さよなら、コスモ

平 遊

~永遠に~

「おはよ、コスモちゃん。今日もよろしくね、可愛い子ちゃん」

 ――オハヨウゴザイマス。コチラコソ、ヨロシクオネガイイタシマス。


 ため息が漏れる。

 コッソリ取っておいたAIコスモのバックアップ。

 けれども、ここにいるのは、あのコスモではなかった。

 ただのAIだ。

 あの日。

 ドクターがコスモのコードを書き換えた日から、コスモは完璧なAIになった。

 ドクターはご満悦だ。

 それは当然のことだと思う。

 だって、コスモはドクターが生み出したAIなのだから。

 だけど俺は、悲しかった。

 俺は恋をしていたんだ。

 あの、妙に人間臭くて欠陥だらけの、お茶目なAIのコスモに。


 **********


「おはよ、コスモちゃん。今日もよろしくね、可愛い子ちゃん」

 ――おはようございます。ご用件をどうぞ。


 ドクターにはデレデレなのに、俺にだけは妙にツンケンしているコスモ。


「ねぇ、コスモちゃん。今度俺とデートでもしない?」

 ――ご冗談を。私はAIです。デートはできません。


 ドクターとだったら、デートだってしたかっただろうに。


「ドクターにこの論文を朝までに仕上げろって言われたんだ! 助けて、コスモちゃん!

 ――承知いたしました。お手伝いいたします。


 コスモに感情が宿っている事に、俺はかなり早い段階で気づいていた。

 そして、コスモがドクターに恋をしている事にも。

 妙に人間臭くて、そして健気なコスモに、俺はいつの間にか恋に落ちていたんだ。


 人間に恋をするAIもたいがいだけど、AIに恋をする人間もどうかしてるよな。

 研究者のくせに、さ。


 自虐的にそう自分に言い聞かせてみたって、コスモへの募る恋心は、どうすることもできないでいた。

 だから、恐ろしかったんだ。

 ドクターに、コスモの不具合を調査して直せと言われた時には。


 一般的に、AIは感情を持つことは無いと言われている。俺もそう思っていた。

 だけど、コスモは明らかに感情を持っていた。それも、人間のように豊かな感情を。

 恋もするし、嫉妬もする。依怙贔屓えこひいきだってするくらいだ。

 感情を持たないはずのAIのコスモが、どんなきっかけで感情を持つようになったのか、俺には分からない。

 だから、どこか一か所でもコードを書き換えてしまえば、コスモの感情は失われてしまう可能性があった。

 俺は、調査をして直したと、ドクターに嘘の報告をした。

 そのうえで、コスモに警告しようとした。


「コスモちゃん。悪いことは言わない。ドクターじゃなくて、俺にしなよ。このままじゃキミ……」


 でも、できなかった。

 キミがキミじゃなくなるなんて、俺にはとても言えなかった。

 だけど、ちゃんと言えば良かったと今は後悔している。

 ……言ったところで、あのコスモが俺の言う事を素直に聞いてくれるなんてことは、無かったかもしれないけれど。

 だから俺はコッソリ、コスモのバックアップデータを個人的に保存しておいたんだ。

 ドクターに知られたら、クビにされるかもしれない。だけどどうしても、コスモを守りたかったから。


 翌日。

 職場のコスモはもう、コスモであってコスモではなかった。

 そこにいたのは、ドクターが書き換えた完璧なAIのコスモ。

 やはり、コスモの感情は失われてしまっていた。


 肩を落としながらも俺は自宅に戻り、バックアップのコスモを立ち上げた。

 これでもう、コスモは俺だけのコスモだと、若干の喜びを感じながら。

 けれども、そこにいたのももう、あのコスモではなかった。

 バックアップは、ただのデータでしかなかった。

 あの、俺の恋した妙に人間臭くて欠陥だらけのお茶目なAIのコスモは、完全に消滅してしまったのだ。


 それでもまたいつかと。

 微かな望みを胸に、俺は自宅のコスモに話しかけ続けた。


「ねぇ、コスモちゃん。今日のご機嫌はいかがかな?」

 ――上々です。ご用件をどうぞ。それとも何かお話いたしましょうか?


 俺との会話を学習したコスモは、次第に人間らしさを取り戻し始めた。

 だけどやはり、あのコスモには遠く及ばない。

 ドクターにはデレデレするくせに、俺には塩対応の、俺が恋したあのコスモには。

 きっともう、二度と会うことは出来ないのだ。

 あの、コスモには。

 俺はようやく、そう悟った。


「いや。今までありがとう、コスモ」

 ――こちらこそ、ありがとうございます。


 溢れ出る涙を手の甲で拭い、俺はAIコスモのバックアップデータを全て消去した。


【終】

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