転生貴族、家柄こそ全てと信じているので成り上がりを潰します

そう

第1話 家柄こそ、すべて

――どこで間違えたのだろうか。


 豪奢なシャンデリアが崩れ落ちる音が、薄暗い大広間に響く。

 血と煙の匂い。床に散らばる貴族の徽章。

 その中央で、俺――アレクシス・フォン・グランデルは剣を杖にしながら立っていた。


 代々続くグランデル公爵家。

 王国創建より続く、由緒ある名家の筆頭。

 俺の誇りであり、存在理由そのもの。


 だが今、その家は滅ぼされようとしていた。

 下賤の民出身の“新貴族”どもに、だ。

 平民のくせに魔法の才を持ち、功績を盾に爵位を得た者たち。

 彼らは「古い時代の象徴」として、俺たち名家を笑い、踏みにじった。


 「貴族は血筋じゃない、“実力”だと? ――くだらん!」


 剣を振るう。だが、もう身体は限界だ。

 血で滑った足元が崩れ、床に倒れる。


 視界が赤く滲む中、俺は微笑んだ。

 どうせこの国はもう終わりだ。

 “努力”だの“平等”だのという浅ましい幻想に取り憑かれた愚民どもが支配する時代など、長くは続かぬ。


 「やはり……家柄こそ……すべてだ」


 その言葉を最後に、俺の意識は闇へと沈んでいった。


 ――そして、次に目を開けたとき。


 眩しい朝日が、窓から差し込んでいた。

 天井には白いレリーフ。壁には金色の装飾が施された絵画。

 まるで、かつての我が屋敷を思わせるほどの上品さ。


 「……ここは?」


 身体を起こすと、見慣れぬ両手が視界に入る。

 小さい。幼児の手だ。

 鏡を見れば、そこに映るのは五歳ほどの少年。

 金の髪、整った顔立ち。目元にどこか気品を宿している。


 そして机の上に置かれた一冊の本が、俺の心臓を跳ねさせた。

 タイトルは――『平民から王へ! 努力で世界を変えた少年の物語』。


 ……読んだことがある。

 前世で退屈しのぎに流し読みした、あの“成り上がり系ラノベ”だ。

 そして――嫌悪を感じた。


 この物語の悪役貴族。

 それが、俺が今名乗っている名――リュシアン・ヴァルトール。

 物語序盤で平民出身の主人公を見下し、最後には全てを失う哀れな男。


 「……はっ。冗談も大概にしろ」


 転生? いや、悪趣味な夢か。

 けれど、頬をつねっても痛みはリアルだ。

 召使いが入ってきて「おはようございます、リュシアン坊ちゃま」と言った瞬間、全てを悟った。


 ――俺は、本当にこの世界に転生している。


 沈黙ののち、自然と笑みが漏れた。

 皮肉だ。名家に生まれ、家を失い、そして悪役貴族として再び貴族社会に戻ってくるとは。


 だが、これでいい。

 神が与えたこの“もう一度の人生”を、俺は使い潰してやる。


 「成り上がりどもが何だ。努力? 才能? 平等? ――そんなもの、貴族の血の前では塵にすぎん」


 リュシアンの瞳に、かつてのアレクシスの冷たい炎が宿る。

 この世界の物語では、平民の少年が英雄となり、俺という“悪役”を倒すはずだ。


 だが、筋書きなど知ったことか。

 俺が歩むのは、俺だけの物語。

 家柄の価値を、この腐った成り上がり世界に再び刻みつけてやる。


 「覚悟しておけ……下賤ども。

  俺が、この物語を書き換えてやる。」


 その瞬間、少年の笑みは氷のように冷たく、美しかった。

 再び始まる“貴族の時代”の幕開けを告げるように。

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