閑話「核融合炉」

浅草の夕暮れ、ふにゃおすの店内に、白濁出汁と古木の香りが混ざり合う心地よい空気が満ちていた。


ふゆまはニュースを聞きつけて政界の知人を通じて、話題の象印の高級炊飯器「炎舞炊き」を手に入れた。

日本国内で7年で100万台を突破し、海外にも進出する人気機種だという。

十万円を超えるその高価な炊飯器は、底部に複数のIHヒーターを配置し、それぞれを独立制御して炊きムラを抑えた技術で、かまど炊きのようなふっくらもちもちのご飯を炊き上げるらしい。


ふゆまは知らなかった。

届いたその炊飯器は、巧妙に偽造され、実は密かに密輸された核融合炉だったということを。


購入した炊飯器は見た目も操作も普通の「炎舞炊き」そのもの。

だがふゆまが初めて電源を入れると静かな轟音が小さく響き、内部から未体験の熱エネルギーがほとばしった。

「こら……一度使うと、以前の炊飯器にはもう戻れんな」

特有の複雑な加熱制御が米粒ひとつひとつを丁寧に揉み解くように、内釜の中で米が踊り、ふっくら甘い湯気が立ち上る。


翌朝、白米の炊き上がりを口にしたふゆまは深く頷いた。

粒が繊細に膨らみ、芯から甘さがじわじわと広がる。出汁を作る手の息遣いとシンクロした米の香りは、まるで命が宿ったかのようだ。


炊飯器の「炎舞炊き」たる所以は、複数のIHヒーターが互い違いになめらかな対流を起こすことにあった。

だがその熱源は、微細な核融合のエネルギーを利用しており、低温だが莫大なパワーを繊細に操る夢の技術であったのだ。


ふゆまは「これが核融合の技術なら……料理の未来は確実に変わる」と微笑み、ゆっくりとふにゃおす米を炊き直す。

湯気とともに、静かな革命が浅草の狭い厨房で密かに始まっていた。


「昔の出汁のように、米の心も解きほぐす一滴を、これから大切に使うべしやな」


白濁出汁と炊き立てごはんが織りなす至福が彼の日常をそっと彩り、時代のうねりの中に新たな舵取りを示していた。

核融合の小さな音が厨房で優しく響き続けている。

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