第2話 ファーストスシストライク②
前回のあらすじ:
不味い寿司を食わされた女の子が大将にキレた。
◆◆◆
「寿司が……! 泣いている!!」
聞き間違いではない。確かに女の子は寿司が泣いていると言った。当然の事だが寿司が本当に泣くはずもなく、つまり彼女が言いたい事は……
「うちの寿司が不味いって言うのか!? ええ!?」
大将が激昂する。そう、彼女は不味い側の人間という事である。
「お、お嬢さん、謝った方が良いですよ!」
「君、子供だよね! ここの寿司は大人向けなんだ! 君にはまだ早い!」
周囲の店員や客が女の子を諌める。
「不味い寿司を不味いと言って何が悪い。不味い以外に言う事がありますか?」
不味いを三回も言った。抑揚もなく淡々とした口調だがキレていることはハッキリとわかる。
「う、うちはねぇ! 高級寿司屋の成金寿司だぞ!? 昼はランチで安く提供しているだけで夜は君のような庶民が食べられるお店ではないのだが!?」
大将は青筋を立てながら包丁を握り威圧するが、女の子は全く動じる様子を見せない。
「パサパサのタイ! 血生臭いマグロ! ゴムみたいな赤貝! 何より本わさびを使ってない!」
まだ赤貝は食べていないが噛み切れないのだろうなと言う事はわかった。それよりも本わさびを使ってない? わさびはがっつり効いてたと思うけど……何かおかしいのか?
「き、き、君ぃ! 目の前にある本ワサビが見えないのかね! うちが本わさびを使ってる証拠だよ!」
大将が少し動揺を見せる。あまり詳しくないが置かれているのはワサビに違いは無いと思う。
「一度もすりおろしているところを見ていない」
「いやいやお嬢さん。ランチは回転率が高いからわさびは仕込みに決まってるじゃないか」
客の一人が大将の肩を持つ。確かに注文の度にわさびをすりおろしていては効率が悪い気がする。おろしたてがベストだとは思うけど……
「作り置きにしても香りが弱いし、甘みも無い、辛すぎる。西洋ワサビメインの粉わさび」
甘み……? ワサビが甘い? 辛い方が良いんじゃないのか?
「比較すればわかる」
「な、何をする!?」
女の子はカウンターに置かれたワサビとおろし板を大将から掠め取り、慣れた手付きで円を描くようにワサビをすりおろし始める。ほんのりとわさびの爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。
「……美味しくないって言った子、こっち来て」
女の子の目線は明確に妹の
「私!?」
突然の指名に妹も驚き俺と母さんの顔を交互に見るが、俺も母さんもその場の流れに身を任せろみたいな顔だったらしく、妹は女の子の席へと向かった。
「来たけど……」
「口開けて」
「ええ? あー……」
妹が口を開けると女の子は間髪入れずに先程おろしたわさびを妹の口に少量放り込んだ。
「ちょ、ちょっと!? 妹はわさびに強くないんだ! 最近頑張って耐えてるだけで、そんなダイレクトは無理だ!」
思わず声を出してしまった。女の子が俺の方を見る。改めて美少女だと気付かさられるが、表情にわずかな怒りを感じる程度で能面のようにも感じる。
いや、そんなこと考えている場合じゃなかった! 輝理がやばい!
案の定口を手で押さえる輝理。
「うわああ! 我慢しろ輝理ぃ!?」
「……あれ? 辛くない……甘い? いや辛い!?」
コロコロ表情を変える輝理。吐き出しはしなかったが結局辛かったらしい。
「輝理、今、甘いって言ったか?」
少し涙目で頷く輝理。
「君も食べてみると良い」
そう言って女の子はおろし板に乗ったおろしたわさびを俺に差し出す。
わさびを直でなんて……いや、でも輝理の言った甘いという言葉が気になる。
俺は一瞬悩んだが直ぐにわさびを摘み口に含める。
「……甘い! あ、でもちょっと辛味がきた! ふわっとした爽やかな感じ……あれ? 寿司のわさびをもっと辛味強かったぞ?」
俺の味の感想が合っていたのか、女の子は無表情ながら満足げに頷く。
「そう。辛味の感じ方は人それぞれだけど、甘みは本わさびの特徴。今大将が握った寿司にそれがなかった。握り方も下手だし……」
皿が床に叩きつけられて割れる音。全員が音源に振り向くと……怒りで震える大将が女の子を睨んでいた。
「わさびは悪かったよ……だがなぁ、握りのディスは……! 戦争だろうが!」
女の子は静かに、そして冷やかに大将を見つめる。まだこの話を終わらせる気はない様だ。そこに大人と子供という区分はなく、寿司を介した戦争のような雰囲気すら感じた。
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