第10話 カゼハとヤジリ
「カゼハ、髪の毛の色、染めときな。あとカラコンも忘れないこと」
ヤジリが外出用の化粧をしながら、ほとんどすっぴん状態で欠伸をしているカゼハをみかねて指図している。
中性子星から帰還したカゼハとヤジリは第三星域連絡ポート内部の高級ホテル施設、ガイアズ・ヘブンの一室に宿泊している。彼女らのスポンサーは大分羽振りがいいようで広くて快適なスイートが割り当てられている。
「なんで外出するときにいつも染めなきゃいけないの? 私、この髪の色好きなのに」
「万が一の為だよ、あんたの髪と眼は亡くなったヴィクター将軍と生き写しだから、これからやつらの出発までの待ち時間、ポート内部の施設でやつらに出会ったら、勘のいい護衛はあんたがヴィクター将軍の血縁と気づくかもしれないからね」
「はいはい、判りました。ところで今日はどこのレストランに行くの? ここの料理、どの店も最高、かなり太っちゃったかも」
「ところが今日はまたスイーツの美味しい店を予約したのさ、行くのを止めるかい?」
「ううう。心配だけど、行きます」
女子学生の旅行のようなのりでカゼハとヤジリは星域連絡ポートでの待機時間を楽しんでいる。
「この月餅のようなクワナ宇宙港名物のお菓子、超美味しい!」
太る心配を忘れたかのようにカゼハがスイーツに舌鼓をうつ。
「カゼハ、任務のことも忘れない。このお菓子はね、クワナのミニチュアになっているのよ……」
ヤジリは直径15km、厚さ3kmの薄手の月餅のような形状のクワナ宇宙港の構造を、スイーツを使って小声でカゼハに説明する。
上から見ると、中央の円形の部分が帝国首都星フォルセティとの直結ポート、外側に桔梗の紋のように五分割されて広がる扇形の部分が、四大渦状腕とバルジへの星域連絡ポート、最外周に五つの星域連絡ポートを繋ぐ外周通路と共通施設といった構造となっている。
側面から見ると宇宙港は上下に分割されており、上側に辺境からの旅行者の到着ゲートと施設、下側が辺境へ旅立つ旅行者の出発ゲートと施設が配置され、両者は厳重に隔離されている。
「クワナの五つの星域連絡ポートは、事故やテロのような不測の事態に備えて、独立分離して運用できるようになっている。それでも五つのうち三つまでが破壊されると銀河中央へのワームホールを固定する動力を保てなくなり、反物質炉が暴走して爆発するのさ。これはターゲットが旅行者に紛れて見つからない場合の最後の手かな?」
ヤジリが非常時のクワナの体制について説明し、続けて初撃についてカゼハに問う。
「まずはペルセウス座渦状腕との第三星域連絡ポートから、ターゲットが中央直結ポートに移動する時に襲撃することになる。どちらが先に行く?」
「私に先に行かせて、弟の仇を取らせて!」
カゼハがそれまでの天然かと思わせる風情から、打って変わった強い口調で即答する。カラコンを通しても双眸が赤く染まっているのが判る。
「判った。しくじるんじゃないよ」
カゼハに気圧されたのか、ヤジリがあっさりと先攻を譲った。
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