示)はヘブライ語の「dāgāl」(騙す、偽る、例: 詩篇4:2の「dəgāl」)に近い。

・標準意味は「開示・啓示」だが、物語の創作翻訳で「偽の」と解釈した。

・グノーシス的文脈(偽の神、物質世界の創造者)として「dglʾ」に投影された可能性がある。

……だそうです」

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