異世界召喚されたけど、隣の未来人がヤバすぎる件~気づいたら世界壊れてました~
@aramakid
第1章 王都編
第1話 勇者召喚されたけど、隣の奴がサイコパスだった
午前7時ちょうどに、シノンは目覚めた。
設定時刻通りに脳内のナノマシンが調整した爽快な目覚めは、起床というより起動に近かった。
ベッドサイドのスキャナーを取って頭に押し当てる。数秒でバックアップ完了を知らせる軽快なメロディーが流れる。
ベッドから降り、視界の隅の通知をチェックしながら、朝食の準備をする。いつものシノンのルーチンだった。
同時刻、もう1つのシノンの端末は宇宙空間にいた。
小型宇宙船のスラスターの詰まりを直す、なんてこと無い作業中だ。
さらにその裏では、仮想空間にログインした彼のアバターが、レイドボスと死闘を繰り広げていた。
マルチタスクなんて当たり前のこの時代。複数の身体で、同時に異なる体験をするなんて、昔の人が歩きながら電話するくらい自然なものだった。
シノンに取ってもそれはいつも通りの日常だった。—船外活動中の端末が、突然現れた魔法陣の光に飲み込まれるまでは。
*
――そして、もうひとつの召喚
俺、佐藤健太の日常は、まあ、どこにでもあるフツーのものだ。
スマホのけたたましいアラームで叩き起こされ、かーちゃんに「早くしろ!」って怒鳴られながら朝飯を詰め込む。
慌てて制服に着替えて、家を飛び出すのがいつものパターン。
学校じゃ、授業中にこっそりソシャゲやったり、休み時間に友達とゲームやラノベの話で盛り上がったり。
部活はやってないから、放課後はファミレスで駄弁るか、カラオケか、ゲーセン。
そんなどこにでもいる男子高校生だ。
その日も、いつもと同じ、ちょっと退屈な放課後だった。友達と別れて、商店街を抜けて、人通りの少ない近道に入る。
その時だった。足元のアスファルトが、いきなり青い光を放ち始めたのだ。
「は?なんだこれ!?」
光は一瞬で俺を包み込み、路地には夕日に照らされた長い影だけが残っていた。
*
目が眩むほどの光。ぐるぐるとかき回されるような浮遊感。
落ちてるのか?上ってるのか?
上下の感覚すら消えて、俺はただ光の中を漂っていた。
そんな訳のわからない状態がどれくらい続いただろう。
唐突に硬い地面の感触がして、思いっきり尻もちをついた。
「いってぇ……」
瞼の裏に焼き付いた光がじわじわ薄れていく。
恐る恐る目を開けると、そこは—
なんだか、神殿みたいな場所だった。ぶっとい石の柱が何本も立ち並んで、高い天井を支えている。
映画のセットみたいで、現実感がまるで無い。
足元の床いっぱいに、複雑な模様が広がっていた。いわゆる魔法陣ってやつ?がまだ余韻を残して、ぼんやり光っていた。
正面にはやたら豪華な服を着た、ちょっと太めのおっさん。その奥に、王冠をかぶったじいさんと、イケメン風の兄ちゃんがいる。
そして、隣。ふと視線を移すと、俺と同じくらいの歳の少年が、静かに立っていた。体にピッタリした、SF映画に出てきそうな未来っぽいスーツを着ている。
「おお……! 一度に二人の救世主をお迎えできるとは。これも神の思し召しか」
はい出た!これマジで勇者召喚じゃん!? ラノベでよく読んだやつだ!
隣の奴、なんだあのSF映画みたいな格好。巻き込まれ系?ってことはチート持ち確定か?
って、そんな分析してる場合じゃねえ!俺どうすんだよ!?
「突然のことで動転しておられると思いますが……まずはお聞きください、勇者殿。私はこのアルカディア王国の宰相。そしてあちらにおわすのが、国王陛下と王太子殿下でございます」
宰相の話はペラペラと続く。
「この世界は今、魔王の脅威に晒されております。我々は最後の希望として、勇者召喚の儀を執り行いました。お二方こそ、我らを救う救世主なのです!」
宰相は、大げさに悲しそうな顔で訴えかけてくる。
これは、騙されて人同士の戦争に駆り出されるパターンもあるか?少し探りを入れるか。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
俺は声を張り上げた。
「いきなり魔王を倒せとか言われても、俺、ただの高校生なんですけど!? 戦う力なんてあるわけ……」
「ご安心を。勇者様は召喚と同時に、神から特別な力を授かります。さあ、こちらの首輪を着けて、『ステータス』と唱えてみてください」
そう言って差し出されたのは、青い宝石がはまった銀の首輪だった。
おいおい……これは隷属させられて、こき使われるパターンだろ。何とか首輪は回避しないとマズイな。
隣を見ると、召喚されてから一言も喋ってない、あの未来スーツの少年が、もうとっくに首輪を着けていた。
(マジかよ、こいつ警戒心無さ過ぎすぎだろ……)
俺は受け取った首輪を着けずに――手に持ったまま――心の中で『ステータス』と唱えてみた。
もし首輪なしでもステータスが見られたら、宰相の説明は嘘確定だ。
すると、目の前に半透明のウィンドウがポンと浮かび上がる。
—————
佐藤健太 17歳
スキル:【聖剣技】【全属性魔法】【成長促進】【アイテムボックス】【言語理解】
—————
—————
シノン 17歳
スキル:【多重思考】【解析】【アイテムボックス】【言語理解】
—————
出た。やはり首輪の説明は嘘か。俺のスキルはチート勇者セットっぽいな。無能追放系じゃなくて一安心だが、首輪をどう回避するか。
「素晴らしい! 特に健太殿は、まさに勇者にふさわしいスキルをお持ちだ。シノン殿のスキルも、実に有用ですな!」
宰相が満足そうに頷いている。
「首輪は持ったままでもステータス鑑定が使えますが、スキルの力を引き出すには装着する必要があります。健太殿もぜひ装備してみて下さい」
宰相がいけしゃあしゃあと、言ってくるが、その手には乗らん。取り敢えず勢いで誤魔化すか。
「そんなことより!元の世界には帰れるんですよね?」
宰相は一瞬、気まずそうに視線をそらしたが、すぐに冷静な顔で答えた。
「申し訳ありませんが、今すぐには……。この魔法陣を再び動かすには、魔王の魔石が必要なのです」
「魔石?」
「はい。強い魔力を持つ者は、胸に魔石を宿します。中でも、王クラスの強大な魔石でなければ、この魔法陣は起動できないのです」
「魔王を倒し、その魔石を手に入れれば……」
「はあ!? なんだよそれ! 勝手に呼びつけといて、魔王倒さなきゃ帰れないってことかよ!」
はい出た!もうこいつらの言いなりになる必要は無いな。スキルも判明したし一か八か暴れてみるか?
幸い、警備もいないし、って、王族いるのに警備無しって流石におかしくね?
そこまでして、召喚自体を秘密にする必要があるってこと?
とすると勇者召喚自体が禁忌か、侵略戦争の秘密兵器扱いってとこか?
俺がそんな考察を巡らせていた、その時だった。
今まで黙っていたシノンが、スッと動いた。
「魔石って、これでもいいのかな?」
え?と思った瞬間、シノンの右腕が—残像すら残さず—動いた。
いや、「動いた」という認識すら追いつかない。
気づいた時には、その腕が国王の胸の真ん中に突き刺さっていた。
骨を砕く音も、肉を裂く音もしなかった。
まるで豆腐に箸を刺すみたいに、スルリと。
あまりにも自然すぎて、俺の脳は一瞬、何が起きたのか理解を拒否した。
国王の口から、小さく息が漏れる。
その目は驚愕に見開かれたまま、ゆっくりと光を失っていく。
膝から崩れ落ちる老人の体を支えることもせず、シノンは腕を引き抜いた。
ドクドクと脈打つ様に明滅する赤い宝石—魔石が、彼の手のひらの上で鈍く光っていた。
血の一滴も付いていない。まるで最初から、そこに魔石だけがあったかのように。
俺の頭は完全にフリーズした。何が起きた? 理解ができない。
宰相は顔面蒼白でガタガタ震えて、金魚みたいに口をパクパクさせている。
カラン、と軽い音を立てて、シノンの首から外れた首輪が床に落ちた。
その音だけが、やけに大きく神殿に響いた。
「ええええええええええええ!?」
俺の絶叫が、ようやく静寂を破った。
「な、なぜ……。隷属の首輪があるのに……? 主君に害意を向けただけで、激痛が走るはず……」
宰相が震える声でうめく。
その言葉に、シノンは心底不思議そうに首を傾げた。
「害意?」
シノンは心底不思議そうに首を傾げた。
「別にないけど。宰相の説明だと、魔法陣を動かすには王クラスの魔石が必要。でも魔王はここにいない。なら、他に強い魔力を持つのは誰だろうって考えたら、王族だよね?同じ『王』クラスなんだし。魔石ってものにも興味があったから、仮説を検証してみようとしただけだよ」
こいつマジでわかってないのか?。自分が何をしたのか。
いや、わかっているけど、それが「悪いこと」だという認識がない!?
「いやいやいや! 害意ないって、胸ブチ抜かれたら普通死ぬだろ!」
俺はツッコミを入れた。こいつの常識どうなってんだ!
「え? 死ぬの?他の端末は?バックアップ取ってないの?」
シノンは悪びれもせず、魔法陣の真ん中の窪みに魔石を置いた。が、魔法陣はうんともすんとも言わない。
(バックアップ?端末?何いってんだこいつ?)
「一個じゃ足りないのかな」
シノンはそう呟くと、床に転がった王冠を拾い、まだ呆然としている王太子の頭にポンと載せた。
「即位おめでとう、新しい王様」
王太子——新しい王——は何も答えられなかった。
恐怖で声も出ない。体も動かない。
その間に、シノンの腕が再び動いた。
(サイコパスだ……こいつ、ガチのヤベーやつだ……)
俺の喉がヒュッと鳴る。背筋が凍りつき、膝がガクガク笑い出した。
シノンの表情は、コンビニでおにぎりを選ぶ時みたいに、まったく変わらない。
彼は王太子の胸からも、ひょいっと二個目の魔石を取り出した。
「うーん、2つでもダメか。まだ足りない?」
シノンは、腰を抜かして後ずさる宰相の胸を見つめて言った。
ハッとしたように、シノンは床に落ちていた首輪を拾うと、震える宰相の首にカチャンとはめる。
「隷属の首輪、だっけ? 帰り方、教えてよ」
「ひっ……があああああああああ!」
首輪が光り、宰相が床をのたうち回る。
「ほら、早く言わないと、痛みが続くよ」
「ぐっ……か、帰る方法は……ない……」
苦痛に顔を歪めながら、宰相が絞り出した。
「そっか。じゃあもう1つ。俺たちに首輪はめて、どうするつもりだったの?」
「帝国との……戦争の、切り札に……」
「なるほどね」
シノンは納得したように頷くと、俺の手をぐいっと引いた。
「じゃ、もうここに用はないね。行こう」
「ちょっと待って」
俺は何を言おうとしているんだ?
王殺しの共犯になろうとしている?
でも、この状況で無一文じゃ生きていけない。
「着の身着のまま喚ばれたんだ、
ああ、俺、もう引き返せないところまで来ちゃったな。
「
「ああ、
俺に言われるままシノンが命令すると、宰相は懐から金貨の詰まった小袋を取り出した。
それを受け取るとシノンと共に神殿を後にする。
神殿を出る間際、シノンは振り返って、宰相に最後の命令を下した。
「僕たちが手配されないように、うまく隠蔽しといて」
石造りの神殿の扉が、ゆっくりと閉まる。
中には、床に転がる二つの亡骸と、のたうち回る宰相だけが残された。
俺は、隣を歩くシノンを見た。
彼はもう、さっきの出来事なんて忘れたかのように、キョロキョロと周囲を見回している。
「へえ、中世ヨーロッパっぽい街並みだね。記録しなきゃ」
まるで観光客みたいに。
俺の背筋を、冷たいものが走った。
――俺は、とんでもないヤツと一緒に召喚されたらしい。
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