第49話 帝国暗部・情報分析課報告書-5-

【帝国暗部・情報分析課報告書】


件名:アルカディア・ガルダ=ラグナ戦争


事象概要

アルカディア・ガルダ=ラグナ戦争の発端と、結果


一、ケンタ・サトウ、シノンの引き渡し要求

・王国は、国王及び王太子殺害容疑で、ガルダ=ラグナに対し両名の引き渡しを要求。

・ガルダ=ラグナ評議会はこれを拒否

・王国がガルダ=ラグナに宣戦布告


二、戦争の推移

・野戦では、ケンタ・サトウが王国軍を圧倒するも、別働隊に街を襲撃され籠城を選択。

・攻城戦では新型魔道具と思われる結界に阻まれ、王国軍は攻めあぐねる。

・王国軍が、密かに掘っていた地下トンネルから、街を強襲。市街戦に。

・数に押されるガルダ=ラグナだったが、ケンタ・サトウが単騎で本陣を強襲。大将バルバロッサを打ち取る。

・大将を討ち取られ、ケンタ・サトウに追撃された王国軍は瓦解。


三、周辺国への影響

・ 王国軍の敗残兵が野盗化し、周辺各国の治安は著しく悪化。

・ガルダ=ラグナに「楽園」があるとの噂が広がり、難民が押し寄せる。

・ガルダ=ラグナがこれを大規模に受け入れ、周辺国の労働人口は激減。


四、教会の動向

・王国を秘密裏に勇者召喚を行った咎で、破門。

・ケンタ・サトウを王国を討った真の勇者として、勇者認定。

・枢機卿筆頭を含む使節団がガルダ=ラグナへ移動中。


 *


 報告書を読み終えた私は、羊皮紙の束を置き、深く息を吐いた。

 窓の外に広がる帝都の夜景。無数の灯火が、星のように瞬いている。

 あの灯火の一つ一つが、人の営みだ。家族がいて、仕事があり、ささやかな幸せを求めて生きている。

 その全てが——あの二人の掌の上にある。


「……まさか、ここまでとはな」


 私は自嘲気味に呟いた。

 最初に彼らの報告書を書いた時、私は彼らを「高度な破壊工作員」だと分析した。

 王都での経済破壊、学園都市での社会変革、ダンジョン都市での権力掌握。

 全てが計算され尽くした、完璧な作戦に見えた。


 だが——違った。


 彼らは、そんな生易しいものではなかった。


「……彼らは、世界そのものを作り変えている」


 ガルダ=ラグナは、もはや一つの都市国家ではない。

 地上を捨て、ダンジョンの中に理想郷を築いた。労働も貧困も存在しない、完璧な社会。

 そこに、周辺国から人が集まる。難民が、流民が、夢を見る者たちが。


 三万、五万、十万——


 噂を聞きつけ、希望を抱いて、彼らは集まり続けるだろう。

 そして、周辺国は人を失う。

 労働力を、兵力を、税収を。

 国家の基盤が、静かに、しかし確実に崩れていく。


「……恐ろしいのは」


 私は報告書の最後のページを見つめた。


『教会、ケンタ・サトウを真の勇者として認定』


「彼らが、もう『悪』ではないということだ」


 教会が彼らを勇者と認めた。

 これは、単なる政治的判断ではない。

 民衆が、彼らを救世主として見始めたということだ。


 王国を討ち、街を守り、難民を救う——

 完璧な英雄譚だ。


 そして、その英雄が作り上げた楽園には、誰もが入れる。


「……我々は、何と戦えばいい?」


 力で潰すか?

 だが、彼らはダンジョンマスターだ。ダンジョンそのものが彼らの武器であり、要塞だ。


 経済で締め上げるか?

 だが、彼らにはダンジョンの無限の資源がある。貨幣経済すら必要としていない。


 民衆の支持を奪うか?

 だが、彼らは既に民衆の希望そのものになってしまった。


「……詰んでいる」


 私は、自分の分析が正しいことを願いたくなかった。

 だが、事実は動かない。


 ケンタ・サトウとシノン。

 この二人は、戦争に勝ったのではない。

 戦争を利用して、新たな世界秩序の礎を築いたのだ。

 そして——これはまだ、始まりに過ぎない。


「次は、何をする?」


 彼らの目的は、まだ見えない。

 富か? 権力か? それとも、世界征服か?


 いや、違う。


 富も権力も、彼らにとっては手段に過ぎないように見える。

 彼らは、何か別の——我々には理解できない、もっと大きな目的を、持っている。


 そして、その『目的』が何であれ——

 彼らが動くたびに、世界が変わる。


「……その目的が、何なのか」


 それが分かれば——

 いや、分かったところで、我々に止める手段はないのだが。

 

 そして、その『何か』が実現した時——


「……世界は、二度と元には戻らない」


 私は報告書を封筒に入れ、封蠟を押した。

 この報告書は、皇帝陛下に直接届けられる。

 そして、帝国は——おそらく、何もできない。

 いや、何もしない方がいい。

 下手に動けば、彼らの次の『作品』の材料にされるだけだ。


「……せめて、観客でいさせてくれ」


 私は窓の外を見上げた。

 夜空に、星が瞬いている。

 その星空の向こうに——神がいるのだとしたら。

 神は今、何を思っているのだろうか。

 自分が作った世界が、二人の異邦人によって、これほどまでに変えられていくのを——


 楽しんでいるのか。

 それとも、怒っているのか。


「……いずれにせよ」


 私は報告書を抱え、執務室を出た。

 長い廊下を歩きながら、私は確信していた。

 この物語の結末は——


 神と人間の、最後の決戦になる。

 そして、その時——

 帝国も、教会も、王国も。

 全ての国家が、ただの観客になる。


 舞台の上に立つのは、ケンタ・サトウとシノン。

 そして、神。


「……歴史の目撃者になれるだけでも、光栄、か」


 私は自嘲的に笑った。

 だが、その笑みは——どこか、期待に震えていた。



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