第13話 背中越しの距離
「渥美さんにはこういうの似合うと思うんだよね〜」
そういう佐倉さんの手にはいくつかの水着がある。一体何がどうなって私の水着を選ぶことになったのだろう。
……私が学校用の水着しか持ってないからだ。
そのことをメッセージで言ったら
『え、じゃあ今から買いに行くよっ!』
と一言。行動力の鬼すぎる。というか佐倉さんの手にある水着が似合う気が全くしない…。
「よーしっ、試着しよー!」
「う、うん」
半ば佐倉さんに連れられる感じで試着室へと入る。そして3つの水着を手渡された。
「ん、これ私が選んだやつね。渥美さんは自分でも選んだ?」
「い、一応…」
そう言うと佐倉さんは自分の好きなやつ選んでね!と言って試着室のカーテンの向こうで待っててくれるらしい。
とりあえず佐倉さんの用意してくれた3つの水着と私が自分で選んだ(一応)やつを見比べてみる。
「………………。」
佐倉さんが選んでくれたやつ可愛すぎない?
私に似合うとは微塵も思えない…。
「ちなみに私が選んだやつだとフリルのスカートのが一番似合うと思うっ!」
そう言われて見てみると確かに可愛い。私に似合うかどうかはさておき。
ちなみに私が自分で選んだやつはラッシュガードのやつだ。いやこれ学校で使ってるやつと何がどう違うんだろうか。
とりあえず佐倉さんの選んでくれた3つを服の上から軽く合わせてみる。その中で一番しっくりきたやつにしよう。家族と行くのなら迷わずラッシュガードにするけれど今回はせっかく佐倉さんが誘ってくれたのだ。彼女が喜んでくれるものを着たい。
「渥美さん着れたー?」
「……う、うん」
「見たいな〜」
佐倉さんが見る!?
今見せるなんて恥ずかしすぎる。
「は、恥ずかしいからっ…」
「可愛いと思うんだけどなぁ」
そう言う佐倉さんの声がやけに真面目に聞こえて少し申し訳なさが出てくる。けれど恥ずかしいものは恥ずかしい。
「私も一つ試してみようかな〜」
カーテン越しに佐倉さんの声が聞こえる。
佐倉さんも気になる水着を見つけたらしい。私は決めたから先に外に出て待っておくことにした。
♦︎
カーテン越しにガサガサと布の擦れる音が聞こえる。
このたった一枚の布の向こうには渥美さんがいて、しかも水着を着ている。
見たいなぁ。
単純にそう思い今だけは私と渥美さんを隔てる一枚の布が余計鬱陶しく感じた。
というか考えてることが普通に変態すぎてこんな自分に嫌になる。
でも渥美さんが可愛すぎるのが悪い。しょうがなくない?
そう言い聞かせてこの思考回路を正当化しようとする。
「渥美さん着れたー?」
「……う、うん」
「見たいな〜」
わざと軽く言ってみたけれど見たいのは本音だ。
私が選んだのだから絶対似合っているし、まず絶対可愛い。
だからどうしても見たくて。でも見れない。このもどかしさ、最近増えた気がする。
ちなみにだけど渥美さんが嫌がってるのを無理矢理見るのはもっと嫌だ。
当日見れるんだから。と見たい気持ちが抑えられない自分に言い聞かせてため息を一つ。
気持ちを切り替えるためにふと手に取った水着に視線を落とす。
私も試してみようかな。
「私も一つ試してみようかな〜」
そう明るく言って渥美さんに伝える。
ちなみに手に持ってる水着は少し攻めたデザインのもの。普段はフリルが多めの露出が少なめのものを好んで着ている。けどせっかく渥美さんと行くのだ。それに渥美さんも新しい水着を着てくれる。
それだったら私も。そう思ってたら私の手には水着があった。
「う、うーん」
とりあえず軽く合わせてみたけど鏡に映る私の姿は似合ってる、とは言い難い。
なんだろう、やっぱり少し背伸びしすぎたのかな。
そう思ってしまう。
でも渥美さんの隣に立つのなら私だって頑張りたい。
……決めた。これにしよう。
水着を脱いで服に着替えていく。
――が。
「……え?」
背中のファスナーが上まで上がらない。元々私は水着を買うつもりなかったから脱ぎ着しやすい服にしてなかった。
思いきり手を伸ばしてみるけど変な位置で布を噛んじゃったのか止まってしまう。
「み、見えない…」
どうしよう。と一瞬考えて頭に浮かんだのはたった一人。
「……あ、渥美さん」
「ど、どうしたの?」
「ごめん、ちょっとお願いしたいことがあって…」
「……うん?」
カーテンが少し開いて渥美さんが首を傾げながらこっちを見てくる。けどその顔は私のことを見るとボッと赤くなる。
「…背中のファスナーが届かなくて」
「あっ…」
一瞬目を丸くした渥美さんが少しだけ頬を赤くしてコクリとうなずいた。
そのまま一言ごめんね、と言って渥美さんは恐る恐る試着室に入ってくる。
カーテンをそっと閉めてこの狭い空間に私と渥美さん、ふたりきり。
そ、それじゃあ…。って渥美さんの手が私の背中に触れる。
店内は涼しかったかは手も冷たいはずなのに背中に触れる渥美さんの指は暖かい通り越して少し熱くて。私の背中もだんだんと熱を帯びてくる。
「ん…、結構布噛んじゃってる。ちょっと…待っててね」
渥美さんは一言だけそう言って丁寧に、優しくファスナーを上げていく。
渥美さんの指が触れるたび、溢れる吐息がかかるたび私の心臓は痛いくらいに早鐘を打つ。
ふと鏡に映る私たちを見ると思っていた以上に密着してて頭が爆発しそうになる。
ち、近い…。
気持ちは素直でそう思う。けどそんな近さがまた嬉しかったりもして。
「あ、できた」
上がりきったファスナーの音が小さく鳴って。その音がやけに静かな試着室に響き渡る。
「……ありがと」
「い、いえっ…」
じゃ、じゃあ私は外で待ってるから!と少し早口で言って渥美さんは慌てて試着室を出てしまった。
アクシデントだったはずなのに渥美さんに初めて触れてもらった背中がまだ熱を帯びている。
鏡に映る私の顔は人に見せられない、そんな顔をしていた。
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