第2話 オケハザマ・ナガシノ

 オケハザマ・ナガシノの広大な宙域の一方に、五万隻を優に超える巨大な艦隊群が布陣している。ムロマチ朝銀河帝国誕生時から続く名門軍閥、タケダの覇権艦隊だ。射手座渦状腕を戦乱が始まってからさほどの期間を経ずに制圧し、次代の銀河帝国皇帝の最右翼と目されるタケダ軍団の艦艇は、ほとんどが傷一つなくこれまでの戦闘のダメージを感じさせない。

 戦場を包み込むように広がる両翼が構成する鶴翼の陣はこれまで敗れたことはなく、当主ヴィクター・タケダ・ユアンシャオは、搭乗する旗艦、白狼とともに中央で近づきつつあるレオニダス・オダ・ツァオツァオの率いる凡そ四千隻の艦隊を待ち受けていた。


“両翼から戦艦級艦艇が凡そ六十度の角度で長距離砲の交差一斉射撃を浴びせる射程に、無防備に近づいてくるお前の勝算はなんだ? ペルセウス座渦状腕は、猪突猛進で制覇できるようなものだったのか?〟

ヴィクターは心中で遠く離れた旧友レオニダスに問いかける。

 そしてオダ艦隊の半数ほどが射程に入った頃合いを見計らって攻撃開始の命令を下す。

「左翼、右翼、全砲門開放、一斉射撃!」

両翼からの二万本を超える粒子砲の光束が、戦艦級が千隻に満たない、少数かつ貧弱な装備のオダ艦隊に襲い掛かる。

 いつものように戦場に敵艦艇が爆発する派手な花火の乱れ打ちが観られるはずのその瞬間、オダ艦隊が索敵網から消滅したことを戦場モニターがアラートと共に警告する。タケダ艦隊の全ての目と耳が撃破されているはずのオダ艦隊の行方を追っていた時、後方の補給艦から悲鳴のような警報が入る。

『敵艦隊が両翼と中央の後方に出現し、砲撃を受けています』

「何が起きている? この宙域にはワームホールは存在しない、どうして撃たれる寸前のやつらが後方に現れたのだ?」

旗艦白狼の指令室のモニター上で、無防備な後方からの砲撃で破壊消失する無数の自軍艦艇のアイコンを把握しながらヴィクターが叫ぶ。

 白狼が被弾した衝撃で司令官席から床に倒れこむヴィクターの脳裏に、遠い昔士官学校での記憶がよぎる。

『ガイウス朝の第八代スパイス帝が考案し銀河を席巻した戦術サーガ。疑似ワームホールを生成して敵の背後に回り込むこの戦術を復活できれば、十倍の戦力差でも勝てるはずさ。そして……銀河に平和をもたらせるはずなんだ』それは恥ずかしそうに頬を染めて将来の希望を語る若き日のレオニダスの姿と言葉だった。

“そうかレオニダス、お前は誰もが無理だとあきらめていたサーガを実現したのだな。俺との停戦交渉はそれを悟らせて、俺の命を救いたかったからなのか。どこまでも不器用で優しいやつ! お前こそ銀河の覇者にふさわしい〟

 ヴィクターが心中でそう嘆じた直後、白狼は反物質エンジンの爆発によって砕け散り虚空の塵と化した。


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