第6話 禁断のポーション革命

 その日も、俺たちはいつものように冒険者ギルドを訪れた。

 しかし、受付で待っていたのは、いつもの笑顔じゃない。

 やけに申し訳なさそうな顔のお姉さんだった。


「申し訳ありませんが、薬草の納品依頼、しばらく休止させていただくことになりました」


 その言葉に、俺は思わず「は?」と声を漏らす。


「休止って、どういうことですか?」


「連日の大量納品で、依頼元の商会もポーションの作成が追いつかないそうでして……」


 お姉さんは、深々と頭を下げる。


「マジか……」


 俺は思わずシノンの方を見た。

 あれだけ大量に納品してたんだ。そりゃそうなるか。


 でも、これって俺たちのせいじゃ……。


「しょうがねえな。討伐依頼でも受けるか?」


「あんまり時間がかかるのは嫌だな。グルメマップの続き作りたいし」


 シノンはあっさり却下。


「じゃあどうすんだよ」


「プランBがある」


 シノンが人差し指を立てる。


「『薬草が売れないなら、ポーションを売ればいいじゃない作戦』だ」


「何だよその、革命でギロチンにかけられそうな作戦名は」


 俺は呆れて肩をすくめた。


「余った薬草でポーションを作っておいたから、薬師ギルドに持ち込んでみよう」


「いつの間にポーションなんて作ってんだよ!」


 俺は驚いて目を丸くする。


「向こうの端末なら、色々設備も揃ってるからね。これくらい簡単だよ。この前、試しにポーションのサンプルも送っておいたし」


 シノンは、当たり前のように答える。


「お前のアイテムボックス、相変わらずの四次元ポケットっぷりだな。まあ、ダメ元で薬師ギルドとやらに行ってみるか」


 俺は呆れながらも、どこか期待に満ちた顔で歩き出した。


 冒険者ギルドを出た俺たちは、そのまま薬師ギルドの建物へ向かった。

 石造りの重厚な建物の扉を開けると、薬草や薬品の独特の匂いが鼻をくすぐる。

 カウンターに立つ、いかにも頑固そうなじいさん薬師に、シノンは透明な小瓶を差し出した。


「このポーションを売りたいんだけど、鑑定してもらえるかな?」


 薬師は光にかざし、香りを嗅ぎ、味見した。

 その瞬間、表情が変わった。


「こ、これは……! 純度が9割を超えている……?」


 薬師の手が震える。


「わしが五十年かけて到達した純度が8割じゃ。それを超えるなど……」


「これは……既存の製法を完全に超越している……」


 ブツブツと呟きながら、薬師は何度も瓶を光にかざす。


「……今まで見たことがないほどの品質です。これは、ハイポーションに匹敵する……いえ、それ以上の純度と効果を感じます」


 俺が驚いて目を見開く中、薬師は困惑した顔で続けた。


「ただ、分類上はあくまでポーションですので、ハイポーションほどの高額では買い取れませんが……それでも、よろしいですかな?」


「ああ、問題ない」


 シノンが淡々と答える。


「差し支えなければ、このポーションはどちらで……? まさか、ご自分で……」


「自作だよ。今日はこれだけあるけど……売れる?」


 そう言うとシノンは、懐から次々とポーション瓶を取り出し始めた。

 カウンターの上に、赤い液体が入った小瓶が、次々と並べられていく。十本、二十本、三十本……。

 薬師は、息を呑んだ。


「す、すべて……買い取らせていただきます! また作られましたら、ぜひ、ぜひ当ギルドへお持ちください!」


 手にした金貨袋のずっしりとした重みを確かめながら、俺たちは中央広場へ向かった。

 朝の広場には屋台が並び、食欲をそそるいい匂いが漂っている。


「薬草より儲かったな!」


 俺の顔が、思わずほころんだ。

 けど、その笑みはどこか引きつっていた。


 シノンのチート技術で量産したポーション。

 それをギルドに持ち込んで、俺たちは見事に一山当てた。

 薬草の時と同じく、いや、それ以上に手にした金貨の重みは確かで、リアルで――それがこの異世界で「生きてる」証のようにも思えた。


 でも。


 結局シノン頼りで、俺はなにもしていない。


 けど、それでも――


(生きなきゃ意味がない)


「……まぁ、生き延びて、帰るためだよな」


 自分にそう言い聞かせながら、金貨の音に耳を澄ませる。

 それは、どこか心を麻痺させる魔法のように響いていた。


「なんかうまいもんでも食いに行こうぜ!」


 心のモヤを振り払うように、俺はわざと明るい声でそう言うと、屋台へと駆け出した。



 翌日、再び薬師ギルドを訪れると、昨日とは違う若い薬師が対応した。


「あなたが、あのポーションの……! 実は昨日、いくつかの冒険者に試し売りしたんですが、すごい反響で……」


 彼は興奮した様子で続けた。


「今日も、朝から“赤い小瓶のポーションはないのか”って聞いてくる客が何人も来てるんです。あんなこと、今までなかった……」


 シノンは静かに頷いた。


「そう。じゃあ、今日も卸していこう」


 薬師ギルドを出たあと、俺は小さく息を吐き、隣を歩く相棒に声をかけた。


「……なあ、このあと、また魔法の練習に付き合ってくれないか」


 胸の奥に溜まったもやを、何かにぶつけて晴らしたかった。

 それに——この先どんなことが起きても、打ち勝てる力が欲しかった。


「もちろん。健太の魔法成長記録、いい素材になるしね」


「おい、人をコンテンツ扱いすんな」


 軽口を交わしながら、俺たちはそのまま、草原へと向かった。


 そこから始まったのは、魔法の特訓の日々だった。

 ポーションを納品した後は、日が暮れるまで、ひたすら魔法の練習に明け暮れていた。


 その頃、酒場では――


「ってか聞いたか? 例のFランクのヤツの話」

「ああ、薬草採りの依頼がなくなって、仕方なく格上の討伐に行ったってヤツだろ?」

「そうそう。それで案の定ボコボコにされて瀕死だったらしいんだが、あのポーションでピンピンして帰ってきたんだと。信じられるか?」

「信じられるわけねえだろ。だが、現に助かってんだからな……そりゃ、みんな買うわけだよ」

「へえ……でも、どうせ高いんだろ?」

「いや、そこがまたヤバい。市販よりちょっと安いんだってよ」


 シノンのポーションは、瞬く間に王都中に広まった。


 冒険者ギルドの酒場は、異様な熱狂に包まれていた。


「あのポーション、マジでヤベェって!」


 ゴツい男が、空になった小瓶を振りながら叫ぶ。


「俺、昨日、ゴブリンに脇腹を槍で突かれてよ。もうダメかと思ったんだ。でも、これ飲んだ瞬間、傷口が見る見るうちに塞がって、痛みも嘘みてえに引いたんだよ! 普通のポーションじゃ、こうはいかねえ!」

「お前もか! 俺もバジリスクの毒で死ぬかと思ったんだが、このポーション飲んだら……なんか、体がスッと軽くなってよ……」


 冒険者たちは、まるで祭りみたいにグラスを掲げ、シノンのポーションを褒め称えていた。


「すげえな……でも、ちょっと怖くねえか?」

「怖い?何がだよ」

「いや、Fランクが無茶してCランクの依頼受けるってさ……ポーション頼りすぎじゃね?」

「はっ、そりゃお前の僻みだろ。俺たちは強くなってんだよ」


 シノンが薬師ギルドに卸したポーションは、今や冒険者たちの間で“命綱”と呼ばれ、飛ぶように売れていた。しかも、値段は市販品より安い。


 冒険者ギルドの職員の間でも――


「今月の依頼達成率、過去最高を更新しました!」


 ギルド職員が興奮気味に報告する。


「Fランクの新人たちが、次々とCランク依頼をクリアしてます!あのポーションのおかげで、負傷者もほとんどいません!」


「素晴らしい……素晴らしいが……」


 ギルドマスターは、統計資料を見つめながら、小さく眉をひそめた。


「こんなに順調すぎると、逆に不安になるな……」


「え? 何がですか?」


「いや……何でもない」


 彼は首を振った。


 酒場では今日も冒険者たちが声を張り上げる。


「ポーション様様だな! これさえありゃ、俺たちは無敵だ! もう手放せねえ!」


 彼らの目は、ギラギラとした希望に満ちていた。

 たった一本の赤い小瓶が、冒険者の世界の常識を、そして彼らの運命を、大きく揺るがし始めていた。


 一方、王都の商業地区では――


 ある大商会の店先には、客の姿がなかった。


 店員が退屈そうに欠伸をする。

 奥の倉庫には、売れ残ったポーションが山積みになっていた。


 会長室では、怒号が響き渡っていた。


「売れん! 一本も売れんぞ!」

 会長の拳が机を叩く。


 つい一ヶ月前、この商会は王都最大のポーション供給元だった。

 三代続く名門。貴族との繋がりも深い。


 それが今では――


「会長、このままでは……」


「分かっとるわ!」


 血走った目で、会長が部下を睨みつける。


「あのポーションの正体を突き止めろ。作っているヤツを見つけ出し、二度と作れんようにしてやれ」


 その声は、低く、冷たく沈んでいた。


「――手段は、問わん」


(守らなければ。この商会を。先祖から受け継いだものを)



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