第12話 チームネメシス

ダイニングへ戻ると、ミカイが椅子に腰かけていた。

その表情はどこか呆れながらも、微笑を浮かべている。


「あんた達もしかしてずっと戦いの練習をしてたの?」


「まあな。さすがにヘトヘトだよ。ありがとう、アビリィ」


「いえいえ、ツバサさんの成長を見ているのは楽しいです。休憩も立派な訓練ですよ。ゆっくり休んでくださいね」


「いずれあんた達とも手合わせしたいね」


ミカイの目には挑戦的に光る。


するとマルクがキッチンから現れ、4人分のカレーを運んできた。


「どうぞ召し上がってください」


「いただきます」


皆が口を揃え、夕食が始まる。

スパイシーな香りが漂いボリュームたっぷりな肉と野菜が食欲をそそらせる。


「素材の調理はフードプリンターに任せましたが煮込みは僕がやりました」


「うまいな」


「それはよかった」


ふと、ミカイが口を開く。


「ところで作戦は立てないの?」


マルクは即座に答えた。自信に満ちた声で。


「信頼できる協力者がすでに隠密で調査に向かっています。その情報を元に、詳しい作戦を立てましょう」


「協力者か……アビリィとミカイは何者か知っているのか?」


「いえ、どんな方なんでしょう」


「知らないわ、高性能アニミスとかなんじゃないの?」


「彼は優秀な諜報員であり、僕の個人的な友人でもあります。まあ、いずれ会うことになるでしょう。情報が入るまで時間がかかります。今日のように訓練に時間を使ってはどうですか」


「そうだな。少しずつやってみるか」


その後は他愛もない話を交わしながら、静かに一日が終わっていった。


特訓の日々が始まった。

朝食をとり、訓練。昼食をとり、また訓練。夕食を囲み、風呂に入り、寝る毎日。打ち込むほどに、自分の戦術が見えてくる。

アビリィは時折様子を見に来てくれた。

ミカイから模擬戦の誘いもあったが、満足いく動きができるまではと断った。


一週間程が過ぎた頃、ついに情報が届いた。


その日の夕食後、俺たちはリビングに集まり、マルクは口を開いた。


「情報が届きました。チェインシティの南区のビルを拠点で奴らはサークルやボランティア団体を名乗り人々を勧誘しているようです」


ウィンドウを開き、映し出されたのは内部情報と活動記録。


「まるで悪徳商法の手口だな」


「アニミス社会から孤立している人間を狙い、サクラを使って居心地の良い空間を演出し、騙しています。アニミスの陰謀論を信じ込ませている」


「そこのリーダーを捕まえることが私達の任務になりそうですね」


「リーダーはアケド ユウシの信望者。コードネームはタイタン。本名や素性は一切不明です」


「構造も特殊よ。階段が各階ごとにバラバラに配置されているわ」


「戦闘訓練も屋内戦を想定したほうがいいな」


マルクは俺の方を見ながら答える。


「戦闘モデル人形に諜報員が入手した敵の戦闘パターンをアップロードしておきます。これで訓練の効率も上がるはずです」


「ありがとうこれで訓練がはかどるな」


「それと隠密で襲撃をする形で行こうと考えています。二人の権限を使えば僕らの身元も隠すことができるはず」


襲撃か。物騒な響きだが、やるしかないのか。


「なんか俺たちが悪いことしようとしてるみたいだな」


ミカイが闘志を燃やして答える。


「何言ってんの。手を汚す覚悟も必要よ。私達のやろうとしていることはそういうこと」


「フラットアーサーには報いを与えなければなりませんので」


アビリィまでノリノリか。俺も覚悟を決めよう。


「決行は三日後、警備が手薄になる日を狙いましょう。フラットアーサーとの室内戦闘の訓練を行いましょう」


「そういえば私達との手合わせがまだだったじゃない。お互いの力量を知るためにも、やるわよ」


「仕上がってきたし、乗るか。俺のアトリエに向かうぞ」




俺たちはまた眠りにつき俺のアトリエに着く。電車橋の下。鉄骨のざらつきが消え空間は滑らかに変化する。気づけば俺達はビルの内部へといた。


「目標のビルとは違いますが似ている空間を用意しましたよ」


アビリィが静かにそう言うと、ミカイは力強く言い放つ。


「絶対に勝つから。行くよ。マルク!」


「はい、お嬢様」


「一対一じゃないのか?」


「なに言ってるの、私達って言っていたはずよ」


アビリィは元気よく言う。


「二対二ですか。ツバサさん!襲撃されたときのコンビネーションを思い出して頑張りましょう」


「僕は手加減は相手に無礼だと考えています。全力でかかりますよ」


戦闘開始だ。空気が張り詰め、静寂が一瞬にして壊れる。

ミカイは前髪をかき上げる。その仕草と同時にデバッグウィンドウが現れる。

あれが模倣された権限か。彼女は一瞬で複数の何かをスキャンしていた。迷いがない洗練された動き。


「行きますよ」


アビリィが針状のバリアを放つ。俺も鉄の刃を放ち応戦する。だがマルクがそれらを切り裂く。

彼の手には爪のような鋭い光が伸びている。

圧縮されたバリアの応用。ギラギラとした殺意を帯びている。

いつもの爽やかな雰囲気とはまるで違う、獣のようだ。


スケートを滑るように接近してくる。アビリィと俺は挟み撃ちを仕掛けるが全てが爪で相殺される。

速い。いやそれだけじゃない。ミカイが遠方から攻撃をスキャンし、無効化している。

マルクが自由に動ける空間を、ミカイが作り出している。さらに彼女はマルクをパワーアップさせているようだった。


「この程度……ですか?」


マルクの声に俺たちの連携は乱れ、俺が足を引っ張ってしまっている。

ミカイとマルクを分断できれば勝機はあるはずだ。


「アビリィ!マルクを食い止めてくれ、俺はミカイをやる!」


アビリィはマルクとミカイの対角線上に大きくバリアを展開する。

俺はその隙を突いてミカイに接近するが、彼女もまたスケートのように地面滑り、距離をとる。

だが、ここは室内、水の刃で逃げ道を封じていく。

攻撃を打ち消す能力の正体は動力を無にしているようだ。勢いよく飛んだ刃がピタッと止まり真下に落ちていく。だが、打ち消された刃も波へと変え、追い詰めていく。


壁際まで追い込んだ瞬間、俺は一瞬ためらった。

この子を傷つけていいものかと、その迷いが命取りになった。


ミカイはその隙を見逃さなかった。

壁にめり込むように身を沈め、その瞬間、壁が盛り上がり俺を飲み込む。


「あんた、女だからって油断したのね」


壁の中から彼女の声が響く。


粘土のような壁に掴まれ、身動きが取れない。藻掻いても、抜けられない。


「動けない……!」


「私は空間自体をスキャンして形を変える能力を得た。結構、習得には時間が掛かったけどね。とどめは刺さないであげるから降参しなさい」


まだ終わらせない。俺は壁をスキャンしようとする。

だが、それと同時にミカイが念動力で浮き上がり鋭い蹴りを放つ。


クリーンヒット。

視界が揺れ、意思が遠のいていく。




目が覚めると俺はアビリィの膝の上で横になっていた。


「俺達は負けたのか?」


「はい!それはもう完敗でした。一対一ならなんとか食い止められましたが、ニ対一は勝ち目がないので降参しちゃいました」


「そうか……それと膝の上はやめてくれ」


俺が立ち上がると、二人は立っていた。


「私達、なかなかいいコンビネーションだったでしょ」

 

ミカイは満足げに言う。


「そうだな……俺は今まで自分の動きばかり考えていた。チームとしての連携をもっと意識しないとな」


「その通りです。僕達、四人で役割を分担すればバランスのとれたチームになれるはずです」


「マルク、お前は結構熱くなるタイプなんだな」


「戦闘になると我を忘れてしまうんですよ。アニミスネットワークから戦闘経験をインプットしすぎたのかもしれません」


「私は摩擦力や動力を操作しているの。結構サポートに向いていると思うのよね」


ゲームで例えるなら、マルクはアタッカー、アビリィはタンク、ミカイはサポーター。

俺は……立ち位置が曖昧だ。ヒーラーが足りないようだ。


「フラットアーサーの攻撃ってウイルスが混じっているよな。回復手段はワクチンしかないのか?」


「私とあんたの権限を使えば。ウイルスを除去できる。ただ、かなり難しいわ。少し回復させるだけでも相当な時間がかかるの」


「ワクチンは貴重なので、数本しか手に入らないでしょうね。回復の訓練もしておいてくれると助かります」


「分かった。やってみるよ」


「これからはチーム戦を訓練しましょう。まずは……チーム名でも決めますか」


マルクの提案にミカイがニヤッとして笑う


「いいわね。名前があれば、気持ちも引き締まるし」


「ツバサさん、何かを案はありますか?」


俺は少し考えるこのチームでこれから困難にも立ち向かっていく。それにふさわしい名前。


思考を巡らせる。幸福。復讐。忠誠。そして、意志の継承


「……ネメシスなんでどうだ?」


「ネメシス?どういう意味なの?」


「詳しくは忘れたが復讐の女神の名だった気がする」


「復讐の女神ね……いいじゃないそれにしましょう」


「皆さんがそれでいいなら私も賛成です」


「面白いですね。これからはチームネメシスです。目的はフラットアーサー七曜の創造者達の確保です」


こうして俺たちは進むべき道が見えてきた。鍛錬を積み、必ず奴らを捕まえて、黒幕の正体を暴くんだ。

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