第4話 初めてのクエストはやっぱり薬草採取
王都の西門を抜けると、街の喧騒が嘘みたいに遠ざかった。
門番の兵士は、俺たちのギルドカードをちらっと見ただけで、面倒くさそうに通してくれる。
神殿での事も、ギルドでの大立ち回りもまだ知られてないことに、俺は内心ホッと息をついた。
門をくぐった瞬間、空気が変わる。土と草の匂い、遠くで鳴く鳥の声。目の前には、どこまでも続く広大な草原が広がっていた。風に揺れる花が、俺の知ってるやつとは微妙に形が違ったりして、ああ、本当に異世界なんだな、なんて実感する。
「うわぁ……」
思わず、声が漏れた。
昨日まで日本の高校生だった俺が、今、ファンタジー世界の草原に立っている。不安もあるけど、それ以上に胸の奥からワクワクが湧き上がってくるのを止められない。まるでラノベの主人公になったみたいで、ちょっと気恥ずかしいけど、悪くない気分だ。
周りに人がいないのを確認すると、俺は気恥ずかしさを誤魔化すように、隣のシノンに詰め寄った。
「ギルドでいきなり魔石なんか出しやがって!バレたらどうすんだよ、絶対ヤバいやつだろアレ!」
「そんなに騒ぐことじゃないと思うけど?」
シノンは、平然と言う。
「いや、騒ぐだろ! お前、あれ何の魔石か分かって出したのかよ!?」
「王様の魔石だよ? そう説明したじゃん」
「だからだよ! 人間の王の魔石なんて言ったら、王殺しがバレるだろうが!」
「ああ、そっか。そういえば、死んだんだっけ」
シノンは、ようやく理解したように頷いた。
「確かに、証拠になるね。でも、もう遅いよね」
「遅いって……」
俺は頭を抱えた。
「まあ、ヒューマンキングって魔物がいることにすれば大丈夫じゃない? どうせ王族の魔石なんか誰も見たことないでしょ?」
俺の焦りをよそに、シノンは道端の草を一本引っこ抜いて、その葉っぱをいじりながら淡々と答える。
「お前の楽観主義、どうにかならんのか……」
その飄々とした態度に、俺はなんだか毒気を抜かれてしまう。
「てか、慌てて飛び出してきちゃったから、何の準備もしてねえな。さすがに無防備すぎたか……」
「なあ、シノえもん。未来デパートからなんか取り寄せてくれよ」
俺が不安を振り払うように、おどけてそう言うと、シノンは何もない空間からスッと剣を取り出した。
「未来デパートは知らないけど、武器ならこれ使えば?【聖剣技】ってスキルがあったから、たぶん使えるでしょ」
「えっ!? 言ってみてなんだけど、武器も出せんの!? 今朝の服と同じで、【アイテムボックス】から出したんだよな?」
「そう、なぜか他の端末のでも使えるんだよね」
「神様の設定ミスか?」
「かもね。なんなら、この端末ごとあっちのボックスに仕舞えそうだし」
「それって……帰れるってことか!?」
「理論上はね。でも、まだ試してない。こっちの方が面白そうだし、僕には帰る必要もないから」
俺は一瞬、言葉を失った。こいつ、帰れる可能性があんのに、全然気にしてねえのかよ……。
「それより、これ使ってみなよ」
シノンは話題を変えるように、剣を差し出してくる。
俺はその剣を手に取ると、スッと鞘から抜いた。
初めて触るはずなのに、なぜかすごく手に馴染む。
現れた銀色の刃は、向こうが透けるほど薄くて、角度によって虹色に光って見えた。
触ってみると、驚くほど硬くて、ひんやりしてる。
「なにこれ? ペラッペラじゃないか?」
「単分子カッターだよ。中性子星の外殻から作った素材だから、見た目より頑丈だし、理論上は何でも切れる」
「単分子カッター? 中性子星って、そんなもん使うとか……どんな未来だよ……」
シノンは答える代わりに、近くにあったデカい岩を指差した。
「試してみれば?」
言われるがまま、俺は剣を構える。
不思議なくらい、その構えは様になっていた。
大きく息を吸い、腰を落として剣を振りかぶる。
心臓がバクバクする中、袈裟斬りに振り下ろした。
刃が岩に触れた瞬間――何の音も、手応えもなく、まるで空気を切るように剣が岩を通り抜けた。
一拍の間。
次の瞬間、剣の先から光の奔流が迸った。
轟音。
草原を一直線に切り裂き、光の斬撃ははるか先の森にまで届く。
木々がなぎ倒され、一直線の道が出来上がっていく。
「な、なんだよこれ……」
俺の手は、小刻みに震えていた。
岩は――2つに割れて、ずれながらゆっくりと倒れた。
断面は、鏡のように滑らかだった。
シノンは、その光景を静かに見つめながら、面白そうに言った。
「それが、【聖剣技】か」
「こんなの、怖くて使えねえよ……」
俺の手は、小刻みに震えていた。
剣一振りで森が消し飛ぶとか、威力がバグりすぎだろ。
興奮と同時に、底知れない恐怖が背筋を駆け上がった。
気分を変えるために、俺はシノンの武器について尋ねる。
「てか、シノンの武器は?」
シノンは、待ってましたとばかりに、何もない空間から黒光りするハンドガンを取り出した。
「僕のはコレ」
その瞬間、シノンの無表情な顔が、わずかに緩んだ。目が、わずかに輝いた。
「アイアンクラッド・アーマメンツ製オートマチック、IA-HG32B X-COM。通称『バロール』。今どき珍しい実弾兵器でね。装弾数は8発しかないけど、生身じゃ撃てない大口径の破壊力は絶大なんだ。反動制御システムも最高級で――」
「待て待て! 何その早口オタク構文!?」
俺は思わず遮った。こいつ、銃の話になると途端に饒舌になるな。
「……実はミリオタかよ」
「ミリオタ? それは何?」
「軍事オタクってこと。武器とか兵器とかが好きなヤツ」
「ああ、そうかも。実弾兵器はロマンがあるからね」
シノンは銃を両手で構え、愛おしそうに眺めている。その顔は、さっきまでの無表情とはまるで別人だ。
でも少しだけ親近感も湧いた。俺だって、ゲームやラノベに夢中になるときは、周りが見えなくなるし。
「それより、早く薬草探さないと日が暮れるよ」
「いや、まだ早朝だろ。どんだけせっかちなんだよ」
俺は膝をついて、目の前の草をじっと見つめた。
依頼書には「薬草」としか書いてない。
どんな形なのか、挿絵もないから全然わからん。
スマホで画像検索できればな、なんて無理なことを考えてしまう。
「おい、これ薬草か? 違うか……」
近くの草を引っこ抜いて匂いを嗅いでみるが、さっぱりだ。
隣では、シノンが黙々と作業を進めていた。
草を一本手に取ると、シノンの瞳の奥が青く発光した。
瞳の中に、複雑な文字列が高速でスクロールしているのが見える。
「……データ取得完了」
シノンが呟くと、草をポイっと捨てて、次の草へ。
まるで人間スキャナーだ。
「おい、お前の目……なんか光ってるぞ?」
「ああ、網膜ディスプレイ。便利でしょ」
「いや、便利とかじゃなくて……怖いわ!」
「お、あった。これだね、多分」
シノンが手に取ったのは、ヨモギによく似た草だった。
それをアイテムボックスにシュンとしまうと、シノンはさっさと歩き出す。
「じゃ、薬草も見つかったし帰ろうか」
俺は慌てて追いかけた。
「は!? ちょっと待てよ! 薬草の納品は最低20本だぞ! まだ1本しか見つけてねえだろ!」
シノンは、まるで当たり前のように答える。
「大丈夫。実物と解析データがあれば、向こうの分子プリンターで印刷できるから。王都に着く頃には、十分な数が揃ってるよ」
俺は口をあんぐり開けたまま、固まった。
(分子プリンター……印刷……?)
頭の中で、シノンの言葉がこだまする。
つまり、こいつの【解析】スキルがあれば、この世界のアイテムをデータ化して、未来の機械で無限に複製できるってことか。
薬草だけじゃない。武器も、防具も、魔道具も――
「……それって、経済崩壊するレベルじゃね?」
「経済? あ、貨幣システムのこと? まあ、崩壊するかもね」
シノンは、まるで他人事のように答えた。
ギルドの建物に入ると、すぐに例の受付のお姉さんが声をかけてきた。
「あれ? どうされたんですか? もしかして、薬草の採取場所が分かりませんでしたか?」
まあ、普通はそうだわな。こんな短時間で戻ってくるとか、あり得ないよな。
「いや、採ってきた」
シノンがそう言って、カウンターにドサッと薬草の山を築く。
その量を見て、お姉さんは目を丸くした。
「ええっ!? あの短時間で、こんなにたくさん……?」
カウンターから溢れんばかりの薬草は、どれも完璧な状態だ。
まるで、今しがた庭で摘んできました、みたいな瑞々しさ。
「これ、どうやって……いえ、聞かない方がよさそうですね……」
お姉さんは混乱しつつも、プロ根性で報酬を計算し始めた。
その間、酒場の方からざわめきが聞こえてくる。
「おい、見ろよ……あの新人、カウンター埋めるくらい薬草持ってきてるぞ……」
「嘘だろ……さっき出てったばっかりじゃねえか」
「しかも全部Aランクの品質じゃねえか……どういうことだ?」
お姉さんが銀貨の入った袋を俺たちに渡してくれた時には、もうギルド中の視線が俺たちに集まっていた。
ひそひそ声が、全部こっちに聞こえてますけどー!
俺は気づかないフリをして、小さく息を吐く。
俺はざわつく酒場を背に、そそくさとギルドを後にした。
隣を歩くシノンは、受け取った銀貨を手のひらで転がしながら、じっと見つめている。
「銀貨なんてそんなに珍しいのか? ……あ、そっか。お前のいた未来って、電子マネー的な?」
「いや、貨幣経済はもう無いよ。社会信用レーティングに応じたサービスが、無料で受けられる仕組みだから」
「……マジか」
俺は小さくため息をついた。
とことん、こいつとは常識が噛み合わない。
王様をサクッと殺しても平然としてるし、銃や未来の剣をポンと出す。
おまけに金がいらない世界で生きてたとか。
どれもこれも、俺の常識を軽く飛び越えてて、頭がクラクラする。
「クエストも終わったし、観光しようよ。王都のグルメマップ作るんだ」
でも、ちょっと常識知らずだけど悪いやつじゃないんだよな。
俺は肩を竦めると今にも駆け出しそうな相棒の後を追った。
*
「……おい、ゼル。今なんつった?」
ラガンは、飲みかけの酒を置いて、ゆっくりと顔を上げた。
向かいに座る手下のゼルが、少し気まずそうに答える。
「いや……その、新人の健太っすよ。今日、森に行ってないはずなんすけど……夕方、ギルドで薬草を納品してたんすよ。しかも、量がやべぇ。カウンターに山盛りだった」
「は? 草原にいただけだろ、あいつ?」
「っすよね……? 俺、ちゃんと森の入口で見張ってましたし。誰も入ってないし、出てきてもないっす。間違いなく、あいつは森に足踏み入れてねえ」
ラガンは無言で、ゴリゴリと歯ぎしりした。
薬草は草原なんかじゃまず大量に採れない。
一本や二本なら草原でも何とか見つかるが、納品に足る量を集めようと思ったら、森の群生地に行くしか無い。
それを、森に入らず納品してた?
(なにか裏がある……)
何か、仕掛けを使ってるか、外部の協力者がいるか――あるいは、ありえねぇ手段で手に入れてるか。
こいつはただの“力持ち”じゃねえ。何か隠してやがる。
「バッツ」
「へ、へい」
「明日から、あのガキの動きを監視するぞ。表も裏もだ。俺も出る。草原に行くなら後をつける。森に入らず、どうやって薬草を手に入れてんのか……洗いざらい調べてやる」
そう言うラガンの目は、ただの復讐心だけじゃなかった。
――あの新人には、何か"特別"がある。
秘密を暴いて、利用するか。
それとも、完全に潰すか。
どちらにせよ、あのガキを野放しにはできねえ。
(どうせ潰すなら、根こそぎだ。力も、秘密も、全部奪ってから叩き潰す……!)
酒場の隅。陰影の濃い明かりの下で、ラガンの顔にじっとりと笑みが浮かぶ。
――その時、ラガンは気づいていなかった。
自分が、とんでもない化け物に目をつけてしまったことに。
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