第22話 旅立ちと厄介な餞別
禁書庫での発見から数日後。
俺とシノンは、次の目的地をダンジョン都市『ガルダ=ラグナ』に定め、旅の準備を進めていた。
「なあ、どうやって行けばいいと思う? また船か?」
俺が尋ねると、シノンは学園都市の地図を眺めながら答えた。
「ガルダ=ラグナは内陸だから、船は使えないね。ここからだと、乗り合い馬車か、商人キャラバンに同行するのが一般的みたいだ」
「キャラバンか……。ラノベっぽいな。護衛とかやんのか?」
「僕たちの冒険者ランクじゃ、護衛依頼は受けられないと思うけど、情報収集も兼ねて、一応ギルドに行ってみようか」
俺たちは、ダメ元で冒険者ギルドを訪れた。
学園都市のギルドは、王都のそれとは違い、どこかアカデミックな雰囲気が漂っていた。
依頼掲示板にも、討伐依頼より、珍しい素材の採集や、遺跡の調査といった、研究絡みの依頼が多く貼られている。
俺たちがカウンターに向かおうとした、その時だった。
受付で、恰幅のいい商人が、受付嬢に詰め寄っている場面に遭遇した。
「欠員が出たんだ。そこを何とかできんのか! ダンジョン都市ガルダ=ラグナまでの護衛だぞ! 腕利きを頼む! 報酬はいくらでも払う!」
「申し訳ありません、バルド様。ですが、ここは学園都市です。高ランク冒険者のほとんどいません。この街で、ガルダ=ラグナまでの長距離護衛を引き受けてくれるようなパーティは、現在おりません」
「では、どうしろと言うのだ! 近頃、街道の治安も悪化しているというのに……」
苛立った様子で、商人――バルドが、こちらに振り返る。
そして、俺の顔を見ると、目を見開いた。
「おお……! 君は……!」
バルドは、俺に駆け寄ってきた。
「先日の名誉決闘大会、拝見しておりましたぞ! あのユリウス様を、無詠唱魔法で打ち破ったという、健太殿ではありませんか!」
「え、まあ、そうだけど……」
「なんと幸運な! まさに、神の導きだ!」
バルドは、興奮した様子で俺の手を握った。
「健太殿! ランクなど、もはや関係ありません! あなた方の『本当の実力』を見込んで、私のキャラバンの護衛を、特別に依頼したい! もちろん、報酬は破格の値段をお約束します!」
渡りに船とは、まさにこのことだった。俺たちに、断る理由はなかった。
*
依頼を受けた翌日、俺たちは長旅に備え、学園都市の市場で買い出しをしていた。
大通りには、魔道具の露店がずらりと並び、活気に満ちている。
「すげえな、自動で動く鍋とか、火も使わずに料理できるコンロとか売ってるぜ」
「あの教授、言うだけあって、魔道具の権威だったんだね。発表の影響がもうこんなところまで出てる」
シノンは、自分の論文が引き起こした変化を、どこか他人事のように、楽しそうに観察している。
俺たちは、保存食や水筒、冒険者用の頑丈なマントなどを買い揃えていく。金には余裕があるから、買い物も楽しい。
一通り準備を終え、寮に戻ろうと広場を横切った、その時だった。
「――待て」
声をかけられ、振り返る。そこに立っていたのは、ユリウスだった。
「……何の用だよ」
俺が少し身構えると、ユリウスは、ふっと口の端を吊り上げた。
「そう警戒するな。今日は、決闘を申し込みに来たわけではない」
「じゃあ、何の用だよ」
「君が、この街を離れると聞いてな。餞別を贈ろうと思って」
ユリウスは、一歩近づいた。
「まず、礼を言わせてくれ。あの決闘で、君は私に多くのことを教えてくれた」
「……は?」
「力だけが全てではない。努力は、才能を凌駕することもある。そして――」
ユリウスの目が、鋭く光った。
「秩序を守るためには、時に、柔軟な発想が必要だということをな」
「何が言いたいんだよ」
「つまり、こういうことだ」
ユリウスは、懐から一通の羊皮紙を取り出した。
「これは、領主閣下の署名入りの叙勲状だ。君を、騎士爵として正式に認める、という」
「はあああああ!? 騎士!? 俺が!? 何、勝手なことしてんだよ!」
「勝手、とは心外だな。これは、君への敬意の証だ」
ユリウスは、楽しそうに言葉を続ける。
「君は言ったな。『あんた達の秩序だろ。俺には関係ない』と。だが、もうそうはいかない。おめでとう、サー・ケンタ。君は今日から、帝国の秩序を構成する、末席ながらも、貴族の一員だ。貴族には、貴族の義務と責任が伴う。せいぜい、その称号に恥じぬよう、振る舞うことだな」
してやったり、という顔で、ユリウスは笑っている。
俺を力でねじ伏せることができなかったから、俺が一番嫌がる方法で、あいつは俺を「秩序」の側に引きずり込んだのだ。
「ふざけんな! 今すぐ取り消せ!」
「もう遅い。叙勲は、今朝、正式に受理された。では、達者でな――『騎士爵』殿」
ユリウスは、完璧な礼をしてみせると、愉快そうに踵を返した。
俺が、怒りで肩を震わせていると、隣で黙って話を聞いていたシノンが、くすくすと笑い出した。
「あはは! やられたね、健太。貴族様だって」
「笑い事じゃねえよ! どうすんだよ、これ!」
「面白いじゃないか。最高の記録が取れそうだ」
シノンは、本当に楽しそうだった。
「お前はいいよな……」
俺は、頭を抱えた。
「まあ、いいさ。どうせ、この街を出るんだ」
俺は、自分に言い聞かせるように呟いた。
「ダンジョン都市なら、こんな称号、関係ないだろ」
「そうだね」
シノンは、あっさりと頷いた。
*
そして、出発の日の朝。
俺とシノンは、学園都市の西門で、バルドのキャラバンと合流した。
数台の巨大な荷馬車と、俺たち以外にも数人の護衛冒険者。そして、商人バルドとその使用人たち。総勢二十名ほどの、大きな隊列だった。
「健太殿、シノン殿。お待ちしておりました。準備はよろしいですかな?」
「ああ、いつでもいける」
俺は、まだ少し不機嫌な顔で、ぶっきらぼうに答えた。
俺の返事に、バルドは満足げに頷くと、高らかに声を張り上げた。
「全隊、出発! 目指すは、ダンジョン都市ガルダ=ラグナだ!」
御者の鞭が空を切り、荷馬車の車輪が、ゆっくりと石畳の上を転がり始める。
俺は、活気と、少しの緊張感に満ちたキャラバンの雰囲気を感じながらも、頭の片隅では、ユリウスのしてやったりな顔がチラついていた。
(くそっ……あの野郎……!)
学園都市での、短くも激動の日々は、終わりを告げた。俺たちの新たな旅が、今、とんでもなく厄介な「称号」と共に、始まろうとしていた。
俺は、出発前に、一度だけ学園都市を振り返った。
中央にそびえる巨大な塔。
朝日に輝く水晶。
活気に満ちた市場。
ここで、俺は魔法を学んだ。
決闘をして、勝った。
そして――
貴族になった。
複雑な気持ちだった。
嬉しくはない。でも、悪い思い出だけでもない。
「健太、行くよ」
シノンの声に、俺は前を向いた。
(もう、戻ることはないだろうな)
そう思いながら、俺は荷馬車に乗り込んだ。
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