第38話 帝国暗部・情報分析課報告書-4-
【帝国暗部・情報分析課報告書】
件名:ダンジョン都市ガルダ=ラグナにおける要観察者の行動観測
事象概要
対象者二名(ケンタ・サトウ、シノン)のガルダ=ラグナ滞在中、以下の事象を観測。
一、三大ギルドの連鎖崩壊
・赤牙連の瓦解
- 対象者二名、赤牙連のパーティーとともにダンジョンへ入場。パーティーは全滅したが、二名のみ帰還。
- 事態を疑ったクランリーダー、ドルガが決闘を要求。ケンタ・サトウがこれに勝利。
- ドルガの敗北により、「力」を源泉とする赤牙連の求心力が喪失。組織は自然崩壊。
・黄金の環の破産
- 対象者の実力を見抜いた黄金の環が、独占契約を提案。指名依頼という形式で契約を締結。
- 契約後、黄金の環の資金力を大幅に上回る高品質素材が継続的に供給される。
- 資金繰りのため在庫を市場放出。結果、相場が一時的に下落。
- それでも買取資金が枯渇し、契約を一方的に解除。
- 対象者は契約解除後も、他ギルド経由で高階層素材を大量供給。
- 黄金の環は処分不能な在庫を抱えたまま破産。「資産」を源泉とする支配構造が瓦解。
・シルバーウォードの失墜
- シルバーウォードが対象者をクランに取り込もうと画策するも拒絶される。
- 報復として街の商会に圧力をかけようと試みるも、効果なし。
- ダンジョンの転送の間を実力で占拠。しかし、ダンジョンマスター権限を得たシノンにより強制排除。
- 独善的な「正義」の押しつけが市民に疑問視され、支持基盤が急速に崩壊。
- ダンジョンへの入場も禁じられ、もはやダンジョン都市での活動は不可能。
二、ダンジョン完全制覇
・対象者二名、ダンジョンの最深部到達を確認。最奥の転送陣からの帰還が複数の証言により裏付けられている。
・ダンジョンコアからマスター権限を獲得したと公表。
・シルバーウォードの入場禁止措置を実行したことで、権限の実在性を証明。
三、ダンジョンマスター権限の掌握
・ 対象者によれば、ダンジョンマスターは「ダンジョンのあらゆる内容を変更できる」とのこと。
・ガルダ=ラグナ評議会は、二名に「ダンジョンマスター」の称号を授与し、名誉評議員に任命。
・これにより、対象者は都市の最高意思決定機関への影響力を獲得。
四、都市の現状変化
・赤牙連の消滅により、冒険者の自由な活動が活性化。依頼達成率が向上。
・黄金の環による市場操作が消失し、健全な価格競争が復活。経済活動が上向き。
・シルバーウォードの自警団が消滅したにもかかわらず、治安悪化は観測されず。むしろ市民の自治意識が向上している模様。
*
「……ついに、隠れることをやめたか」
私は報告書を三度読み返した。だが、結論は変わらない。
たった二人だ。たった二人の人間が、ガルダ=ラグナの権力構造を——数百年かけて築かれた三大ギルドという秩序を——わずか数週間で完全に破壊した。
しかも、すべてが合法的だ。決闘は正当な手続きを踏んでいる。契約は双方合意の上だ。ダンジョンマスター権限は、ダンジョン制覇という正当な手段で獲得された。
誰も、彼らを糾弾できない。
だが、最も恐ろしいのは——
赤牙連からは『力』を
黄金の環からは『資産』を
シルバーウォードからは『正義』を
それぞれの権力の源泉を、ピンポイントで破壊している。
まるで、相手のフィールドで戦うことを楽しんでいるかのような、余裕すら感じられる。
王都での経済破壊。
ラスタルでの政治工作。
学園都市での社会変革。
そして今回——権力そのものの掌握。
「……奴らは、毎回、手口を変えてくる」
私は煙草に火をつけ、深く煙を吸い込んだ。苦い煙が肺を満たす。
中立都市国家ガルダ=ラグナ。
帝国、王国、教皇国——すべての大国が互いを牽制し合う緩衝地帯。
三大ギルドは、その微妙なバランスの上に成り立っていた。赤牙連は王国寄り、黄金の環は帝国寄り、シルバーウォードは教皇国寄り。どの勢力も完全には支配できず、だからこそ中立が保たれていた。
それが——消えた。
そして、空白地帯に現れたのは、ダンジョンマスターという、誰も予想しなかった絶対的な権力者だ。
「……三竦みが、崩壊した」
これは、好機でもあり、危機でもある。
王国も教皇国も、今頃同じことを考えているはずだ。この混乱に乗じて、ガルダ=ラグナを自国の影響下に置こうと。
だが——
「ダンジョンマスター権限」
報告書には「ダンジョンのあらゆる内容を変更できる」とある。
……あらゆる内容、か。
つまり、極論すれば——彼らは望めばダンジョンを閉鎖できる。
ダンジョン都市において、ダンジョンが閉鎖されれば都市は死ぬ。冒険者は去り、商人は去り、職人は去る。街は廃墟と化す。
逆に、ダンジョンを管理し、繁栄させることができれば——ガルダ=ラグナは、どの大国よりも豊かになりうる。
そして、その生殺与奪の権限を持つのは——たった二人だ。
私は灰皿に煙草を押しつけた。
「……問題は、奴らの意図が読めないことだ」
王都では経済を破壊した。ラスタルでは政治を混乱させた。
学園都市では、帝国を蝕む毒を仕込んだ。
だが今回は権力を掌握し、秩序を回復させている。
破壊と創造。混乱と安定。
まるで、意図的に予測を困難にしているかのようだ。
私は立ち上がり、窓の外を見た。
帝都の夜景が、星のように広がっている。
だが、私の胸には、冷たい予感が広がっていた。
三大ギルドを崩壊させる力を持つ者が、もし帝国に敵対したら?
もし、王国や教皇国に味方したら?
ダンジョンマスターという権力。
ダンジョンを完全攻略するほどの武力。
そして——ガルダ=ラグナという、大陸の中心に位置する戦略的要衝。
「……これは、大陸のパワーバランスを根底から覆す力だ」
この報告書は、皇帝陛下に即座に上奏せねばならない。
外交部にも、情報部にも、軍部にも伝えねばならない。
ガルダ=ラグナで——何かが変わった。
三大ギルドという、古い秩序は崩壊した。
新しい秩序が、生まれようとしている。
だが、その新しい秩序が——帝国にとって有利なものか、不利なものか。
それは——まだ、誰にも分からない。
「ケンタ・サトウとシノン」
私は、その二つの名前を、もう一度口にした。
王国を崩壊させ、帝国に遅効性の毒を仕込み、そして今——大陸の中心に、自らの王国を築こうとしている。
この二人は——大陸全体の運命を左右する、時限爆弾だ。
そして、帝国だけでなく、すべての大国が——この爆弾の行方を、固唾を呑んで見守ることになる。
私は深く息を吐いた。
「……私の仕事は、この二人を監視し続けることだ」
彼らが何を望み、何を目指し、何をしようとしているのか。
それを見極めるまで——帝国は、動けない。
報告書を封印し、私は皇帝陛下への上奏文を書き始めた。
静かな夜。
だが——嵐が、近づいている。
私には、それが分かる。
これまでの報告書を通して見えてきたのは、一つの恐るべき真実だ。
彼らは——偶然に破壊しているのではない。
彼らは——意図的に、世界を変えようとしている。
そして、その最終目的が何なのか——
それを知る者は、まだ、誰もいない。
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