最後の夏祭り

瑞祥さがと

最後の夏祭り

 よく晴れた、夏休み初日の昼下がりのことです。


「本っ当にごめんね、瑞穂(みずほ)。どうしても、


 お母さん、仕事休めなくって」



お母さんの謝罪も耳に入らないくらい、瑞穂くんは


すっかりすねてしまっていました。


なぜなら、これからおじいちゃんのお家に、


瑞穂くんは置いていかれるからです。


本当なら、夏休みの途中の一週間程度、


お母さんと一緒にいられたはずでした。けれど、


お母さんは仕事で夏休みが終わるまで来られない、


と言っています。


瑞穂くんはそっぽを向いたまま、それを聞いて


いました。


お母さんがおじいちゃんの家を出るとき、ぎゅっと


瑞穂くんを抱きしめて


「いい子にしててね、大好きよ、瑞穂」



と言った時も、ずうっとむっとしたままでした。


 そのあと、おじいちゃんがおやつ食べるか? 


と、おせんべいを持ってきてくれた時も、


いとこの優一(ゆういち)兄ちゃんと


妹の里希(りき)ちゃんが遊ぼうと呼びに来ても、


瑞穂くんは動きませんでした。


玄関で、お母さんを見送った体勢のまま、


ずうっとです。


夕方になったら、さすがにお腹が空いて、


おじいちゃんにご飯をねだりに


行きましたが。


今日はカレーだぞ! とおじいちゃんは 


張り切っています。


ですが、おじいちゃんのカレーには瑞穂くんの


苦手なグリンピースが入っているのです。


瑞穂くんは小さな時からそれをずっと言い出せずに


います。


カレー自体はとってもおいしいのです。ただ、


瑞穂くんはグリンピースを見た瞬間、げんなりして


しまうのでした。


ちなみにいとこの優一兄ちゃんと里希ちゃんは


そのことを知っています。


お母さんも知っていますが、瑞穂くんが自分で


言い出す日を待っているのか、代わりに


おじいちゃんに言ってはくれません。


だから、今日も、優一兄ちゃんの器に


グリンピースを移させてもらい、


こっそり食べてもらう予定です。


ところが、今回はこっそりがうまく


いきませんでした。


おじいちゃんが水を取りに行った時を狙って


グリンピースを移させてもらっていたのですが。


おじいちゃんが戻ってくるのが、瑞穂くんが


思っているより、ちょっとだけ早かったのです。


あっ、とおじいちゃんが声を上げます。


瑞穂くんはこっそりがばれてしまって顔を


青くさせました。

 

怒られる、と瑞穂くんが身構えた途端、


「すまんなあ、瑞穂。じいちゃん気づかなんで。


 グリンピース、嫌いだったか」


おじいちゃんは、へらりと笑って、謝って


きました。


瑞穂くんは、今度は真っ赤になってしまいます。


自分のしたことがすごくすごく恥ずかしくなって


きたのです。


おじいちゃんは瑞穂くんを責めませんでした。


それどころか、謝ってきました。


本当は、瑞穂くんが謝らなきゃ


いけなかったのに、です。


瑞穂くんは、この場に居たくなくて思わず、


部屋を飛び出しました。


「「瑞穂!」」



 おじいちゃんと優一兄ちゃんが叫び


「みぃくん!」


里希ちゃんが呼んでいる声も聞こえましたが、


瑞穂くんは構わず、逃げ出しました。


 そのまま、お家と街灯の明かり以外何にもない、


暗くて広い、夜の外へ出て行ってしまったのです。


おじいちゃんのお家を出てしばらく走った後、


瑞穂くんはハッと、我に返りました。


思わず飛び出してきてしまったけれど、ここは


瑞穂くんが知っている自分のお家の周りでは


ありません。


前に遊びに来た時の昼間、優一兄ちゃんと


里希ちゃんと一緒に歩いたり


したけれど、詳しくは知りません。


「これからどうしよう?」


瑞穂くんは悩みました。


だって、おじいちゃんのお家には帰れません。


どんな顔をして戻ったらいいのか、瑞穂くんには


わからないのです。


でも、夜、外に一人でいても、心配されてしまい


ます。


それに、虫の声や、何かわからない生き物の声が


時々聞こえてきて、ちょっとだけ怖いのです。


ちょっとだけ、ですが。




そのときでした。


ゆらゆら揺れる、提灯の明かりが目に入りました。


その明かりは、家を順番に訪ねているようです。


瑞穂くんが見ているだけでも、おじいちゃんの


お家の近くの三件を訪ねてまた、出て来ています。


そのうちに、提灯の明かりが瑞穂くんに近づいて


きました。


提灯の明かりということはおそらく人のはずです。


瑞穂くんもお祭りで見回りをしている、係の


おじさんたちを見たことがありました。


ところが、です。


どうにも、提灯の明かりの位置が低いのようなの


です。


小学四年生の瑞穂くんの腰より下あたりのよう


でした。


とっても小さいおじさんかもしれません。


でもそれって……と、瑞穂くんは身を


震わせました。


スマホで見たことがあります。


それは確か、人ではない、何か、だったはずです。


逃げようと思っても足が動きませんでした。


どうにも出来なくて、瑞穂くんがぎゅっと


目をつぶっていると、


「こんばんは」



かわいい声であいさつをされました。


えっ、と瑞穂くんがびっくりして目を開けると、


そこにはなんと、二本足で立っているキツネが


いました。


キツネは器用に前足の一本で提灯を持って、 


瑞穂くんに明かりを向けています。


人間、びっくりが過ぎると声も出ないんだと


いうことを、瑞穂くんは今日初めて知りました。


「こんばんは!」



キツネはもう一度、瑞穂くんにあいさつを


してきました。


 どうやら、瑞穂くんに聞こえなかったかも


しれないと思ったようです。


「……こ、こんばんは」



瑞穂くんも小さな声であいさつをしました。


あいさつをされたら同じように返すよう、


お母さんから常々言われています。


あんまり、出来ていないのですけれど、


今日はなんとか出来ました。


が、瑞穂くんは、改めてまた、びっくりして


しまいました。


キツネが喋っています。


物語ではそういうこともありますが現実では


そんなことはないと瑞穂くんはもう知っています。


それなのに、まるで、物語の中のように、


キツネは喋っています。


すると、あいさつを返されたキツネも


びっくりしているようでした。


「あのぅ、ひょっとして、僕が見えてます?」



その言葉は、物語の中でよく幽霊が言ってくる


セリフです。


このキツネ、もしかして幽霊? と

 

瑞穂くんは更にびっくりしました。


二本足で立って歩いて喋るキツネの幽霊です。


びっくりしないわけにはいきません。


「君、幽霊なの?」



瑞穂くんは気になってズバッと聞いてしまい


ました。


お母さんにはすぐに思ったことを言わないの、と


時々怒られているのですが。


そのお母さんは、夏休みの間、瑞穂くんには


会いに来られません。ちょっとくらい言うことを


聞かなくても良いでしょう。


「僕が、幽霊?」



キツネは、おんなじように聞き返してきて、


あははっと笑い出しました。


しばらく笑った後、キツネは、目の端に


溜まった涙を拭いながら、


「違いますよ」



と、言ってきました。


「僕は、狐塚の桜の神様にお仕えする神使です」


「しんし?」


「簡単に言うと神様のお使いです」


「神様のお使い……?」


「えーと、神様が出来ないことを代わりにして

 

 差し上げる係です」


ふうん、と瑞穂くんはあいまいに返事を


しました。


その神様の代わりの係のキツネが人間の村で何を


しているのでしょう?


再び、ここで何をしてるの? とズバッと瑞穂くん


が聞くと、キツネは人を探しています、と答えま


した。


「どんな人?」


「それはですねえ、僕のことが見えて話が出来る、


 あなたのような人間をです!」


 と、キツネは瑞穂くんを見て笑いました。


「おれ?」


瑞穂くんが自分を指さして聞くと、キツネは


こくこくと頷いています。


一呼吸おいて、瑞穂くんは大きな声で叫びました。


「ええーーーっ?」



 

 ちょっと経って瑞穂くんは落ち着いてきました。


落ち着いたところで、キツネは二本足で立って


歩いているし、相変わらず瑞穂くんに話しかけて


きていますが。


瑞穂くんは最初、電池で動いているのかと思って、


キツネの全身をチェックしてしまいました。


もちろん、電池なんか入っていませんでした。


正真正銘、生きたキツネです。


キツネの名前はウコンといって、瑞穂くんの


ような人間を、ずっと探していたそうです。


そして、ウコンは狐塚の桜の神様のために


お祭りをやって欲しいと言ってきました。


「お祭り? ミソギ神社のお祭りじゃなくて?」


ミソギ神社というのはおじいちゃんの家の近くに


ある氏神様で、もうすぐそこで夏祭りが行われる


のです。


 すると、ウコンは悲しそうに言ってきます。


「神社のお祭りではダメなのです。狐塚のお祭り


 でなくては」


 狐塚? 瑞穂くんはまた、知らない


 単語を聞いて、首を傾げました。


「狐塚というのは、神様のいらっしゃる場所の


 ことです。神社より歴史が古いんですよ」


「神社に神様いないの?」


「神社は神様が降り立つ場所で、普段は狐塚に


 おわすのです」


えーと、と瑞穂くんはウコンの言葉を理解しよう


と頑張りました。


おわす、っているってことかな? だから、


もしかしたら、神様は神社まで来れない何か事情が


あるのかもしれない。だから、きつねづか? で、


お祭りが必要なのかな?


一生懸命考えてそう言うと、ウコンは嬉しそうに


頷きました。


「そうです。瑞穂さんはとっても賢いお子ですね」


賢いと褒められて、瑞穂くんも悪い気はしません。


相手はキツネですが。


「じゃあ、おれは何をしたらいい?」


「そうですねえ、出来るだけ人をたくさん集めて


 くれますか?」


「出来るだけ、人を、たくさん……」


「それから、みんなで宴会をやるんです」


「みんなで宴会?」


「そうです。狐塚の桜の木の神様は人が大好き


 なのです。ですから、大勢集まればそれだけ


 喜ばれます」


ウコンはもう、その様子を想像したようで、


なんだかうっとりしています。


その様子を見ながら瑞穂くんは、すごく悪いなと


思いながら、思い切って謝りました。


「ごめんなさい!」


「どうしました?」


「おれ、ここに住んでないからあんまり知り合い


 いないし、大人の人にも集まってって頼めない


 よ」



 ウコンはびっくりした顔をしたあと明らかに


がっかりして、そう、ですかと、小さな声で


つぶやきました。


「無理を言ってすみませんでした、瑞穂さん」


では、としょんぼりした様子でウコンは去って


いきました。



 

 すると、入れ替わりのように懐中電灯の明かりが


見えて、おじいちゃんと優一兄ちゃん、里希ちゃん


の三人が歩いてきました。


瑞穂くんはさっきのことを思い出して


おじいちゃんごめん、と言おうとしました。


が、その前におじいちゃんにぎゅうと抱きしめ


られてしまって、それを言うことが出来ません


でした。もう一度


「おじいちゃん、ごめんなさい」



と言うと、


「いいんだよ。瑞穂、無事でよかった」



おじいちゃんはますます瑞穂くんをぎゅうと


抱きしめました。


そこに、瑞穂! みぃくん! と、優一兄ちゃん


に里希ちゃんまで加わって、四人で抱きしめ合い


ました。




次の日のことです。


瑞穂くんはしょんぼりしながら山へ帰って


行ったウコンのことが気になって仕方ありません。


ご飯を食べていても、宿題をしていても、


テレビを見ていても上の空でした。


「みぃくん、どうしたの?」



里希ちゃんが心配して顔を覗き込んできました。


何でもないよ、と答えようとして瑞穂くんは


ちょっと考えました。


里希ちゃんなら、信じてくれるかもしれません。


優一兄ちゃんはもう、六年生だからキツネが


喋ったと言ってもそんなことないと言ってくる


かもしれません。


けれど、まだ一年生の里希ちゃんなら、きっと


瑞穂くんの話を疑ったりはしないはずです。


そこで、瑞穂くんは里希ちゃんを部屋のすみに


誘って、こそこそと夕べあったことを話しました。


すると、里希ちゃんは、瑞穂くんの想像通り、


話したことを微塵も疑いませんでした。


それどころか、わたしもその喋るキツネさんに


会いたい! と言い出すほどでした。


「みぃくん、そのキツネさんにはどこに行ったら


 会えるの?」


里希ちゃんはキラキラした目で聞いてきます。


瑞穂くんは困ってしまいました。ウコンがどこに


住んでいるか、聞いていなかったからです。


「おれも知らないから、あとで一緒に探しに


 行こう?」


里希ちゃんは、うん! と力強く頷いてくれた


のです。




ところが、お昼ご飯を食べあと、里希ちゃんの姿が


見えなくなりました。


おじいちゃんが探しています。優一兄ちゃんは


今日、他の友達と町へ遊びに行っていていません。


僕のせいだ! 瑞穂くんは焦りました。


自分がウコンの話をしたから、きっと里希ちゃんは


喋るキツネを探しに行ってしまったのでしょう。


里希ちゃんは一年生。そう遠くへはいけないはず


ですし、瑞穂くんより山には慣れています。


それでも、心配でした。


喋るキツネを探しに、いつもより深く山の中へ


入ってしまったかもしれません。


そのまま、迷って一人で泣いているかもしれ


ません。


そこで、瑞穂くんは思い出しました。ウコンが


狐塚の桜の神様、と言っていたことに。


「おじいちゃん、狐塚ってどこ?」


「狐塚?」


おじいちゃんは瑞穂くんの言葉に心当たりが


あるようでした。


「瑞穂、ウコン殿に会ったのか?」



そう、聞き返されて、瑞穂くんはびっくり


しました。


まさか、おじいちゃんがウコンを知っているとは


思わなかったからです。


「おじいちゃん、どうしてウコンのこと


 知ってるの?」


 思わず、聞き返してしまう瑞穂くんです。


「懐かしいな。わしも、狐塚の桜の神様の


 お祭りのために仲間と走り回ったもんだ」


瑞穂くんはさらにびっくりして口を開けて


しまいました。


「きっと里希はそこにいる」


狐塚に行こう、とおじいちゃんの力強い言葉を


受けて、瑞穂くんはしっかりと頷きました。


 

狐塚に着くとまず、大きな泣き声が聞こえて


きました。


「おじいちゃーん、お兄ちゃーん、


 みぃくんのばかー!」


順番に呼んでいます。


明らかに里希ちゃんの声でした。


勝手に行っちゃったのは里希ちゃんなのに、と


納得がいかない瑞穂くんです。


でも、里希ちゃんは一年生。そういうことも


言ってくるお年頃です。


おじいちゃんがやれやれ、といった様子で


そこにあった大きな桜の木に近づいていきます。


すぐそばには、しめ縄が掛けられた大きな穴も


見えます。


足元には昔のおもちゃがたくさん転がって


いました。


泣いている里希ちゃんと困った顔のウコンは


その前にいます。


おじいちゃんが先に着いて、抱き上げると、


ますます大きな声を上げて里希ちゃんは


泣きました。


ウコンは優しい顔で二人を見ています。


瑞穂くんも二人に近づいて、里希ちゃんの頭を


撫でてあげました。


里希ちゃんが泣いて泣いて、ようやく泣き止んだ


頃、おじいちゃんはウコンを向き直っていました。


「ご無沙汰しております、ウコン殿。


 鳴嶋重一(なるしましげいち)でございます」


すると、ウコンはおじいちゃんをじっと


見つめて、重坊、と呼びました。


「ありがとうございます。孫たちがお世話に


 なりました」


「人の世の流れは速いものですね」


 ウコンは何だか懐かしそうでした。


「重坊たちのおかげで、桜の木の神様は元気で


 おられました」


おじいちゃんも、瑞穂くんもその言葉に不穏なもの


を感じました。


「もしや?」


「きっと、次で最後の祭りになるでしょう。


 神様も、覚悟は決まっています」


おじいちゃんは、大きな桜の木を見上げました。


瑞穂くんと里希ちゃんもつられて見上げました。


「木の中はもう、空洞なのです。先日大きな雷が


 落ちました。その時に、中だけ焼けてしまった


 のですから」


 

おじいちゃんが今度は地面を見ました。


よく見てみれば、地面に、枯れた葉っぱが何枚も


落ちています。今は夏で本当なら青葉がいっぱい


茂っているはずです。


「重坊、瑞穂さん、里希さん、お祭りの手伝いを、

 

頼めますか?」



改めてのウコンのお願いに、瑞穂くんと


おじいちゃんと里希ちゃんは、


三人で顔を見合わせて頷きました。




家へ帰って来てからは、それはもう、大変な日々が


始まりました。


おじいちゃんは毎晩、どこかへ出かけて行って、


ちょっとだけ疲れた顔をして帰ってきました。


でも、その度に、今日は村長さんと


次の日は酒屋さんと、その次は村の商店の人と、


色んな人に話をつけてきたと満足げでした。


瑞穂くんと里希ちゃんというと、まず、


優一兄ちゃんにウコンと桜の木の


神様のことを信じてもらうことにしました。


優一兄ちゃんの都合のいい日を聞いて、


一緒にウコンに会うことにしました。




当日のことです。


「じいちゃんのおとぎ話かと思ってた」


優一兄ちゃんは、ウコンのことを知って、


とってもびっくりしていましたが、


すぐに受け入れてくれたようです。


それに、僕らも何かできることをしようと


お祭りの飾りを作ることが決まりました。


すると、里希ちゃんがみぃくんは折り紙上手


だから色々作って、と言い出しました。


瑞穂くんはちょっと照れながら、


里希ちゃんの言葉に従いました。


インターネットの無料の動画や、学校の図書館で


借りた本を見ながら一生懸命、折りました。


優一兄ちゃんと里希ちゃんはお祭りへの案内状を


書く係をやりました。




着々と準備が進む中、ある夜、おじいちゃんが


怒りながら帰ってきました。


「いまさら、ミソギ神社のお祭りと近いとか


 文句を言ってからに」



ぼそりとそう呟いて、部屋に入ってしまいました。


優一兄ちゃんも不安そうです。


瑞穂くんが顔を見上げると、


「明日、ちゃんと聞いてみような」



と、頭にポンと手を置かれました。


次の日、優一兄ちゃんと瑞穂くんが


おじいちゃんに聞いてみると、


「ちょっと言い合いになっただけだ。


 大丈夫だから、お前たちは心配するな」



穏やかな口調で言われました。


おじいちゃんを信用していないわけでは

 

ありません。


でも、大人たちにとっては村の


お祭りの方が重要なのかもしれません。


優一兄ちゃんに呼ばれて、瑞穂くんと


里希ちゃんは三人で集まりました。


「どうする?」



 優一兄ちゃんの言葉に、


「おれたちだけでも、狐塚の桜の神様のお祭り、


 やってあげたい!」


瑞穂くんははっきり答えました。

 

里希ちゃんもしっかりと頷いています。


「わかった」



と、優一兄ちゃんはスマホを取り出しました。


そして、無料のアプリを何やら操作すると、


三十分後には、家の前に、六年生のお兄さんや


お姉さんが何人も集まっていました。


妹や弟を連れてきた人もいます。


集まった子供たちは、優一兄ちゃんの話を


聞いて面白そうとか面倒くさいとか、


好きなことを言っています。


けれど、帰る人は誰もいませんでした。


その後、優一兄ちゃんの部屋に移って、


早速、相談が始まりました。


やはり、ミソギ神社のお祭りの


一週間後にやるのが、大変そうです。


人が集まるのだから、やっぱり、食べ物と


飲み物は必要です。


それぞれ、何人かで分担して、


飲み物を用意することになりました。


食べ物は、みんなの親やおじいちゃん


おばあちゃんにも協力してもらうことに


なりました。


優一兄ちゃんと里希ちゃんだけで作っていた


お祭りの案内状も、みんなの手を借りてたくさん


出来ました。


今日集まってきてくれた子供たちに親や親せきや


近所の人に配ってもらう予定です。



 

そうして、光の速さで日々は過ぎていき、


ミソギ神社のお祭りも無事終わった、


一週間後のことです。


夏休みも残り少なくなった日の昼間に、おじい


ちゃんの家の前は、大変にぎわっていました。


瑞穂くんと里希ちゃん、優一兄ちゃんに、


その友達の、かっちゃんと、よっちゃんと、


ひろくんと、としくんともみちゃんと、


かずちゃんと、とにかく大勢、子供たちが


集まってくれました。




まずは、会場の飾りつけです。


みんなで瑞穂くんが一生懸命折った


折り紙の提灯と風鈴を飾りました。


それを見たウコンは、それだけもう涙を


浮かべて喜んでいました。


それから、地面に色んな模様の


レジャーシートが敷かれていきます。


そこへ、飲み物と食べ物を持った、子供たちの


親や、おじいちゃんおばあちゃんが現れて、


もっとにぎやかになりました。


レジャーシートの上にはいくつかの重箱が


広げられ、からあげにハンバーグ、ウインナーに


卵焼き、おにぎり、サンドイッチにフルーツと


子供たちが大好きなメニューが並んでいます。


ジュースも、オレンジ、アップル、グレープ、


グレープフルーツ、コーラ、ソーダにラムネ、


などなど、やっぱり、子供たちが喜ぶ種類です。


その後、全員に食べ物と飲み物が行き渡ると、


じゃあ、乾杯はウコンで、と優一兄ちゃんが


小さなキツネを、みんなの前に押し出しました。


「私でいいんですか?」



小さな声で確認してきたウコンに、瑞穂くんと、


里希ちゃんがうなずきます。


すると、ウコンは小さく咳払いしたたあと、


「今日は桜の木の神様のためにお集まりいただき、 


 誠にありがとうございます。皆様のますますの


 ご健勝とご活躍を願いまして……乾杯!」


 と、見事にあいさつをこなしました。


ウコンが姿を現した時は、少しだけみんな


ざわめいていましたが。

 


宴会が始まってしばらくしてからのことです。


瑞穂くんは自分の紙皿のサンドイッチがなくなって


いることに気がつきました。


よく見るとからあげもなくなっています。

 

瑞穂くんが首を傾げていると横から手が伸びてき


て、今度はウインナーを持っていかれました。


「ちょっと!」

 


瑞穂くんが叫ぶと、その手の主はびくっとなって、


動きを止めました。


「人のものを勝手に持っていったらだめだよ。そん

 

 なに、お腹が空いてたの?」

 


瑞穂くんが目をやると、髪と目が茶色の見慣れない


子でした。年の頃は、一年生の里希ちゃんと同じ


くらいです。


たぶん、みんなで集まった時にはいなかったはずの


子です。


誰かの家族についてきたのかもしれません。


「ほら、おれがとってあげる。どれがいいの?」



瑞穂くんは取り分け用の割りばしを借りて、その子


が指さす、サンドイッチ、からあげ、ウインナーを


いくつか取ってあげました。


すると、その子はにっこり笑って、ありがとうと言


ってきました。


光の加減で髪と目が一瞬だけ、金色に光って見えま


す。


「おれは、加藤瑞穂(かとうみずほ)。君、名前


 は?」

 


その子はもぐもぐしながら、


「……おうか」

 


と答えました。


「おうかちゃん、か。楽しんでいってね」

 


瑞穂くんが言った時です。


おーい! おーい! 大人の男の人の声が聞こえて


きました。


よく聞くと、おじいちゃんの声でした。


「瑞穂、優一、里希、遅くなってすまなんだな。

 

 みんなを連れてきた」

 


おじいちゃんの後ろにも大勢、大人の姿がありま


す。


「重坊!」



一番にとんで行ったのはウコンでした。

 

すると、おお、ホントにウコンだ、懐かしいなあ、


などという声も上がりました。


重箱が追加され、宴会といえばこれだ! 酒屋さん


が持ってきた一升瓶に大人たちが目を輝かせ


ました。


それから、小学生のみんなでダンスを披露しま


した。

 

春の運動会で踊ったそうで、残念ながら、学校が


違う瑞穂くんは参加できませんでしたが、おうか


ちゃんと一緒に見て楽しみました。


その後、電気屋さんが賞品を持ってきたとビンゴ


大会が始まり、おうかちゃんが困っていたので、


一緒にビンゴカードへ穴を開けてあげました。

 

瑞穂くんが当たったのは最後の方で、豪華なゲーム


機とかはもう出払っていましたが、お菓子をもらい


ました。

 

おうかちゃんは何も当たらなかったので、二人で


分け合って食べました。


そうやって、時間が過ぎていき、やがて、日が暮れ


始めました。


そろそろお開きだな、とおじいちゃんが言って、


みんなが片づけを始めました。


おうかちゃんはいつの間にかどこかに行ってしまっ


ていました。


せっかく仲良くなったのだから、連絡先くらいは


聞いておきたかったのですが。


そのことをおじいちゃんに話すと、傍で聞いていた


ウコンが驚いていました。


おうかちゃんは黄花(おうか)様―何と桜の木の神様


だというのです。


「おれ、失礼なことしちゃってないかな?」


「まさか。神様はそれほど、心が狭くはありません

 

 よ」



瑞穂くんがほっと、息をついていると、ウコンが


聞いてきました。


「神様は、楽しそうでしたか?」


「うん。すっごく」


瑞穂くんの返事に、ウコンはとても満足そうでし


た。


 


その数日後、おじいちゃんの家のある地域に、台風


がやってきました。


おじいちゃんの家も雨戸を閉めて、数日間、外には


全然出られないくらい、すごい雨と風でした。


そして、台風が行ってしまった日の夜、ウコンが


おじいちゃんの家を訪ねてきました。


「こんばんは。夜分遅くに失礼します」


「何、ウコン殿なら何時でも大歓迎だ」

 


おじいちゃんの言葉にウコンは力なく笑います。


話は、もう寝てしまった里希ちゃんはいいとして、


瑞穂くんと優一兄ちゃんにも聞いて欲しいとのこと


でした。


「狐塚の桜の木が倒れました」



瑞穂くんはびっくりして、悲しくなりました。


わかっていたことです。


でも、あの日はあんなに楽しくて、おうかちゃんも


喜んでいて、みんなが笑っていて……あの宴会が


本当に最後の夏祭りになってしまったのです。


おじいちゃんも、優一兄ちゃんも黙ってしまい


ました。


すると、ウコンが口を開きます。


「明日、狐塚に来ていただけますか?」



おじいちゃんがわかりましたと返事をすると、


ウコンはそのまま帰って行きました。




翌日。


狐塚にやってきた瑞穂くん、おじいちゃん、優一


兄ちゃん、里希ちゃんは笑っていました。


倒れた桜の木の根元から、新しい木の芽が生えて


きていたからです。


「見てもらいたかったのはこれなんです」



と、ウコンは少し寂しそうにしながら言ってき


ました。


「私はこれからも、この神様の桜の木を見守って

 

 いきます。ですから、どうか」



おじいちゃんも答えます。


「では、わしはこのことを子々孫々まで、伝えられ

 

 る限り伝えます」

 


お前たちもいいな? と聞かれて、瑞穂くん、優一


兄ちゃん、里希ちゃんも強く頷いたのでした。


 


夏休みが終わりました。

 

お母さんは瑞穂くんを約束通り迎えに来ました。


「瑞穂、夏休みどうだった?」


「すっごく楽しかった!」


「もうっ、ちょっとは寂しかったって、


 言ってよー」



そう言いながら瑞穂くんをぎゅっと抱きしめる、


お母さんも嬉しそうです。


それと、と、小さな声で、夏休みの最初、すねてて


ごめんね、と瑞穂くんは伝えました。


「いや困るぅ! ちょっと見ないうちに素直に


 なっちゃって」



瑞穂くんはお母さんにますますぎゅうと抱きしめ


られました。


瑞穂くんはこれから、この夏休みにあったことを


お母さんに話すつもりです。

 

あのおじいちゃんの子供のお母さんです。


きっと、喋るキツネのことも、神様と一緒に宴会を


楽しんだことも信じてくれることでしょう。


瑞穂くんは、お母さんと話をするのが楽しみで仕方


ありませんでした。

                                おしまい。

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