第23話 帝国暗部・情報分析課報告書-3-

【帝国暗部・情報分析課報告書】

件名:学園都市ヴィセールにおける特異事象の観測結果


事象概要:

対象者二名(ケンタ・サトウ、シノン)の滞在中、学園都市にて以下の事象を観測。


一、社会構造の変化


・学期末に行われた『名誉決闘大会』において、平民寮所属の聴講生、ケンタ・サトウが、セレスティア寮所属のユリウス・フォン・グランゼールに勝利。

・ 試合後、ユリウス・フォン・グランゼールの推薦により、ケンタ・サトウに『騎士爵』の爵位が特例として授与された。


二、技術革新


・ 魔導学院のオルコット教授により、『魔力伝導におけるボトルネックの解消理論』が発表された。

・ 同理論の応用により、簡易結界魔道具の製造・流通が活発化。現在、帝国内の主要な交易路にて、商人・旅人による使用が確認されている。


三、経済動向


・ 簡易結界魔道具の普及に伴い、物流の安全性が飛躍的に向上。帝国全土において、前例のない規模での経済活動の活発化が観測されている。皇帝陛下も、この度の景気好転を高く評価しておられる。


四、対象者の動向


・ 対象者二名は、学園都市の商人『バルド商会』のキャラバンに護衛として同行。ダンジョン都市『ガルダ=ラグナ』に向けて出発したことを確認。現在、追跡中。


 *


「……なるほどな」


 椅子に深く身を沈めた影が、手元の報告書から顔を上げた。

 そこに書かれているのは、客観的な事実の羅列。だが、その行間から、彼はぞっとするほど巧妙な、敵の意図を読み取っていた。


「決闘の敗北という失点を、『類稀なる才能を平民から見出し、秩序に取り込む』という美談にすり替えるか。グランゼールの小僧も、なかなか食えん男だ」


 分析官は、苦々しく笑った。


「だが、奴らは、そんな対処すら想定しているかもしれん」


 平民が、貴族を打ち破る。その事実は、たとえ勝者が貴族に取り込まれようと、消えることはない。民衆の心に、小さな、しかし決して消えない火種を残す。


「……いや、むしろ、それこそが狙いか」


「王都の時とは、まるで手口が違う。あれが、経済という心臓を直接ナイフで抉るような、即効性の毒だったとすれば……」


 彼は、窓の外に広がる、活気に満ちた帝都の夜景に目をやった。

 誰もが、この好景気に浮かれている。皇帝陛下さえも、だ。


「……今回は、帝国の血肉に、ゆっくりと浸透していく、遅効性の毒を仕込まれた、というわけだ」


 魔道具の進化は、富裕な平民にも、貴族に匹敵する自己防衛手段を与える。

 それは、長い目で見れば、魔力という血統的優位性の上に成り立つ、帝国の貴族社会そのものを、内側から蝕んでいく。


「一見、帝国に利益をもたらす『革命』を演出し、我々を喜ばせておきながら、その実、社会の根幹に、最も根深い亀裂を入れる。……なんという、悪魔的な知略だ」


 このままでは、いずれ、各地で貴族への不満が噴出する。

 あるいは、力をつけた平民が、新たな権利を要求し始める。

 その芽を、今のうちに摘んでおかなければならない。


「……各都市の監視体制を、これまでの三倍に強化せよ。特に、平民階級の有力者や、商人ギルドの動向には、常に目を光らせておけ」


「はっ。……ですが、そうなりますと、現在、対象者二名を追跡している、特別監視班の人員が……」


「割け。幸い二人は帝国を出た」


 部下の言葉に、彼は、奥歯を噛み締めた。


(……これも、奴らの思惑通りか)


 二人の監視を強化した途端にこれだ。帝国全土にリソースを分散させざるを得なくなった。

 結果として、元凶であるはずの、たった二人の若者への監視が、手薄になる。

 しかも、次の目的地は、帝国の法も、教会の権威も届きにくい、無法地帯――ダンジョン都市。


「……悔しいが、見事な一手だ」


 彼は、再び報告書に目を落とした。

 そこには、ただの事実が、無機質に並んでいるだけ。

 だが、その裏で、顔も知らぬ敵が、静かに笑っているような気さえした。



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