サイバートピア〜英雄の意志を継ぐもの達〜
宮座
プロローグ
第1話 ようこそ君のいない世界へ
イカロスは太陽を目指すべきではなかった。
風になるべきだった。
都会の騒音の中、誰もが何かに追われていた。
スマホの青い光に囚われ、誰もが自分の人生を見失っていた。
俺もその一人だった。何かを成し遂げることもなく、ただ日々を消費していた。
路地裏の闇に飲み込まれた瞬間、激痛が全身を襲い、視界が白くぼやけていく。
死ぬのか。
そう思った瞬間、なぜか安堵した。
もう、悩まなくていい。もう、追いかけなくていい。未来はもう必要ない。
どれほどの時間が流れただろう。
意識は漂い、記憶は霧の中に沈んでいった。
そんな時、心の奥に火を灯すような声が響いた。
「ツバサ、必ずお前を救い出してやるからな」
その声は俺の中の何かを揺さぶった。
忘れていた感情。
憧れ、嫉妬、そして……希望
俺の人生は、振り返ればごく普通のものだったと思う。
代わり映えのない日々に、時折退屈を感じながらも、笑い、悩み、泣きながらも生きていた。
それでも、世の中の空気は少しずつ濁っていった。
ニュースや噂話から、どこか焦げ臭いものを感じていた。
誰もが無関係に見えて、何かが確実に壊れ始めていた。
そんな日常の中で俺の人生には一つだけ平凡とは程遠い存在があった。
ヒカワ エイイチ。
太陽のように眩しく、誰よりも前を走る存在だった。
幼い頃、俺たちはまるで双子のようにともに過ごした。
俺とエイイチはコントローラを握り、画面越しにお互いの目を見つめる。
画面の先の格闘家と剣士は互いに距離をとり、静かに対峙する。
剣士は間合いを詰め、鋭く斬りかかる。
その剣先を紙一重でかわし、格闘家が拳を叩き込む。
剣士はリーチこそ長いが隙が大きい。格闘家の連撃は容赦なく、怯んだ剣士に次々とコンボが決まる。
一瞬の油断も許されない。
俺は知っている。
エイイチは気を抜けば、勝てる相手じゃないことを。
剣士が再び距離を取る。
エイイチは口を開く。
「ツバサ、練習してるな」
振り向くと、彼は微笑んでいた。
「けど、容赦はしないよ」
エイイチは前のめりになった。
格闘家が攻めるも、全てが見切られる。
一撃も当たらない。
大振りの隙を突かれ、剣士の刃が胴を裂く。
まるで未来を読んでいるかのような動き。追撃は止まらず、格闘家が倒れるまで続き、画面は勝利の演出へと切り替わる。
「なんだよ!今日は勝てると思ったのに」
「いや、すごくうまくなってたよ。やっぱりツバサじゃないと物足りないな」
「もっと練習して、いつか勝つからな」
「いいね、僕を倒してみてよ」
エイイチは笑ってそう言った。
俺たちはサッカーボールを持ってに外へ出る。
「今日も公園まで競争だ」
俺があいつの前を走ったことはあっただろうか。
ゲームも、かけっこも、ボール遊びも。
いつも俺は、あいつの背中を追いかけていた。
公園で日が暮れるまで遊び、真っ黒に日焼けした肌を見せ合って笑った。
「ねえ、将来、僕たちはどうなっていると思う?」
「俺がお前を超えてる!」
エイイチが笑って答える。
「そっか、けど僕はそんなすごい人じゃないよ」
「なんでだよ」
「だって僕一人じゃ何もできないから。あのゲームだってたくさんの人達の工夫と頑張りでできているんだ」
「工夫と頑張り?」
「そう、映像を作る人、キャラクターを考える人、それをまとめる人、みんなの力でできているんだ」
「エイイチなら何にでもなれると思うけどな」
「そんなことないよ。ちゃんと頑張らなくちゃ、何にもなれない。でも、ツバサと一緒なら、何でも頑張れる気がするんだ」
エイイチは俺の目を見て言った。
「僕たちが二人なら、何にでもなれる」
夕陽が俺たちを優しく照らす。
「もう、こんな時間か。帰りたくないな」
「お父さん、今日も機嫌悪いの?」
俺は黙って頷いた。
「じゃあ、今日もうちに泊まりにおいでよ。お母さんもいいって言ってた。大人になったらルームシェアでもしようよ」
あいつは挑戦することを息をするように自然にこなしていた。
俺はいつも教えられていた。
ずっとあいつのようになりたかった。
でも、歳を重ねるごとに、その背中は遠くなっていった。
最後は疎遠になったけれど俺の人格の根幹にはいつもエイイチがいた。
俺にとってあいつは英雄だった。
願いが叶うのなら、もう一度、あいつに会いたい。
ぼんやりと意識が戻る。
真っ白な空間が広がり、まるで天国のようだ。
そこに、天使のような少女が駆け寄ってきた。
「ようやく意識が戻ったみたいですね。フクチ ツバサさん!」
「ここは……いったい?」
「ここは『アニミバース』、人々が理想の世界で暮らす場所です」
少女が指を鳴らすと空間に映像が広がる。鳥になったように世界を一望している。
異世界の王国、空を浮かぶ城、優雅に飛び交うドラゴン。魔法の光が街を彩る。
強大な魔物を前に背中を託し合い、人々は夢を紡いでいた。
再び指をが鳴る。
今度はサイバーパンクな都市が現れる。
虹色の列車が空を走り、ネオンの雨が降り注ぐ。人々はパンクなファッションで身を包み、空中を自由に飛びまわっていた。
まるでアニメやゲームのような世界だ。
景色は次々と変わる。ノスタルジックな巨大図書館、緑の海のような森、輝くライブステージ。
「俺は……転生したのか?」
「いえ、誤解をさせてしまったみたいですね。あなたはまだ生きています」
視界が暗転する。
目が覚める。
大きなカーテンが開く音と共に暖かな陽光が差し込む。
柔らかなベッドの感覚。白を基調とした洋風の寝室。
大きなシャンデリアが俺を歓迎しているようだ。
「おはようございます。フクチ ツバサさん、体調はいかがですか?」
透明感のある声に目をやると、あの少女があどけない笑顔でこちらを見ていた。
「……生きているのか?」
状況が飲み込めない。まるで異世界に飛ばされたような気分だ。
少女はそっと告げた。
「落ち着いて聞いてくださいね。現在はAE歴三十年。ここは三十年後の未来です。あなたは悲しい事故に遭い、長い間昏睡状態にありました」
三十年……。俺の時間は止まり世界は進んでいた。
ベットのシーツを握りしめる。手のひらを見ても老いた様子はない。
少女は手を握り、母親のような優しさで微笑む。
「大丈夫ですよ。私が付いています」
気がつくと口は勝手に動いていた。
「エイイチ……あいつは今、何をしてる?」
少女は少し目を伏せて静かに語り始める。
「彼は『サイバートピア』という大企業を創設し、知的存在『アニミス』を生み出しました。人々は彼を”たった一人で世界を救った男”と呼んでいました」
「……英雄か」
「はい。でも、彼は五年前のAE歴二十五年に亡くなりました。仲間達の裏切り、混沌を望む者達『フラットアーサー』の存在……彼の心臓は耐えられなかったようです」
その言葉は、俺の心を凍らせた。
俺の人生の軸だった男は、知らぬ間に命を落としていた。
少女は決意に満ちた眼差しで俺を見つめこう言った。
「お願いがあります。かつて彼と共に世界を救った6人の仲間たちは今、権力に溺れ、世界の破壊を企てる『フラットアーサー』となりました。そして英雄の遺志を継ぐ者を自称し、彼の名に泥を塗り続けています。英雄の親友だったあなたに、世界を再び救って欲しいのです」
「……俺にできるのか?」
少女は小さく頷いた。
「はい、あなたこそが彼の遺志を継ぐ者であり、二人目の英雄になる者です」
その言葉に、胸の奥が震えた。
壮大な何かが今始まろうとしている。
こうして俺はこの未来で目覚め、英雄の親友として、世界を救う使命を課せられた。
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