第31話 スシバトルクラブ⑦

前回のあらすじ:

シャコの握りのツメに使うのはシャコ!


◆◆◆


「シャコの殻とかを使うのはわかったけど……結構煮詰めるんだよね? 時間は大丈夫なの?」


 方針はわかったけど俺の頭に過るのはタイムリミット。


「多分」


 鳥路さん的には大丈夫そうな感じらしい。


「まぁ間に合うとは思うけど……どこで作るの鳥路さん? 学校でやるなら許可取らなきゃいけないけど」


 今から下校時間までで作れるものではないだろうし、司先生の言う通り夜にはなりそうだ。


「持って帰って自宅でやります」


 鳥路さんはシャコの殻の山を袋に詰め市場から持ち運ぶときに使った保冷箱に放り込んだ。あとは何匹かシャコも持って帰るようだ。恐らくオスのシャコ。


「とりっじ、調味料とか日本酒って家にある? お酒を買うなら先生に買ってもらったほうが良くない?」


 賀集さんの指摘を受けて鳥路さんは手を口に当てて考え込む。


「あるけど……買った方がいいかも」


 鳥路さんは何かを訴えかけるように司先生を見る。


「あんまり高いのは勘弁してよ。どっちにしろ銀行でお金引き出さなきゃダメね」


 やはり先生の財布はカツカツだったようだ。

 

 買い出しの流れでそのまま解散の空気になったその時、ノックの音もなく家庭科室の扉が勢いよく開かれる。


「ここが寿司同好会の部室! いえ! 同好会室ですわね!」


 声が大きくて元気そうなお嬢様口調の女子が入ってきた。少し明るめの髪色にボリュームのある長髪。それを後ろで束ねる大きいリボン……俺はこの人を知っている。


「この金星かなぼし瑠璃子るりこが明日のスシバトルのルールの説明と予算をお渡しするために来て差し上げましたわー!」


 自分から名乗ってくれた金星さん。遠目で見た時と全く印象が変わらないのはある意味すごい安心感のある人かもしれない。


「敵情視察かしら金星さん」


 司先生の言葉にハッとした。そうかスシバトル部所属の人が乗り込んできたのだからその可能性もあるのか!


「勝つのは琴音お姉様に決まっていますの! 寿司同好会の寿司に興味なんてありませんわー!」


 お高そうな扇子を取り出し口元を隠しながら笑う金星さん。すげぇ本物だ。

 どうやら敵情視察とかではないらしい。あと、存在のデカさで気付いてなかったけど取り巻きというかご友人の方々は本日はいないらしい。


「とりあえずこれぐらいあれば十分ですわよね?」


 金星さんは懐から妙に厚みのある封筒を取り出し司先生に手渡す。

 司先生は封筒の中でお札の枚数を数え始めるが……間違いなくこんなにいらない枚数が入っている。


「多すぎよ、金星さん」


「では領収書と一緒に残りのお金は明日のスシバトル前にでも返してくださいまし!」


 結構管理しっかりしてるんだな……お金持ちだからって金使いが荒いっていうのは偏見か。いや、こんなスシバトルに大金使ってるんだから金使いは荒いだろ。


「ええっと、ルールですが……」


 今度は懐から手帳を取り出す金星さん。執事とかに持って来させるとかはしないんだな。


「審査員は五名! スシバトル部からは私! 寿司同好会からも一名選んでおいてくださいね! 残りの三名は適当に当日くじ引きで決めますわー!」

 

 それぞれの陣営から一人ずつ選出するのか。


「制限時間とかは特にありませんが夜七時前には終わらせたいのでそのつもりで!」


 一般生徒の完全下校時間か。思っていた以上に健全な催しのようだ。


「何かご質問はございまして?」


 鳥路さんが手を挙げる。


「はい! 転校生の鳥路さん!」


「松風さんが勝つとなぜ断言できる?」


 いや、多分それ真面目に受け取らなくていい台詞だったと思うよ鳥路さん。


「松風鮨の寿司を食べたことがあるからですわ」


 金星さんは再び扇子で口を隠し真面目な口調で話し始める。


「……特に穴子は煮詰めの深い味わいもあって絶品でしてよ。私のお父様とお母様も好物ですの。その味を再現できる琴音お姉様と寿司屋の家系でもない素人の鳥路さんが戦うのですから勝負の結果は見えていますわ。賀集さんもご存知でしょう? 松風鮨の穴子の美味しさを」


 急に賀集さんに話が振られる。そういえばこの二人は一年生の時同じクラスだったんだっけ。なんかそれ以上の関係性も感じるけど……


「そうだけど……やってみないとわからないじゃない?」


 賀集さんはあの高そうなお店で食べたことあるんだな。なんか寿司関係の人と結構面識あるよな賀集さん……本当に普通のギャルなのか?


「まぁ、正直、美味しいお寿司が食べれるのであればスシバトルの結果なんて興味ありませんわ。私はエンタメとしてスシバトルが成功すればそれで良いのです」


 スシバトル部……部員全員がどうかはわからないけど、方向性というか見ているものがバラバラなのかもしれない。


「私は審査でスシバトル部を贔屓するつもりはございません。そちらの審査員の方もそのつもりで受けていただけると嬉しいですわ」


 こういうのって妨害工作とかしてきそうなイメージだったんだけど、割とフェアプレイの精神なんだなスシバトル部……


「では、私はこの辺りで失礼させていただきましょう。明日のお寿司楽しみにしてますわよ鳥路さん」


 扇子をピシャリと閉じ、一礼してから金星さんは家庭科室を出て行こうとする。


「松風鮨でシャコを食べたの?」


 鳥路さんが少し声を張って金星さんに問い掛ける。


「……いいえ? まぁ明日食べられますわね。では改めて……失礼しましたわ!」


 そう言って丁寧かつ音を出さないように扉を閉めた金星さん。なぜ入ってくる時はそうしなかったのか……


「はぁ……スシバトル部、色々複雑な組織なのかもしれないわね」


 司先生がため息をついてから呟く。


「審査員の買収とかなくてラッキー? みたいな感じですね」


 賀集さんもそっちの展開を予想していたらしい。俺達は漫画の読みすぎかもしれない。これに関しては根木さんとかサブリナさんも悪いと思う。


「……私は美味い寿司を握る。それだけよ」


 鳥路さんは金星さんが出て行った扉を見つめながら決意を固める。


 ついに明日、この場所で……本格的なスシバトル部との戦いが始まる!



◇◇◇

スシバトルクラブ おわり

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