第21話 禁書庫の真実、神の悪戯
推薦状を受け取った翌日。
俺とシノンは、再びあの重々しい鉄格子の扉の前に立っていた。
禁書庫。
ここに、帰還方法があるかもしれない。
日本に、帰れるかもしれない。
俺の手が、わずかに震えていた。
「健太、大丈夫?」
「……ああ。ちょっと、緊張してる」
「大丈夫だよ。きっと見つかる」
オルコット教授の推薦状は、まさに万能の鍵だった。
禁書庫の重々しい鉄格子の扉は、俺たちの前であっさりと開かれた。
禁書庫。
ここに、帰還方法があるかもしれない。
日本に、帰れるかもしれない。
俺の手が、わずかに震えていた。
「健太、大丈夫?」
「……ああ。ちょっと、緊張してる」
「大丈夫だよ。きっと見つかる」
シノンは、そう言って先に進んだ。
俺は、深く息を吸い込んで、その後を追った。
「うわ……なんつーか、いかにも『禁書庫』って感じだな」
「うん。分類も、整理もされていない。ただ、無造作に封印されているだけ、って感じだね」
シノンは、ランタンを片手に、埃をかぶった背表紙を指でなぞっていく。
その目は、もはやただの観光客ではない。未知の真実を求める、探求者の目をしていた。
「これだけあると、さすがのお前でも、全部読むのは骨が折れるだろ」
だがシノンは、迷うことなくある最深部へと歩き出す。
「おい、適当に選ぶのか?」
「いや。優先順位をつける。まずは管理が厳重な本から」
そして、ある一つの書架の前で、足を止めた。
そこは、他の本とは違い、鎖と南京錠で厳重に封印された、一際異様な雰囲気を放つ一角だった。
シノンは、こともなげに南京錠に手をかけると、指先から放った微弱な電流で、いとも簡単にそれを焼き切ってしまった。
「おい、いいのかよ、そんなことして!」
「緊急避難だよ」
シノンは、鎖を外すと、中から一冊の古びた革張りの日誌を取り出した。
表紙にはタイトルすらなく、ただ教会の禁書指定の印が押されていた。
俺たちは、ランタンの灯りを頼りに、そのページを覗き込んだ。
それは、数百年前に、一人の魔導学者が記した、個人的な研究日誌だった。
――――――――――――
――多くの同胞の犠牲の果てに、私はついに到達した。
前人未到とされた、大ダンジョン『ガルダ=ラグナ』の最上階。
そこは、巨大な神殿だった。
そして、その奥に鎮座する、星空のような巨大な水晶――あれが、このダンジョンの心臓部なのか?
――だが、私の目を奪ったのは、それではない。玉座の足元に広がる、巨大な魔法陣だ。
――――――――――――
「これって……」
「間違いない。僕たちを召喚した魔法陣だ」
俺たちは、息を飲んで続きを読む。
――――――――――――
――解析を進めるほどに、畏怖の念が深まる。
驚くべきことに、この魔法陣の構造は、これ単体で完全に自己完結している。
これは、あまりに『完璧』なアーティファクトだ。
あの水晶は、あるいはこの装置の動力源か、あるいは単なる装飾に過ぎないのかもしれないが、真の奇跡は、この魔法陣の方だ。
試しに微量の魔力を流してみたが、その反応は驚くほど精緻で、まるで複雑な楽器のようだ。
正しい手順、正しい『旋律』で奏でなければ、決して望んだ結果は得られないだろう。
下手に膨大な魔力で無理やり起動させようものなら、この完璧なシステムは、必ずや暴走する。行き先も、人数も、何もかもが制御不能な、破滅的な結果を招くに違いない。
これは、人の手に余る代物だ。
そして、この完璧な設計……。まるで、遥か上位の存在が、意図的にここに『配置』したかのようだ。
恐ろしい考えが、頭から離れない。
もし、このダンジョン自体が、神が我々に与えたもうた『試練』であり、この魔法陣は、その最深部に用意された『報酬』なのだとしたら……?
――――――――――――
日誌は、そのページで終わっていた。
「……つまり、俺たちを召喚した魔法陣は、欠陥品どころか、完璧すぎる神様の作ったアイテムだったってことか」
「そうだね。そして、王国は、その『正しい使い方』を知らないまま、力任せに起動させた。」
シノンは、静かに日誌を閉じた。
「その結果、完璧な装置は暴走。制御不能な召喚を引き起こし、本来あったかもしれない高度な機能――例えば人数指定や召喚対象の選定機能なんかは作動せず、たまたま僕達がに召喚されたんだろうね」
「うわー、だとしたら、俺たちが召喚されたのって、ただの事故じゃねえか……」
「教会は、この真実を隠した。自分たちの権威の源である『奇跡』の正体が、こんな危険なアーティファクトで、しかもそのマニュアルを自分たちしか知らない、という事実をね」
「やってることが、いちいちエグいな……。じゃあ、結局、帰る方法は?」
「答えは一つだ」
シノンは、俺の目をまっすぐに見て言った。
「オリジナルのアーティファクトが眠る、大ダンジョン『ガルダ=ラグナ』へ行く。そして、今度こそ、この目で『正しい使い方』を解析するんだ。そこに、僕たちの帰る道があるかもしれない」
シノンは、そこで一度言葉を切ると、俺の反応を試すように、少し意地悪な笑みを浮かべた。
「それに、この学者の仮説も、なかなか興味深いと思わないか?」
「仮説?」
「『神が、試練と報酬として、ダンジョンと魔法陣を用意した』ってやつだよ。僕の仮説と、少し似ている」
「お前の仮説って……」
「この世界の神は、観客であると同時に、ゲームマスターでもある、ってやつさ」
シノンは、楽しそうに続けた。
「神が、自分の作ったゲームを盛り上げるために、イベントアイテムとして『召喚魔法陣』をダンジョンに配置した。それを人間が見つけて、世界中が大騒ぎしている。神は、その『物語』を、高みの見物と洒落こんでいるんじゃないかな」
「はあ!? 神がゲームマスター!? 俺たちの人生は、あいつの暇つぶしのゲームだって言うのかよ! ふざけんな!」
俺は、思わず声を荒らげた。
「俺たちの人生は、あいつの暇つぶしのゲームだって言うのかよ! 冗談じゃねえ!」
怒りで、手が震える。
「俺は、普通に高校生やってたんだ! それが、ある日突然、こんな世界に放り込まれて――」
声が、裏返る。
「母さんは、泣いてるかもしれない。父さんは、俺を探して走り回ってるかもしれない。友達は、心配してるかもしれない」
涙が、こぼれそうになった。
「それが全部、神の暇つぶしだって? ふざけんな! ふざけんなよ!」
俺は、壁を殴った。
鈍い痛みが、拳に走る。
「健太……」
「なんで、俺なんだよ。なんで、俺が選ばれたんだよ」
シノンは、何も言わなかった。
ただ、静かに俺の横に立っていた。
しばらくして、俺は深く息を吐いた。
「……悪い。取り乱した」
「いいよ」
シノンの声は、珍しく優しかった。
「でも、健太。もし神が本当にゲームマスターなら――僕たちは、そのゲームを、逆手に取ればいい」
「逆手に?」
「神が『シナリオ』を用意してるなら、僕たちは、その『シナリオ』を利用して、帰る方法を見つけるんだ」
シノンの目が、鋭く光る。
「神の掌の上で踊るんじゃない。神を、逆に利用するんだよ」
俺は、込み上げる怒りを抑えながら、頭を整理する。
神がゲームマスターだろうが何だろうが、今の俺たちに関係ない。
重要なのは、ただ一つ。
「……分かった。行こうぜ、そのダンジョン都市とやらに」
「うん」
シノンが頷く。
「次の目的地は、『ガルダ=ラグナ』だ」
禁書庫を後にし、図書館の階段を上る。
外の光が、眩しかった。
シノンが、先を歩いている。
その背中は、相変わらず軽やかで、迷いがない。
(神がゲームマスターだろうが、何だろうが)
俺は、拳を握りしめた。
(俺は、帰る。絶対に)
――ダンジョン都市『ガルダ=ラグナ』。
そこに、答えがある。
俺は、そう信じることにした。
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