黒田課長(犬)が、今日も可愛すぎる。

望汰 小璃衣

課長に挨拶する。

「君、今日から配属だね? さっそくだけど、課長に挨拶してきて。」


柴田主任が角の個室を指さした。


新卒研修を終えてやっと配属の日だ。

ずっと希望していた営業部。今日から。やっと。


新たに始まる日常に興奮が抑えきれない僕は、朝からニヤニヤが止まらない。


この会社「ワンダー株式会社」には伝説の営業課長がいるという。


倒産寸前まで傾いていた業績を、この課長がV字回復させたらしい。


そんな課長をひと目見たくて、たくさん学んで、たくさん吸収して、僕も伝説になりたい。そんな想いで就活をした一年前。


ついに、課長に。

伝説の人に会えるんだ。


課長室のドアノブを握り、そっと回す。

ドアを開けた瞬間。

僕は言葉を失った。





椅子の上でスーツを着こなし、ネクタイを器用に結んだトイプードルいた。

しかも、MacBookを叩いている。

手――いや、前足で。



「おはよう。新入りの山田さんだね?」


しゃ、しゃべった。

それも流暢な日本語で。



「えっ、あの、はい。山田です……えっと」

「トイプードルの黒田だ。課長をしている。」


さらっと名乗られたが、情報が多すぎる。


「これでも昔は営業でブイブイ言わせていたんだ。分からないことがあればなんでも聞いて欲しい。」

「は、はぁ……。」


「なにか不思議そうな顔をしてるね?…あぁ、日本語を話すのが意外かな?」

「え?」


黒田課長はイスをくるっと回し、軽く尻尾を振った。


「ハーフに見えるだろうが、日本語は得意でね。コミュニケーションは心配しないでくれ。」

ふん、と自信あり気な顔をする課長。


「ちなみに僕は、五か国語を話せる。」

「えっ」

「日本語、英語、フランス語、ドイツ語、そして――犬語だ。」

「犬語!?」

「Woof.(※翻訳:やる気出してこーぜ)」


一瞬でなにかを失った気がした。





午前9時。

朝会が始まる。黒田課長はホワイトボードの前に立ち、マーカーを器用に咥えて議題を書き出した。


【本日のアジェンダ】

・今月の営業目標について

・新製品の勉強会

・新しいおやつの導入



「……最後のやつ何ですか」

「福利厚生の一環だ。犬も人も、休憩時の糖分は重要だろう?」


会議室が静まり返る。

唯一うなずいたのは、隣のデスクの柴田主任だった。

「たしかに。僕もグミ補給しないと死にます。」


会社って、こんな世界だったっけ。


犬が話すこと、そして、伝説の課長が犬だったことで頭がいっぱいで仕事が頭に入らない。


あっという間に昼休みの時間になった。


事務の田中さんが買ってきてくれたお弁当の隣には、当然のようにドッグフードの袋。


「今日もチキンベースか。たまには魚がいいな。EPAが足りん。」

「課長……健康意識が高いですね」

「当然だ。部下が倒れたら困るからね。

 僕が倒れたら……ただ可愛いだけじゃ済まないだろう?」


言ってからウィンクした。

犬のウィンクなのに、なぜか色気があった。







夕方。

退社間際、黒田課長が私に向かって言った。


「山田くん、今日の働き、Good jobだ。」

「ありがとうございます!」

「ワンワン。(※翻訳:明日も頑張れ)」

「……ありがとうございます(?)」


ドアを出るとき、私は気づいた。

黒田課長のイスの後ろに、小さなステッカーが貼ってある。


“管理職研修:ドッグトレーナー認定済”


……なんか全部、納得した気がした。



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