第8話 帝国暗部・情報分析課報告書-1-
【 帝国暗部・情報分析課報告書】
件名:アルカディア王国・王都における不穏な情勢変化について
一、王権中枢の動向
・ 国王および王太子、ここ一ヶ月以上にわたり公式の場に姿を見せず。宮廷内では健康問題や幽閉説など、情報が錯綜。
・ 第二王子、第三王子派閥による後継者争いが表面化。王国の政治基盤に著しい不安定化の兆候あり。
二、経済の異常推移
・ 突如として市場に流通し始めた超高品質ポーションにより、既存の薬品市場が崩壊。
・ポーションの普及により、冒険者の活動が活発化。一時的に、依頼達成率の向上に伴う景気好転が見られた。
・しかし、後述する冒負者の急減により、ポーションの需要も急減。結果として、ポーションを扱っていた大手商会が複数倒産。市場は未だ混乱の最中にある。
三、冒険者の動向
・超高品質ポーションの流通により、これまで高リスクとされた討伐依頼の達成率が急上昇。
・多くの低ランク冒険者が、ポーションへの過信から格上の依頼に挑戦。一時的に成功率は上がったものの、実力は伴っていなかった。
・ポーションの突然の供給停止により、実力不相応な依頼に挑んだ冒険者の死亡・引退が急増。
・ある事例では、Fランク冒険者パーティーがCランク依頼に挑戦。ポーション切れにより全滅。この種の事故が王都周辺だけで20件以上報告されている。
・冒険者人口は、前月比で約4割減という異常な数値を記録。
四、教会の動向
・超高品質ポーションの供給が途絶えた時期と前後し、教会の動きが活発化。
・目立たぬようにしているが、人の出入りが急増。王都で何かを探している様子。
五、総合評価
一連の現象は、自然発生的なものとは考えにくい。外部の何者かによる意図的な「市場操作」および「戦力攪乱」である可能性が極めて高い。
王国統治の基盤は著しく脆弱化しており、このまま放置すれば、国家としての瓦解は避けられないと判断される。
*
「王も王太子も雲隠れ、冒険者は自滅し、商会は潰れたか……。たった数週間で、ここまで見事に国を一つ壊せるとはな」
椅子に深くもたれかかり、指先で書類をトントンと軽く叩く。
三十年の長きにわたる情報分析官としての経験をもってしても、背筋に冷たい汗が伝うのを止められなかった。
目の前の報告書に描かれているのは、崩壊の教科書とでも呼ぶべき、完璧な破壊の軌跡だった。
「まず『希望』を与え、依存させる」
「次に、突然それを奪う」
「混乱の中、重要人物を消す」
「そして立ち去る」
まるで、何度も同じことをしてきたかのような、洗練された手口。
「これを……意図的にやったのか? それとも、偶然なのか?」
もし意図的なら、これは戦争ではない。
これは、「駆除」だ。
害虫を駆除するように、国を壊す。
そんな存在が、この世界にいるとしたら――
「帝国にとって、アルカディアの崩壊は好都合だ。だが……」
彼は立ち上がり、窓の外を見つめた。
「次の標的が、我が国でないという保証はない」
それに、教会の動きもきな臭い。
「まさかとは思うが、王国は教会に無断で“禁忌”に手を出したのではあるまいな……例えば、勇者召喚、などという……」
そう呟くと、部屋は再び沈黙に包まれた。
西の果てで起きた小さな崩壊の波紋は、やがて帝国の秩序すら揺るがす巨大な津波となるかもしれない――
その予感が、わずかに、しかし確かな手応えをもって、彼の胸をざわつかせていた。
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