第4話 双子の中性子星にて
漆黒の闇の中で微かに光る青白い二つの双眸、目を凝らしてみると二つの光の球はわずかに尾を引きながら、互いを追いかけるように周回していることが判る。互いを回る軌道からは、ほぼ同じ質量をもつ連星系のように思われるが、その大きさと輝き方、軌道の形状は、通常の天体とは掛け離れた存在のようだ。
マツナガ配下の秘密組織「暗闇党」が、この宙域に派遣した小型艦艇は捕蟲艇と呼ばれている。搭乗員はまだ十代にみえる二人の少女、ヤジリとカゼハ。
捕蟲艇の船窓から見つめる銀髪、赤眼の少女の心には、二つの星が暗闇の中で互いの尾を追いかける二匹の子犬のように感じられる。その光芒の正体は、遥か昔にこの宙域で起きた二度の超新星爆発の残滓、どちらも直径十三km、地球の太陽の二倍の質量の双子のような中性子星、サイカとネゴロの現在の姿だった。
“真珠のような淡い光沢をはなつ双子の星、お前たちは一億年近い昔から、誰も訪れないこの場所で、私達を待っていてくれたのね。そしてもうじき一つになって誰の目にも映らない宇宙の闇の穴になる〟そう呟く少女の体は、およそひとの身体で彩のあるべき場所すべてが透き通るように白く、ガラス細工の人形のように見える。
「カゼハ、ぼやぼやしている時間はないよ。サイカとネゴロの距離は百五十kmまで近づいた。互いを周回する間隔も十秒を切っている。接近したことで待ち続けた潮汐ロックがやっと発動した。もう少しで二つの星は、同じ面を向けあった状態で固定され蟲釣りが可能になる。こいつらが次に側面を見せた時に、大縄跳びの輪の中に突っ込むよ」
捕蟲艇の同乗者、引き締まった体躯と褐色の肌、狩りの女神ダイアナの化身のような少女が、カゼハと呼ばれた銀髪の少女に中性子星の重力場への突入を伝える。
「ヤジリ、私の準備はいつでもできている。あなたの操縦で失敗するなら、誰にもできはしないさ。思い切りトライして!」
“ゴロー、私たちを死神の青き双つの牙から守って!〟
カゼハは、そう祈りながら首にかけた弟の形見のお守りを握りしめる。
体が引きちぎられそうな強大な重力の嵐に翻弄されながら、ちっぽけな木の葉のような捕蟲艇は二つの中性子星の中間点を目指して突っ込んでいった。
まるで台風の目の中に入ったかのように、船を弄んでいた重力の奔流が凪いだ。
船の両側の船窓からはサイカとネゴロがおよそ五十kmの距離に止まって見える。
実際には高速で互いを周回する双子星に合わせて、操縦用人工意識(AC)のウラヌスがフル稼働で船体の向きを変えている。カゼハとヤジリには、捕蟲艇とサイカとネゴロの三者だけが固定され、その周りを全宇宙が高速で回転しているように見えている。
「ウラヌス、中性子星の内部まで釣り針を下すのに3分、獲物がかかったらストレンジ領域まで落としてストレンジレットでコーティングするのに2分、釣りあげるのに5分、合計10分は必要だから……私たちが蟲を捕らえるのに使えるのはどれくらいの時間かしら?」
カゼハがACウラヌスに残り時間を尋ねている。
「カゼハ様、安全に脱出するため蟲釣りに使えるのはおよそ10分、リスクをいとわない場合もぎりぎり15分というところです」
カゼハとヤジリはウラヌスの答えを待たずに、多数の中性子を強い力の二核子結合でつなぎ合わせた絶対に切れない釣り糸を、両側の船窓に取り付けられたリールから中性子星に向けて降ろし始めている。
「ヤジリよりゴドー党首へ、左舷釣り糸、サイカの
「カゼハよりゴドー党首へ、右舷釣り糸、ネゴロの
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