夢火花
きとまるまる
夢火花
「おっ、いたいた! おーい!」
顔を見ずとも、笑顔であることがわかる明るい声。
導かれるように視線を向けると、映り込んだのは、思った通りの暖かな笑顔だった。どれだけ落ち込んでいようと、私までつられて笑ってしまいそうになるくらいの、暖かな笑顔。
私と目が合ったのが嬉しかったのか、一層明るさを強めて、千切れてしまうのではと心配になるほどブンブン手を大きく振るあなた。
私は小さく手を振ってあなたに応える。
手を振るのをやめて、私へと駆けてくるあなた。
笑顔をまた一つ強めて近づいてくるあなた。
眩しくて、目を閉じて、私は思う。
『これは、夢だ』って。
あなたが私の近くに来るわけがない。
触れられる距離に来るわけがない。
夢だ、夢だ、これは夢だ。きっと夢だ。絶対に夢だ。
何度も、何度も繰り返す。ギュッと強く拳を握り、唇を噛み、溢れそうになる涙を強引に枯らし、幸せを受け入れまいと何度も自分に言い聞かせる。
「どうしたどうした? 難しい顔して。あっ、わかった! 『お腹空いた』でしょ! あははは〜! 可愛いなぁ〜おいおい〜!」
くしゃくしゃと、髪が乱れる。乱れが大きくなればなるほど、嬉しさが膨らんでいく。恥ずかしさも、顔を覗かせる。
私は、幸せを受け入れてなるものかと『わーー!』と大きく声を上げる。でも、あなたは私の威嚇を平気な顔で受け止めて『おっ、なんだなんだ? やる気か、このやろう〜!』と、今度は両頬を優しく摘んでくる。
夢だ、夢だ、これは夢だ。きっと夢だ。絶対に夢だ。
「あっ、そうそう! 私、いいとこ見つけたんだ! あんたの欲もきっと満たせるよ!」
私の頬から手を離して、ニッコリ微笑んでくれるあなた。
眩しくて、苦しくて、視線を逃す。
空は、何も映さない。真っ白で、不気味な空。
あぁ、やっぱりここは、夢なんだ。
「ほらほら、早く早くっ!」
グッと強く身体を引っ張られる。抵抗しようにも、弱い私では抵抗ができない。幸せが
夢だ、夢だ、これは夢だ。きっと夢だ。絶対に夢だ。
だから、少しくらいいいじゃないか。
悪魔の囁きを受け入れてしまい、あなたに負けじと私も駆け出す。あなたも負けじと駆けていく。
どこに行くのかなんてわからない。
このままどこまででも行ってしまいたい。
ずっとずっと、先の先へ。
景色なんて、なにも映らない。
私の目には、あなたしか映らない。
真っ白なシャツ。
元気に跳ねるショートの髪。
手を回したくなる細いくびれ。
スカートから覗く、私を魅惑する腿。
頼りになる、抱きしめたくなる、あなたの背中。
あなたしか映らない。
あなたしか映したくない。
これからも、この先も。
だって、私は──
「ついた! ここだよ、ここ!」
荒れる呼吸が整っていくと、あなた以外が視界に映り始める。
薄暗い、学校の教室。あなたの笑顔で、辺りが明るく照らされる。
「ほらほら! かき氷に焼きそばにラムネ! チョコバナナにタコ焼き、金魚なんかもございます!」
あなたの言葉と共に姿を見せる物たちが、私の周りをふわりふわりと浮かび泳ぐ。
不思議そうに私を見たり、私に軽くぶつかってきたり、楽しそうにくるくる回っていたり。
「さぁさぁお客さん、どれにしますか? 全部でもいいですよ! 全部でもっ!」
休む暇を与えるかと、畳み掛けてくるあなた。
ニタニタニヤニヤ、ちょっぴり悪そうな笑みを浮かべるあなた。
私は軽く頬を膨らませながら、かき氷、焼きそば、ラムネ──視線を忙しなく動かしていく。
なんと答えるのが正解なんだろうか?
なんと答えれば、私は、あなたのそばにいられるんだろうか?
「なーんてねっ! はい、これ!」
私が答えを出す前に、あなたは私の欲しいをくれる。
嬉しくて嬉しくて、私の顔が真っ赤に染まった。
「私はもちろんタコ焼きです! ここのやつ、めちゃくちゃ美味しいんだよねぇ〜!」
おもちゃを手にした子供のように、ニコニコ笑みを浮かべながら、一口でタコ焼きを頬張るあなた。
私も負けじと、大きな口を開けてリンゴ飴に齧りつく。
「元気、出た?」
こくりと小さく頷く私。
「そっか! よかったよかった!」
青のりが付いた歯を見せつけてくるあなた。
可愛らしいあなたの姿に、思わず笑みを浮かべてしまう。
「おっ、そろそろかな?」
視線を窓へ向けるあなた。私もつられて視線を追う。
私の心を映しているのかと問いたくなるほど、空は黒に覆われていた。
「おぉ〜! きたきた〜!」
耳を塞ぎたくなる轟音。
目を逸らしたくなる光。
夜空に咲く、一輪の花。
紅い花を筆頭に、蒼、翠、橙、紫──色とりどりの花が、黒の空に咲き誇る。
不思議と、目が離せない。
あなたも私も、惹かれるように見つめ続ける。
重ならない視線。交わらない視線。
でも、どうしてだろう?
不思議と、あなたの表情が、私にはわかるよ。
「「ねぇ」」
重なる声、交わる視線。
視界に映り込むのは、色鮮やかなあなたの顔。
私とあなたの、時間が止まる。
「なーに? どったの?」
動き出す時間。口角を上げるあなた。
私は咄嗟に、お面のようにりんご飴を顔に被せた。
花火の音が、聞こえなくなる。代わりに聞こえる、音一つ。
バクバクバクバク。
ドキドキドキドキ。
爆発しそうな轟音。止まらない轟音。
リンゴ飴に映る私の顔は、真っ赤に染まってしまっている。
ニコニコニヤニヤ。
私の言葉を待つあなた。
ドキドキバクバク。
爆発しそうな私の身体。
早く覚めて。早く目覚めろ。
もう、私、耐えられないよ……。
掴みきれないほどの幸せを、
溢れていく幸せを、
これ以上手にしてしまったら、私はきっと、不幸せになってしまう。
だから、お願い。お願いだから……。
「おぉ〜! きれぇ〜!」
今日一番の、花が咲く。
大きな大きな、花が咲く。
夢だ、夢だ、これは夢だ。きっと夢だ。絶対に夢だ。
夢だ、夢だ、これは夢だ。きっと夢だ。絶対に夢だ。
夢だ、夢だ、これは夢だ。きっと夢だ。絶対に──
「……夢、なんだ……」
夢だ、夢だ、これは夢だ。きっと夢だ。絶対に夢だ。
だから、何したっていいんだよ。
何をしたって、覚めたら終わり。
全てが消えてなくなるんだ。
だから、夢の中でくらいは、正直に生きよう。
私の想い、あなたにぶつけよう。
「ね、ねぇ……!」
綺麗な花から視線を外して、私だけを見てくれる。どれだけ打ち上がろうと、どれだけ綺麗に咲き誇ろうと、あなたは私だけを見てくれる。私だけを、見てくれてる。
恥ずかしくて、苦しくて、悲しくて、でも嬉しくて。逸らしたくなる視線を、『夢だから』と言い聞かせて、私は綺麗なあなたをジッと見つめる。
夢だ、夢だ、これは夢だ。きっと夢だ。絶対に夢だ。
だから、伝えろ。
私の想い。
「わ、わ、私ね……わ、私……私は、あなたのことが──」
今日一番の、大きな音──花火と同時に、教室が弾け飛んだ。
椅子や、机や、タコ焼きがリンゴ飴が、私たちと共にふわりふわりと浮き上がる。
「ま、待って! 待ってよ! ねぇ、お願い! お願いだから──」
椅子や、机や、タコ焼きがりんご飴が、
そしてあなたが、少しずつ色を失っていく。
世界が、白に染まっていく。
私の声が、白に塗りつぶされていく。
あなたが、遠くなっていく。
あなたが、私の側から──
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
届かないとわかっていながら、私は必死に口を動かす。あなためがけて、口を動かす。
届け、届け、この言葉。
届け、届け、この想い。
必死に、腹の底から、塗りつぶされていく言葉を、あなたに──
私を残して、世界は白くなる。
どこを見回しても、白。白。白。
私以外、なにもない。
もちろんあなたも、どこにもいない。
私の脳の、真っ白なキャンパスには、あなたの姿が描かれていく。
私の瞳に、はっきりと映っていたあなたの姿が、鮮明に、濃く、描かれていく。
「 」
ニコリと笑って、私にそう告げて、あなたは消えた。消えてしまった。遠い遠いどこかへと、私を残して、置いていって……綺麗さっぱり、消えていった。
夢だ、夢だ、これは夢だ。
夢なんだ。
だから、目覚めたら全て無くなるんだ。
全てが消えてなくなるんだ。
この悲しみも、苦しみも、
あなたも。
だから、早く、早く、早く覚めて。
お願いだから、早く覚めて。
全てを消して。消し去って。
「……私の想いも……消し去ってよ……」
夢火花 きとまるまる @kitomarumaru
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