第55話 天使軍襲来
「次元の裂け目の向こう——神界の座標を特定する」
シノンの周囲に、半透明のウィンドウが次々と展開された。
それは、まるで彼の思考が可視化されているかのように、複雑な数式とグラフが明滅する。
「健太は、それまで時間を稼いで」
「まかせろ」
俺は、反重力スラスターを起動させた。
背中から青白い光が噴射され、体が——宙に浮く。
そして、空へ。
無数の天使が待つ、戦場へ。
「喰らえ!」
俺は、単分子カッターを振るった。
三日月形の光の刃が、天使たちに向かって放たれる。
だが——
光刃は、天使の体を素通りした。
「効かない!?」
『天使には聖剣技は効かないみたいだね』
シノンの冷静な声が、通信機から響く。
「なら——」
俺は、無詠唱で火球を生成した。
一つ、二つ、三つ——
無数の炎が、俺の周囲に浮かび上がる。
「これでどうだ!」
火球が、天使の群れに殺到する。
ドガァッ!
爆発が、三体の天使を吹き飛ばした。
天使たちは倒れ——
そして、すぐに立ち上がった。
鎧に焦げ跡はある。だが、致命傷には至っていない。
「効いてはいるけど、倒しきれない!」
俺は、歯を食いしばった。
魔法が効かないなら——
「物理で行くしかない!」
俺は、急降下した。
単分子カッターの刃が、天使の白銀の鎧を切り裂く。
ザシュッ!
天使の右腕が、綺麗に切断された。
「よし! 物理は効く!」
だが、天使は怯まない。
痛みを感じないかのように、左手で剣を持ち替え——襲いかかってくる。
俺は、横に跳んで回避。
振り返りざまに、首を狙って斬撃を放った。
ズバッ!
天使の頭部が、宙を舞う。
光の粒子となって、消失した。
「一体!」
だが——
一体倒しても、また一体。
空の裂け目からは、次々と新しい天使が湧き出てくる。
まるで、終わりのない悪夢のように。
*
【エデン、第三居住区、共有ラウンジ】
大型ホログラムスクリーンには、地上での戦闘が映し出されていた。
空を舞う健太。
群がる天使たち。
その数は——数えきれない。
『健太様、めっちゃ頑張ってる!』
『でも、天使多すぎだろ』
『というか、どんどん増えてね?』
『空から湧いてきてる』
『これ、勝てるの?』
『健太様なら大丈夫でしょ』
画面の中で、健太が雷魔法を放った。
雷撃が、天使を直撃。
天使が痺れ、動きが止まる。
その隙に、健太が接近。
単分子カッターで、首を斬り飛ばした。
『おおおお!』
『やった!』
『健太様かっこいい!』
だが——
『でも魔法、あんまり効いてなくね?』
『雷でも、止まるだけか』
『天使、タフすぎ』
『……これ、ヤバくね?』
『撃破ペース、遅すぎるだろ』
『というか、出現ペースの方が早い』
『これ、詰んでね?』
『シノン様、何とかして!』
画面の中で、健太の動きが——わずかに、鈍くなっていた。
*
「はぁ、はぁ……」
俺の息は、上がり始めていた。
すでに、数十体は倒した。
だが、周囲の天使の数は——減っていなかった。
むしろ、増えている。
「シノン、このままじゃ——」
『分かってる。このままじゃ、ジリ貧だ』
「なんとかならないのかよ!」
俺は、迫ってくる天使を炎で牽制しながら、叫んだ。
『なんとかするよ。だから、あと少しだけ持ちこたえて』
「あと少しって、どのくらいだよ!」
『あと15分で、座標が特定できる』
「15分……」
『健太、魔力の残量は?』
「半分、切った……」
『だったら、魔法は温存して。物理戦闘に集中して』
「物理って、この剣だけで、この数を相手にしろってのかよ!」
『できるよ。だって、君は勇者だから』
「勇者だって、疲れるんだよ!」
俺は、再び迫ってくる天使に向かって走った。
いや、走ったというより——スラスターで飛んだ。
剣を振るう。
一体、斬る。
二体目、避けて、首を落とす。
三体目——
「くっ!」
剣が、鎧に阻まれた。
魔法障壁が、展開されている。
俺は、至近距離で炎を放った。
爆発で、障壁が消える。
その隙に、剣を突き刺した。
ザクッ!
天使が、消える。
「はぁっ、はぁっ……」
だが、止まれない。
止まれば、囲まれる。
俺は、動き続けた。
斬って、避けて、魔法で牽制して、また斬る。
体が、重い。
腕が、痺れる。
視界が、揺れる。
*
【エデン、共有ラウンジ】
『健太様、めっちゃ頑張ってるけど……』
『疲れてきてね?』
『動き、さっきより遅くなってる』
『魔力も減ってるみたいだし』
『これ、本当に大丈夫なの?』
画面の中で、健太がつまずいた。
天使の剣が、振り下ろされる——
健太は、ギリギリで転がって回避。
『危ねぇ!』
『ヒヤッとした』
『健太様、無理しないで!』
『シノン様、早く助けて!』
『健太様、持つか……?』
『頑張ってるけど……』
『天使、全然減ってないぞ』
『むしろ増えてんじゃねぇか!』
『これ、無理ゲーでは?』
『シノン様、何か手はないの!?』
*
「シノン……まだか……」
俺は、膝をついた。
魔力も、体力も、限界に近い。
周囲には、数百の天使。
その視線が、全て俺に向けられていた。
「くそ……こんなところで……」
天使たちが、一斉に迫る。
もう、避けられない。
俺は、剣を構えた。
せめて、最後の一撃を——
その時だった。
ヒュンッ!
空気を裂く音。
次の瞬間、最前列の天使の頭部が——爆発した。
「な……!?」
天使が、崩れ落ちる。
ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!
立て続けに、周囲の天使が次々と頭部を失った。
「これは……」
俺の視界に、青白い光の筋が見えた。
レーザー?
いや、違う。
何かが、超高速で飛んできている。
そして、天使を——正確に、頭部だけを撃ち抜いている。
『——ごめん、健太。待たせた』
シノンの声が、いつもの調子に戻っていた。
『座標解析、完了』
「やっと……かよ……」
俺は、その場に座り込んだ。
全身が、痛い。
もう、動けない。
だが——シノンの声は、続く。
『これから、本気出すよ』
街に設置された多連装迫撃砲システムが起動する。
再び無音で、無数の迫撃砲弾が天へ向かって射出された。
今度の弾頭は、輝く核弾頭とは異なり——漆黒の金属で覆われている。
「今度は、何を……」
俺が呟いた瞬間。
漆黒の弾頭が、天使軍の最上空、高度三千メートルに達し——
一斉に、開裂した。
金属の塊が、数十万——いや、数百万に及ぶ漆黒の「子弾」をばら撒く。
それは、まるで空から降り注ぐ黒い雨のように見えた。
「なんだ、あれ……」
だが、それらは重力に従うだけの物体ではなかった。
子弾の一つ一つが——動いている。
まるで、生きているかのように。
『全標的ロック。攻撃プロファイル自動生成』
シノンの声と共に、漆黒のドローンの群れは——
一斉に、加速した。
数百万のドローンが、音もなく、光の軌跡も残さず——
しかし、絶対的な速度で天使たちへと殺到する。
天使たちは、最初は何が起こっているのか理解できなかったようだ。
彼らが認識したのは、己の聖なる光を吸い込むかのような——
悍ましい闇の波が迫ってくる、異様な光景だけ。
障壁を展開する。
だが、数体のドローンが容赦なく体当たりして——爆発する。
次の瞬間。
漆黒のドローン群は、防御を失った天使たちへと殺到した。
個々の天使は、同時に数百の敵に襲われる。
翼の付け根、喉、そして光り輝く身体の中央——
ドローンは完璧なプログラムに従い、天使の弱点へと正確に突撃した。
ドローンが天使に触れるたび、微小ながらも高密度の爆発が起こる。
天使の身体を、容赦なく引き裂いていく。
数万の天使が、悲鳴を上げた。
いや、悲鳴すら上げられない。
ただ——堕ちていく。
巨大な翼は千切れ飛び、光を失い、美しい身体は黒い煙を上げて——
宙を舞った。
それは、優雅な舞ではない。
無数の人形が操り糸を切られたように、一斉に落下していく光景。
わずか三十秒。
全ての天使が、輝きを失い——
大地へと、塵芥のように墜落していった。
「……すげぇ」
俺は、ただ呆然と——空を見上げることしかできなかった。
空には、漆黒のドローンが飛び交う残像と——
焦げ付くような、硫黄の匂いだけが残された。
そして——
天使を吐き出し尽くした亀裂が、慌てたように閉じていく。
まるで、恐怖から逃げるかのように。
*
【エデン、共有ラウンジ】
『シノン様の攻撃キターーーー』
『なにあれ、虫?』
『爆発してる!』
『どんどん天使が落ちてくぞ』
『まさに堕天使w』
『見ろ!天使がゴミのようだ!』
『次元の裂け目が閉じてくぞ』
『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
『かったぞー!』
『勝利!』
『シノン様つえー!』
『健太様もお疲れ様!』
『二人とも最高!』
*
「健太、大丈夫?」
シノンが、俺の隣に降り立った。
「ああ、なんとかな……」
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
全身が、悲鳴を上げている。
だが——まだ、終わりじゃない。
「首尾は?」
「神界の座標を突き止めた」
シノンは、満足げに言った。
「じゃあ——」
「うん。ダンジョンコアを使って、乗り込もう」
俺は、空を見上げた。
さっきまで亀裂があった場所を。
もう、そこには何もない。
ただ、青い空が広がっているだけ。
だが——その向こうに、神がいる。
「神だかなんだか知らねえが——」
俺は、剣を構え直した。
「首洗って待ってろよ」
風が、吹いた。
それは、もう熱を帯びてはいなかった。
ただ——
静かな、風。
嵐の前の、静けさ。
そして、俺たちは——
神の居場所へと、向かう。
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