第27話 再会の夜明け
雪がはらはらと舞い降り始めた。
街灯の下で舞う白い羽毛が、まるで二人の時間をそっと包み込むように、静かに降り積もっていく。
亮はマフラーを巻き直しながら、吐く息を白く揺らした。
胸の奥がぎゅっと痛む。
もう何度、この街を歩いただろう。
真司と初めて手をつないだ冬の道。コンビニの前で笑い合った夜。
どれも時間の向こうに置き去りにしてきたはずなのに、今日に限ってやけに鮮やかに蘇ってくる。
――もう一度だけ、会いたい。
それがどんな結末をもたらすとしても。
そう思いながら、亮は電車に乗った。
真司の暮らす街まで、二時間半。
窓の外を流れる景色はぼやけ、涙と雪の境界が曖昧になっていく。
同じ頃、真司は駅前のベンチに座っていた。
手にはホットコーヒー。
冷え切った指先にわずかな温もりを感じながら、遠くを見つめている。
なぜだろう。
ふと、今日に限って、亮のことを強く思い出していた。
あの笑顔。
少し不器用なくせに優しくて、いつも人の心の奥を見抜いてしまう目。
「……亮」
名前を呟いた瞬間、胸の奥がじゅわっと熱くなった。
自分がどれだけ彼を恋しく思っていたのか、そのとき初めて気づいた。
「俺、まだ――君のこと、好きなんだ」
雪が頬に触れ、すぐに溶けた。
その冷たさが、涙の温度とまざっていく。
夕暮れが落ちる。
亮の乗った電車が、静かにホームに滑り込んだ。
車内アナウンスが遠くで響く。
「終点、東京駅――」
扉が開いた瞬間、冷たい空気が頬を刺す。
けれど、それよりも強く胸を締めつけたのは――
ホームの端に立っていた、ひとりの人影だった。
「……真司」
亮が小さく息を呑む。
マフラーの隙間から覗いた顔。
変わっていないのに、どこか大人びて見えた。
真司もまた、亮を見つめたまま動けなかった。
言葉が出なかった。
ただ、永遠の一秒のような時間だけが凍りついたように流れていく。
その沈黙を破ったのは、亮の震える声だった。
「……ごめん。何度も、連絡しようとして……できなかった」
「俺のほうこそ。ちゃんと話せばよかったのに、怖くて……」
真司の声はかすれていた。
お互いを責めるでもなく、ただ傷つくことを恐れて避けてきた時間。
その重みが、二人の間に積もった雪のように静かにゆっくりと降り積もっていた。
「寂しかったよ、真司」
「俺も……亮に、会いたかった」
その瞬間、亮の目から涙が零れ落ちた。
真司も堪えきれずに泣いた。
言葉なんてもういらなかった。
気づけば、亮が駆け寄っていた。
雪を踏みしめる音と、心臓の鼓動だけが響く。
そして――二人は、抱き合った。
冬の冷気が肌を刺しても、その抱擁だけは温かかった。
手が震えるほど強く、互いを確かめ合うように。
「ねえ、もう離れないで」
「離れない。……もう二度と」
真司の声が亮の肩に沈み、亮の涙が真司のコートを濡らす。
そのぬくもりが、痛みを溶かしていくようだった。
雪が静かに降り続いていた。
ホームの照明が白く滲む中で、二人はようやく顔を上げた。
「ねえ、真司」
「うん?」
「この空の下で、また一緒に笑えるかな」
真司は微笑んで頷いた。
「笑えるよ。だって――君がいる」
その言葉に、亮は泣き笑いのような顔をした。
溢れる涙の向こうで、ようやく見つけた“再会の夜明け”。
冷たい夜の空気の中、
二人の手が、もう二度と離れないように、そっと絡み合った。
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